電車に乗る前と降りた時

成田空港から乗った飛行機の中で、Pは締切の迫る同人誌の続きを描いていた。最初は彼女のアップルペンシルがあっちへ行ったりこっちへ行ったりするのを眺めていたけれど、朝が早かったのでいつの間にか眠ってしまい、気付いたら着陸1歩手前だった。
飛行機が苦手なPは取り乱して私の骨を砕かん勢いで手を握ってきた。飛行機はあっという間に到着してしまう。早く着きたい気持ちを抑えなくても、あっという間に目的地に着いてしまうのである。そういうわけで目が覚めると私はもう新千歳空港にいて、ぼんやりしている間にバックパックを背負って歩き出していた。

飛行機から特急に乗り物を変えて白老町へ向かう。一歩先の季節がやってきているプラットホームのツンとしたい空気の中で、線路の向こう側に白っぽい色の幹の木が2本見えた。北海道ぽいなと思った時に「北海道っぽいね。」と言われて嬉しかった。

画像1

白老の駅で電車を降りるとホームにはどこにも屋根がなくて、普段山手線とか地下鉄ばかり乗っている身としてはヘンな感じがする。大きな建物はひとつも見えない。線路がずっと向こうまで続いていて、少し離れたところに懐かしい感じの駅名標が風にあおられてがたがた言っていた。それなのに、駅の階段は真新しいフェルトみたいな素材でできていて、駅舎は石油ストーブのある待合室と鉄筋コンクリートの無機質な建物が半分ずつになっていた。せっかく都会から逃げてきたのに、どこへ行ったってこうやって新しいものにおされて行くのか、とちょっと悲しかった。

Pはいち早く目的地の書かれた看板を見つけたようで、臨時改札あるみたいだよ、と先導して行った。寒いのとしばらく座っていたのもあって、デニムのウエストがバックパックと擦れて痒いような感じがする。駅名標と暖かそうな待合室の小部屋の前を通り過ぎてきょろきょろしていたら、駅員に「臨時改札はあちらですよ。」と声をかけられた。
またフェルトみたいな階段を登って改札に着くと、そこには改札パンチを握ったおじさんがひとり立っている。その横に「臨時改札」という紙が貼ってあった。臨時改札は手動であった。
都会の改札は忙しい。ICカードの音がそこら中で鳴り響く。エラーなんか出そうものなら、後ろからきた人に半分パニックになりながら頭を下げる。だから私がいつも駅の改札で目に入れるのはICカードの接触面とエラーメッセージくらいなのである。だから最寄りの駅の駅員の顔を、私は知らない。
おじさんはマスク越しでもわかる笑顔だった。「寒いですね」というと「全然まだまだですよ」と言われた。改札パンチの向きを入念に確認して、「新千歳空港から?」「帰りはどちらですか」、「切符切りますね」。パチンと小さい音がした。そんな小さな音に、都会育ちの我々にはこの土地の時間の流れを教えられたような、そんな気持ちにさせられたのだった。

この記事が参加している募集

スキしてみて

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?