見出し画像

アルゴナウティカ

 煙の晴れぬロンドンから離れオックスフォード近郊。日が昇れど霧が晴れず林は仄かに暗い。その中を少女というより尚幼い子が歩いている。たった一人このような場所に。黒一色のワンピースに亜麻色のガウンという豊かさを感じさせる格好も痛み汚れ、特に靴は酷く汚れていた。一つ目の黒猫が目を光らせて彼女の足元を照らす。この童女、愛猫トトだけを共にロンドンから歩いてきている。

「見えた…」

 彼女の前には廃屋があった。この館に住むものは絶えて久しく荒れ切っている。トトが倒壊した壁の隙間から廃屋に入り、ドロシーはそれを追う。入った先、書斎だったらしい部屋の原形を留めない家具を見回す。赤毛の老人の肖像画だけが奇麗に残されていてドロシーはそこに祖父の影を見た。彼女はここで何が待っているかを知らない。それでも昔祖父から聞いた言い伝えしか今の彼女には頼れるものはなかったのだ。既に部屋にトトの姿はなく、彼を追い廊下に出る。

【続く】

あなたのお金で生きています