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アートオークションって本当はどんなとこ?ギャラリー目線で考えてみた。

 ニュースでたまに「アーティストの作品が○億円で売れた」というような話題がありますが、そんな時、漠然とした凄いという感想と共に、どうしても「アートって高くて自分には関係のない世界」という印象を抱いてしまいませんか。そんなアートオークションで高値で取引される作品のニュースは、「アートを買う」行為に対して間違った印象づけになってしまっているように思います。アートはどこかの国の大金持ちが買うものなんだろう、と漠然と思ってしまうのも、オークションのニュースを偶然見聞きしたりしているからではないでしょうか。ですが、本当は、安くても質の高い作品はギャラリーなどのお店で簡単に楽しむことができます。それに、そもそもアートオークションで買い物をする人の半分以上は、実は画廊などの業界の人たちです。アートオークションは限られたお金持ちのための場所という印象になりがちですが、どちらかというと、アートのプロが商品を仕入れる場所と考えた方が実際は近いのかもしれません。

 では、実際のところのオークションの実態とはどんなものなのでしょうか。オークション会社の仕事内容から、日本のオークションならではの問題点まで、思い切って元オークション会社勤務の方にお話を聞いてみました。

トップ写真:「元オークション会社勤務の方に話を聞いてみた」

 オークションには、あのハンマーが叩かれ落札が決まる瞬間までに、実は地道かつ丁寧なやりとりがいくつもあります。まずはカタログづくり。オークションに出す作品を分厚い冊子のようなカタログにまとめて、購入を検討しているギャラリー等に向けてラインナップを広く紹介します。基本的にカタログに載せていない作品をいきなりオークションで売ることはできません。そして、オークションの前には下見会が行われます。これは作品のコンディションを事前に確認して購入後のトラブルを防ぐためで、会場に来られないお客様にも無理やりメールや電話で状態を知らせておくのだそうです。そしてオークション当日。海外にいる人などはオークションハウスまで行くことができないため、電話で参加したり、代理人を立てて参加することもあります。

「カタログイメージ」

 そして、これは意外と知られていないのですが、オークションハウスへは実は誰でも入ることが可能です。簡単な身分証明は行いますが、「基本日本人であればまず大丈夫」とのことなので、ちょっと変わったデートコースにも良いかもしれません。(海外のオークションの場合は、預金残高証明やクレジットカードのコピーが必要になるそうですが、日本では、カタログ一冊分の代金を払うか事前登録を行えば入場が可能です。)そして購入者が決定すると、国内外の落札者へとアート作品が届けられていくのです。

 誰でも見学できるとはいえ、実際にオークションに参加する人の構成をみるとやはりプロの現場なのだということが分かります。現在、日本のオークションに参加する人の4割ほどは海外からの参加者です。以前から参加がみられるアメリカ・フランスのほかに、最近では、ロシアや東欧からも参加者が多いのだそうです。海外からの参加者は、自国の作家を大切にする傾向があるので、日本ではまだ評価の低い作家の作品を高値でせって落札したり、国外へ流出してしまった自国の文化を買い戻す意図で参加していることが多いといいます。

それに加え、日本人の参加者のうち半分以上は画廊など業界の関係者による参加です。画廊のオーナーは男性の割合が多いため、全体的に参加者は男性が多いところも一つ特徴かもしれません。

 こうした参加者の構成からもわかるとおり、画廊の買い付けの場・自国の作家作品の買い戻しといった理由で、国内外のプロが集まる場としてオークションは機能しています。誰でも参加できるとはいえ、普段の生活では味わえないプロの現場が見られそうですね。

 こうやって改めて仕組みを整理してみると、なんとなくニュースを見ているだけでは分からなかった、オークションの役割がわかってきました。誰でも見学ができる点や、お金持ちが気まぐれでいきなりオークションハウスにやってきても、ちゃんと下見をしていないと購入できないというのはちょっと意外ですよね。

 ただ、日本のオークション会社にはやっぱり問題点もあるんです。ひとつは、基本的にいくら高値で作品が取引されたとしても、作家の利益にならないということ。クリスティーズやサザビーズといった海外のオークションの場合は、著作権料として、落札された作品の作家にも収益が入るようになっています。ところが、日本のオークションの場合は、この著作権料は作家には入らず、管轄している会社の利益となってしまうのです。

オークションはアート業界の中で作家の作品価値を決めていくプロセスでもあり、オークションで高値がつけば、次にギャラリーで発表する新作もそれによって価値があがるという一面があります。そのため、著作権料以外でも、次回作の価値があがることで作家にメリットはあるということになりますが、ここにも日本ならではの問題があります。それは、若手の作家や現代アートよりも、伝統や歴史のある古美術・骨董の人気が高いということ。オークションで新しいものへの評価が上がらない・新しいものが出て来にくいということは、特に若手の作家にとっては苦しい状況であるということがいえます。

 そして、一番根本的な問題は、アートギャラリーとやっぱり同じところに行き着きます。それは、アートの購入に対して日本人はとても消極的だということです。日本がバブル期でアート市場も盛り上がっていた1960年から70年頃、海外から有名なアートオークション会社が参入してきました。しかし最近では、クリスティーズやサザビーズといった有名な会社は日本からは撤退しています。その原因には日本の経済状況の変化もありますが、そもそもとして、「日本人は美術館には行くけれどアートは買わない」という定説が破れないところも原因としてあるのだそうです。オークションのニュースを見て多くの人が「私とは関係がない」と思ってしまうこともそうですし、大半のアートギャラリーが入りにくい雰囲気になってしまっている点なども、こうした根本的な問題に深く関連しているといえるでしょう。

 オークションはプロの画廊やコレクター達の集まる独特な空間で、どうしても近寄りがたいイメージが付きまとってしまいます。それ自体は一概にも悪い事とはいえませんが、一般的なアートオークションに対するイメージや日本ならではの問題点を正しく把握することで、業界の内外からアート市場を変えていくことはできるのではないかと思います。

 一方で、オークションの話を聞いて、一般の人に向けてアートを売っていく立場であるギャラリーの必要性も改めて感じました。オークションでニュースになるような取引額はなくとも、ギャラリーでも高額な作品を取引する所はたくさんあります。また、ピカレスクでも、1000円のポスターが高いと思われるお客様もいれば、数万円する作品を喜んでお求めくださるお客様もいます。ギャラリーで接客をしていてよく思いますが、アートに対する価値の捉え方は特に属人的な部分が多く、その作品の購入に価値を見出すのは最終的には個人です。そんな中、アートを買う現場に立ち会うギャラリーとして大切なことは、真剣な対話の中でお客様が作品の価値を見出していくプロセスにお付き合いする事だと思います。地道な作業ではありますが、ひとりひとりとの対話を通して、アートを買うことへの疑問や不安を丁寧に解消していき、間違ったイメージを払拭していくことも、日常の中でアートを買うという選択肢を増やしていく道の一つです。

 なんとなく難しいと思っていたアートオークションについて改めて考えてみると、こうしてアート市場の中でのギャラリーの役割もみえてきました。一人一人の目の前のお客様を大切に、アートを買う体験を届けていくことが、「日本人はアートを買わない」という定説を崩すきっかけになっていくかもしれません。ピカレスクには、何億円もする作品はありませんが、丁寧につくられた作品を愛情を持って語れるスタッフが集まっています。オークションの元・中の人に話を聞いていて、ピカレスクの強みはそんな接客につながる「あたたかさ」かもしれないな、と思ったのでした。

桑間千里

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