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『戦争というもの』誕生秘話

5月13日発売の『戦争というもの』は、故・半藤一利氏の最期の原稿。生前、本書に賭ける著者の思いには、格別なものがあったとか。発刊の経緯を担当編集者が語ります。

 本書の企画が動き出したのは、2020年春、コロナ禍における一度目の緊急事態宣言が発令される少し前のことです。その頃、著者の半藤一利は、病院のベッドの上にいました。
 半藤は、私の実の祖父にあたります。祖父は、2019年の夏に脚の骨を折りました。酒に酔って、ころんで、翌日救急車で運ばれてそのまま入院。手術を受け、リハビリも頑張って続けていましたが、状況はなかなか良くなりませんでした。
 そして半年が経ち、祖父がリハビリ生活に疲れ切ってしまったころ、謎の伝染病がニュースを騒がせるようになったのです。これは今までのように簡単には会えなくなる、そう思った私は、急ぎお見舞いに行くことにしました。病室につくと、祖父は「よく来たな」と起き上がって話をしてくれました。普段看病をしていた母からは、「最近は寝てばかりいる」と聞いていましたが、思いのほか元気そうな様子です。小一時間ほど他愛もない話をして、私は母を残し、病院を後にしました。
 その後、祖父は母に、「俺、書こうかな」とぽつりと言ったそうです。
 それから数日後、私の元に一枚の紙が届きました。そこには、太平洋戦争下で軍人が発した言葉や流行したスローガンなど、「戦時下の名言」と称された言葉が、隙間なく書かれていました。それは祖父が書いた「企画書」だったのです。タイトル案は、〈孫に知ってほしい太平洋戦争の名言37〉ーー。母から、これを祖父が書く条件は、私が編集することだと聞かされました。
 普段私が担当しているのは、小説の編集です。そんな私が扱っていい原稿なのか、自信がありません。けれど、その一枚の紙からは、病院のベッドの上にいてもなお、戦争を知らない私たち孫世代のために、もう一度筆を執ろうとする祖父の気概が、これでもかというほど伝わってきました。それならば、と私も覚悟を決め、企画は走り出したのです。この時の「企画書」は、『戦争というもの』の編集後記中に掲載しています。

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 本書の編集にあたっては、「半藤一利の本の中で一番読みやすい本にする」という目標を掲げました。祖父が、戦争を体験したこともなく、畑違いの仕事をしている私に、この原稿を託した意味を今も考え続けています。今まで半藤の本を読んで下さっていた方には、祖父自身が企画し、本に込めた想いを伝えたい。そして、まだあの戦争についての本を読んだことのない人には、この本がそれを知るための最初の一冊になってほしい。祖父の最後の願いがたくさんの読者の方に届くことを、孫として、そして編集担当として願っています。
                    第三制作部 文藝課 北村淳子

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