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サウナな人々 ネバーエンド海外旅行

サウナ、ほの暗く汗ほとばしる空間。

今日もまたそこで、女子たちのよもやま話に花が咲き、熱風が吹き荒れる。

「ほら、あれ、旅行の話してよ」

仲良しおばちゃん、二人が話しながらサウナに入ってきた。

「ああ、韓国ね。会社の勤続年数の表彰で現金か旅行が貰えることになったんだけど、旅行は好きな所を予約して行った方が楽しいから、現金貰って旅行に行くことにしたのよ」

私以外誰もいなかった静かな空間が、一気に騒がしく活気ある雰囲気に変わった。

「団体旅行はせわしないからね〜」

「韓国へはオープンチケットを買って行ったの。昔は、成田空港からしか国際線が出てなくて、成田は行きたくないから、九州からアシアナ航空で行ったのよ」

ん?いつの話だ?つい最近の旅行の話だと思ったが、違うらしい。そして九州とは、福岡空港の事だろうか。

「九州からアシアナ航空で、5,000円くらいで片道チケット買えるから安いのよ」

「え〜すごい安い!そんなもんで行けるの!」

「オープンチケットだからね。韓国を楽しんだんだけど、なんかアイドルのコンサートがあったみたいで、帰りの飛行機が全然取れなくて取り敢えず釜山まで戻って、」

「え、韓国のどこに行ったの」

少し食い気味に質問。

「やだー。ソウルよ。ソウルから日本に帰る飛行機が、アイドルのコンサートがあったみたいで、全然取れなくて。それでいったん釜山に行って、船で帰ることにしたの」

「釜山から船はどうだったの」

質問は無視する感じで話を続けている、韓国旅行おばちゃん。

「釜山まで行って、船に乗って九州まで戻ったの」

相手もさるもので、気にせず畳みかける。

「九州からは新幹線で帰ったの?」

「違うよ、飛行機で羽田まで戻ったよ。追加で10万くらいかかっちゃって、現金は無くなるし、ソウルから釜山まで戻るのに現金必要だったから」

韓国旅行おばちゃんの心は、また釜山に戻っていった。

所々の時間がつながらず、ソウルと釜山を行ったり来たり。いつまでたっても、東京に戻ってこない。水曜どうでしょうの、サイコロの旅みたいだ。

似たようで少し違う、時系列が少しずれている話をこの90度空間で聞いていると、魂が抜けてしまうような、虚無が心を支配するような気分になり、なんだか堪らず、水風呂へ緊急回避することにした。


「釜山からの船は良かったでしょう」

しかし、何故か、私につられてサウナから出てきちゃった二人。

「ソウルから日本に戻れないから、釜山から船に乗ったんだけど、船も楽しかったわよ。あんな経験は今までしたことないわね」

いつからの今までなのか、この旅行は、10年くらい前の話なのではないか。10年間これ以上に楽しい経験がなかったのか。苦労したのだろうか。

少しずつ内容が被っている話が、波のように押し寄せてくる。そのたびに、私はどんどん混乱していく。

水風呂でもまだだ、まだ終わらんよ。

「結局、何泊延長したの?」

「延長しないわよ。翌日から仕事だし、絶対にその日に帰らなくてはいけなくて、そのためにソウルから釜山へ…空席が無いとオープンチケット使えないし」



…今日のサウナはここまでとしようと、水風呂を出るため立ち上がりかけると、後ろで、

「そう言えばあのジャム美味しかったでしょう〜」

今度はジャム話の波動攻撃が来そうなので、そそくさと水風呂から距離を取った。

終わらない韓国旅行は、壊れたレコードの様に、ソウルと釜山の間をいったりきたり。楽しい楽しい思い出は、終わらない韓国旅行。楽しい楽しい思い出は、ソウルと釜山の間をいったりきたり。

いつも有難うございます!