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【おはなし】 教室にて

休み時間になり昨夜の睡眠不足を少しでも解消したいわたしは、机の上に肘をついて目を閉じた。

意識がふやけていくなかで、クラスメイトの話し声が聞こえた。

「今朝ね、急いで家を出ようとしたら、玄関でお母さんにこれをカバンの中に無理やり入れられたの」

「それって、もしかして・・・」

「ただの食パン」

「しかも、いい焼き色やん」

「そのおかげで、カバンの中がカサカサよ」

「だから、教科書にパンくずが付いてるのか」

「もう、めっちゃウザイわ」

 ポイッ  ♪

「わかるー」

空中に投げられた食パンは、ゴミ箱のネットを揺らした。



最後の1行はわたしが付け加えたもの。そういう場面が目を閉じていても想像できたから。

語彙力のないわたしは、何かあるたびに「ウザイ」を使う。お母さん世代の元女子高生が「かわいい」を連呼していたのと基本的に変わっていない。今でもかわいいを使うけれど、頻度としてはウザイの方が優っている気がする。正確には数えたことないけど・・・

もしも、国のお偉いさんが緊急記者会見を開いて「今からウザイという言葉を禁止にします」という条例を発令したら、さっきの場面はどうなるかな。



「今朝ね、急いで家を出ようとしたら、玄関でお母さんにこれをカバンの中に無理やり入れられたの」

「それって、もしかして・・・」

「ただの食パン」

「しかも、いい焼き色やん」

「そのおかげで、カバンの中がカサカサよ」

「だから、教科書にパンくずが付いてるのか」

「もう、めっちゃうぽいわ」

 サクッ  ♪

「あっ、ひとくち、ちょうだーい」

春香はるかにかじられた食パンは、友人の食欲を揺らした。



「うざい」を「うぽい」に1文字だけ変更することは、それだけで小説が書けそうなくらいの破壊力を得ることができる、ような気がする。

よし、これを夏休みの自由研究にしよう。

そう決めた途端、わたしの意識がさらにふやけていった。




キーン コーン カーン コーン


きりーつ れーい ちゃくせーき


むにゃ むにゃ


パシッ  ♪


「うっぽ」


頭を叩かれたわたしは、目の前の教師をにらんだ。




おしまい