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父娘の一夏の思い出「アフターサン」を今観るべき理由

「aftersun /アフターサン」はシャーロット・ウェルズ監督初の長編映画です。
(日本では5月26日からヒューマントラストシネマ有楽町、新宿ピカデリー他で公開予定)


あらすじ

思春期真っただ中、11歳のソフィ(フランキー・コリオ)は、離れて暮らす若き父・カラム(ポール・メスカル)とトルコのひなびたリゾート地にやってきた。輝く太陽の下、カラムが入手したビデオカメラを互いに向け合い、親密な時間をともにする。20年後、カラムと同じ年齢になったソフィ(セリア・ロールソン・ホール)は、ローファイな映像のなかに大好きだった父の、当時は知らなかった一面を見出してゆく…
(公式サイトより)

感想(ネタバレなし)

初長編作品とは思えないほど、緻密な演出、圧巻の映像美、見事な物語だった。フランキー・コリオの純粋な笑顔、それとは対照的なポール・メスカルの影のある表情が印象的。
フランキー・コリオ演じるソフィは、大人になれば無限の可能性が広がると信じて疑わず、大人になることを急いでいるように見える。
ポール・メスカル演じるカルムは過去に縛られて前に動き出せずにいる。
ソフィが父カルムと同い年を迎えて、一夏の思い出を振り返るからこそ、子供の時には理解できなかった、父の心が見えてくる。それを知った時泣かずにはいられなかった。
観た人全員にとって忘れられない映画になるはず。

ラストシーン

(⚠️ここからネタバレを含みます。鑑賞後にご覧ください!)


父カルムとトルコのリゾートで数日を過ごしたソフィだったが、いよいよ別れの時が来る。ソフィは母親の元へ帰り、カルムとはまた離れ離れに。
飛行機の搭乗ゲートに並びながら、ソフィはギリギリまでカルムから離れたくないという様に、ずっとこちらを見ている。
ハンディカメラの機械音が響く。カルムは「I love you.」と言いながら手を振り、ソフィもカメラに向かって手を振り返す。片手を軽く挙げて。「I love you.」楽しかった思い出を思い出すかのように満面の笑みを浮かべてカルムを見ている‥‥

ここでハンディカメラの映像が途切れ、今まで映像を見ていたのは大人のソフィ、現在のソフィであると観客は知る。ソフィは映像を見ながら眠ってしまったようだ。薄暗い部屋の中にはかすかにソフィの赤ちゃんの鳴き声が聞こえている。そのままカメラは横にスライドしていき、あの夏、ソフィが旅立ったあとのカルムを映し出す。ハンディカメラを構えていたカルムは、力が抜けたようにカメラを閉じ、腕を下ろす。それから背を向けてドアに向かっていく。ドアの向こうへとカルムが姿を消し、この映画の幕は閉じる。

ラストは何を意味する?

この映画から読み取れるのはカルムはその後、自殺したであろうということ。それは劇中で何度も暗示されている。
カルムがメンタルヘルスに何かしらの問題を抱えていることは、ポール・メスカルの小さな動作からセリフから、ソフィの問いかけから、読み取れる。総合してみるに、彼はおそらくうつ病を患っている。それも思春期の頃から。唯一劇中で明かされる、11歳の時のカルムに起こった出来事に関係することが、彼のメンタルヘルスに影響を与えたことは間違いない。ソフィに気づかれないようにと気を遣いながら、カルムの抱える心の問題は、ハンディカメラや、ソフィの記憶の中にはっきり映し出されているのだ。
自殺を選ばないにしてもカルムが悲劇的な最後を迎えたことは確かだろう。
そして彼がうつ病を患っているという描写は、観客に小さなサインを何度も出しながら、ソフィの旅立つ前日に、1人泣き崩れる姿で確信へと変わるように描かれている。そういった意味で、この映画はうつ病について焦点を当て、少しも大袈裟にせず、リアリティを持って思慮深く描いた作品とも言える。

一番最後にカルムが姿を消す時、そのドアの向こうは真っ暗で、よく見るとフラッシュが点滅していることがわかる。これが意味するのは、劇中所々で挟まれる、大人のソフィの夢(フラッシュの点滅の中、カルムがレイブで踊っている)の中へ戻っていくことを表している。つまり、現実には2度と戻ってこない、これがソフィにとって最期の父の姿になるかのように感じさせる。

まとめ

ひと足先に試写会で観させていただいたのですが、映画が進めば進むほど、目が離せず、ラストまで観切った後は考えさせられた。大切な人の本当の思いに気づけていないのかも知れない、だからせめて知ろうとしよう、と感じました。たとえ気付けなくとも、今この瞬間を大切にして「心のカメラ」に写しておこうと思う。
誰もが家族や友人、自分にとって大切な人がいるはず。全ての人に今、観てほしい、そしてきっと大切な作品になるのではないかと思います。


(左)ウェルズ監督(右)ポール・メスカル

基本情報 


「aftersun/アフターサン」

監督・脚本:シャーロット・ウェルズ
出演:ポール・メスカル、フランキー・コリオ、セリア・ロールソン・ホール
プロデューサー:バリー・ジェンキンス
原題:aftersun/2022年/イギリス・アメリカ/カラー/ビスタ/5.1ch/101分/映倫:G
字幕翻訳:松浦美奈
配給:ハピネットファントム・スタジオ
公式Twitter:https://twitter.com/aftersunjp
© Turkish Riviera Run Club Limited, British Broadcasting Corporation, The British Film Institute & Tango 2022

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