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夢Ⅰ(27)

第1話:夢Ⅰ(1)はこちら

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☆主な登場人物☆

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後部に掛けられた布を開けて《赤色》が休憩のためにソリに上がってきた。深く息を吸い込み呼吸を整え、積み荷の隙間に身を落ち着かせる様子から、疲れは見て取れない。

 

曇天の中、4人のヌエに引かれたソリは、大河沿いを上流へと順調に歩みを進めていた。

ここ数日、布の隙間から見える空は、黒く淀んでいて。太陽の位置はわからなくなっているが、ヌエ達の規則的な休憩の周期からして、おそらく正午ごろだろうとリックは思った。

 

5人のヌエ達は、一人ずつ交代で休憩をとりながら、ソリの足を止めることなく草原地帯を駆け抜けている。《赤色》《青色》《黄色》《水色》《茶色》そして一巡し《赤色》と続く休憩は、一日を4分割して組まれていたため。一度休憩が終わりソリから出ていくと。そのヌエは、丸一日、ソリには戻って来なかった。

 

「《灰色》達一行は、目指す石柱に無事到着したのだろうか。」

ふいに浮かんだ疑問に、体をリックの方に向けながら《赤色》が「明日には着くよ。」と明るく答えてくれた。

 

貴重な休憩のなかでも、ヌエ達はリックのために時間を割いてくれていた。ソリの中で何の役にも立たず、ただ揺られているだけでも心苦しかったが、リックはヌエ達の優しさに甘えた。

 

《赤色》は、《青色》とは双子なのだと自身の生い立ちを教えてくれた。「俺たちは、王都生まれでね。」「いつも一緒にいたんだ。性格は正反対だけどね。」王都では、どんな生活をしていて。どのような経緯で、草原の世界へ来たのか。《赤色》は、会話するということ自体がとても好きなようで、嬉々としてリックに話してくれたが。彼の会話の目的はリックを楽しませ、気を紛らわせるためでもあった。彼の話は、一つの物語のようで。物語は、《赤色》が休憩でソリへと上がってくるごとに、一つまた一つと織り上げられ。リックも、彼の話の続きをとても楽しみにした。

 

夕刻になり、《赤色》が陽気にリックに手を上げてソリの外へと出て行く。

入れ替わりに、《青色》がソリへと上がってくる。《青色》は、《赤色》が正反対の性格と言ったように、とても寡黙だった。5人のなかで一番優しい目をしている彼は、立ち上がることの出来ないソリの中、限られた空間で、リックに体の動かし方を教えてくれた。リックは、短剣を木の棒に持ち替えて上半身だけで《青色》と打ち合いの練習を繰り返した。《青色》の指導は、戦うためというよりは、同じ流れを丁寧に繰り返すことで心を落ち着かせることを目的にしているようだった。カン、止める。カンカン、スっと払う。カン、止める。カンカン、スっと払う。腰、肩、肘、拳と順に力を伝えていく。戻す時も、腰、肩、肘、拳と繰り返した。

 

ソリの中、リックは初めて《茶色》以外のヌエ達としっかりと向き合う時間を持った。言葉や一対一のやり取りのなか、ヌエ達一人一人には得手不得手があることを知った。《水色》や《黄色》、そして《茶色》もまた、それぞれ得意な分野でリックの心身を気遣ってくれた。

《水色》は、物静かでリックの心によく耳を傾けてくれ、寄り添ってくれた。彼に、思いを伝えると自然と心が和んだ。

狩りの際、斥候の役を務めていた《黄色》は、5人の中で、最も「聞き取る力」に優れているのだと言った。現に彼は、周辺の土地にとても詳しく。ソリの駆け抜ける土地について、草花や鳥獣、虫々の「声」から見える景色をリックに語った。彼ら、ヌエ達から見た草原の世界は、「声」に溢れ、ひと時も同じ表情をしていなかったことが、《黄色》の話でよく分かった。また、彼は、これから向かう土地がどのようなところなのか、リックに教えてくれた。草原を造り上げるため、「始めの王」の指揮のもと、最初に造られたのが「起点の石柱」で。他の石柱同様、地下に大規模な空洞があるものの。どの石柱の地下ともつながっておらず、孤立した石柱であること。たどり着くためには、極寒の雪原を超える必要があること。

《黄色》は、ここ数百代にわたり「起点の石柱」に行ったことのある者はいないとも言った。それがあることは、「わかる」のだが、王都から送られてくる「声」にも、「起点の石柱」に辿り着くための道順は含まれてはいないらしかった。雪原の話になると、《黄色》は口ごもった。他者の「声」を聞き取ることの出来るヌエ達にとっても。雪原は、空白で未知の領域だった。

 

 

大草原を力強く駆け抜けるソリの中、緩やかに流れ行く日々を。リックは、一日の始まり、日の出時にソリに居合わせるヌエで、なんとか記憶し。流れ行く景色に、一人取り残されまいとした。

 

青色の日、黄色の日、水色の日、茶色の日と日々は巡り。6巡目を迎えた赤色の日、青色の刻。

 

《青色》との打ち込みの型の数は、30を数えるようになっていた。今では、体が自然と動くようになってきている型も多くあった。慣れてくると、丁寧に体を動かすことに、さらに意識を集中させることが出来た。体の傾き、力を入れているところ、抜いているところ。

馴染みのある型を繰り返していた時。ソリが緩やかに速度を落としている気がした。「止まるのだろうか。」《青色》の顔を窺うと、優しい目でリックに頷きかけている。

 

ソリが完全に動きを止めたことを確認し、リックは《青色》に支えられる形で後部の布の合間から地上を見渡した。一面の鋭い白が、頭上の太陽の光を照り返し、ひりひりとリックの目を焦がす。

太陽ととけ合う草の香り、土の温もりや生物の気配は、姿を隠し。白銀の世界が静かに、視界の果てまで広がっていた。

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