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夢Ⅰ(22)

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☆主な登場人物☆

❖ ◆ ❖ ◆

リックは、《茶色》の後に続きテントの中に入った。

 

 

それは、《灰色》が《茶色》のテントを訪ねて来た日から、二日後の出来事だった。リックが早朝の日課を終えてテントに戻ると、《茶色》が言葉を掛けてきた。「俺と一緒に来る。」普段であればこの時間は、《茶色》は狩り道具の手入れをしていて、リックは奥さんや子供達と一緒に一日の準備に入る時間だ。

夜明け前の草原を、《灰色》のテントに向けて歩を進める《茶色》の後に続いた。月も太陽もない世界、地平から視界一杯に星だけの時間。

星々の隙間を埋めるのは、淡い紺。

 

 

テントの中には、家主の《灰色》と、《灰色》の家族の他に、《赤》と《青》、《水色》がいた。

 

リックが《灰色》のテントを訪れるのは、ハイビーに連れられて来たとき以来だった。初めて目にした《灰色》とその家族、そして《茶色》の体の大きさや、体毛に覆われた見た目にただただ目を奪われた記憶が、まだ新しい。

 

《灰色》のテントも、《茶色》のテント同様、必要最小限の家具しか置かれていなかった。ひとつ、《茶色》のテントと違い、装飾画の様なさまざまな記号の描かれた大きな布が右手の壁に掛けられている。リックには、それが何を意味しているのか、読み取ることは出来ない。絵のようにも見える。丁寧に扱われている様子が、年代を感じる生地から見て取れた。

リックが、その壁に掛けられている布に目を奪われていると、《灰色》が言葉を発した。「地図です。」その言葉に、リックは我に返り。「地図。」「僕の知っている。」「違いますね。」「絵みたい。」と答えた。さまざまな思念が混線し、《灰色》の思考に流れ込む。急な言葉には、まだ、うまく思考を整理できない。

「さて。」《灰色》が再び言葉を発した。《灰色》はこの集団の中で、最も流暢に言葉を操った。

「あなたが、『花の人』に連れられて。我らのもとへ来て。」「随分と長い時間が流れましたが。」一息置き、にこやかに続けた。「生活には、慣れましたか。」リックは、「慣れました。」と敬意と好意を込め応答した。「思いは。変わりませんか。」《灰色》が聞く。《赤》《青》《水色》が落ち着いた様子で、やり取りを見守り。《茶色》はリックの隣に腰を下ろし、優しく目を閉じている。

問いに対して、リックが思考を整理する前に《灰色》が「うぅむ。」「そうですか。」と静かに頷いた。奴ら。追う。いつ会える。

「我々、一同。」「あなたを、家族のように思っています。」リックは、突然の告白を受けた。「うれしい。」「ありがとう。」ずいっと熱いものが胸に込み上げた。血が滾り、目頭が熱くなる。

《灰色》がコクリと頷く。「我らは、移る民です。」「移ることも、生活の一部。」ゆっくりと言葉を選んでいる。「本来、移りは喜びです。」「新しい恵に感謝し。行く先々で、新たな生命と出会うでしょう。」

《灰色》は姿勢よく座っている。「二日後。我々は、この土地を離れます。」「あなたも、一緒に来るでしょう。」「あなたは、あなたの目的のため。」彼から流れ出る空気は優しく、周りの空気を犯すことはない。

「さきほども言ったように。本来の移りは、喜びです。そのような、前向きな移りにおいて、立ちはだかる危険は超えるべき障碍です。我々は、喜んで受け入れるでしょう。」リックの思考が落ち着くのを待つように、少しの間が置かれた。「しかし、今回の移りは。少し目的が違います。」「今回の移りの目的は、逃走です。」「先に待っているものは、進むほどに増す過酷な世界でしょう。」

「うむ。そうですね。」《灰色》は、疑問が溢れ出したリックの思考を汲み取り答える。「あなたの言う、『奴ら』から。そうです。『力の民』と呼ぶ者もいます。」

「ここで少し。あなたには、我らについて少し深く知っていただかなければならない。我らが、集団で行動する、意味について。」

「一つは、我らの生活の基盤である。狩りのためです。」

「もう一つは。」「我らの力の質を上げるためです。我らの力は、あなたもご存じの通り、『他の生物の思考に耳を傾ける力』です。この力は、世界の境界を超えることも出来ます。」「二人よりも三人。三人よりも五人。五人よりも八人。その質は、数を増すほど高くなるのです。」《灰色》がリックを見守る。奥さんがリックのもとに、飲み物を持って来てくれた。リックは「ありがとうございます。」「質。」とお礼を伝える。奥さんは、優しく微笑み朝の準備に戻って行った。

《灰色》がリックに、静かに頷いた。

リックは湯飲みに口を付ける。少し甘みのある、ほどよい温かさが細胞をざわつかせる。一口飲み込んでから、喉が渇いていたことに気付き、一気に飲み干した。

 

「このテントくらいが、力の質を上げるのに程よい広さです。今、このテントには、あなたを除き、八人いますが。」その数には《灰色》の奥さんと二人の息子が含まれているようだった。

「八人いれば、王都と正確にやり取りが出来るまでに力の質を上げることが出来ます。」「つまり今、この空間は、王都のある一室と繋がっているということです。」「さらに王都には、数百もの我らの仲間がおり。そこから、各世界の声を聴いているのです。」「この意味がわかりますでしょうか。我々は、各地にいながら、王都を介することで数多の世界の声を掌握しているのです。」「その中には、『彼ら』の声も含まれます。」《灰色》は言葉を切り、少し休み、呼吸を整えた。「姿勢は崩さないが、もしかしたらひどく疲れているのかもしれない。」とリックは思った。ヌエ達は、気にする素振りは見せない。

 

《灰色》が大きく深呼吸し言葉を繋いだ。

「実は、王都から二日前。『現王が亡くなり、新たな王が即位される。』という報が届きました。」

「王位の継承とともに。永きに渡り、『彼ら』の手から我々を守ってきた『千代条約』が効力を失い。」《灰色》の手を見ると、拳を強く握りしめている。「『彼ら』が、この世界に侵攻してきます。」発せられる言葉が震えた。

 

テントの外で、朝日が勢いよく草原を端々まで照らした。

彼方にまだ、軍勢は見えない。

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