やりたい仕事を考えていたら、職場裏で喧嘩する猫が怖いという結論になった。(後編)

本当申し訳ない。
乱文も乱文。文才皆無。
仕事の話をしておきながら、職場裏の猫が怖いエピソードで締めとは。

今回は真剣に考察する。
やりたい仕事をできているはず、の「はず」の正体。

そもそも、この仕事をしたいと思ったときまで遡って考えてみる。
この職に対する動機。
アルバイトで携わるようになって、魅力を感じてそのまま就職。そんな感じだった。
ならやはりアルバイトと正社員のギャップなのか。
正社員になって利益を上げることを追求しなければならない立場にはなった。
それは確かにしんどい。お客様のことを考えて…というオブラートに包んで、実際は弊社の利益のため感は正直否めない。
それは仕方ない。ただそれは入社時に覚悟していたが、思ったよりも覚悟が足りなかったみたいだ。

ただ、それだけだと腑に落ちない。
もちろんギャップもあるとは思う。
それを除けば、この仕事をやりたくなるのか。何か引っかかる。

では、この業種に会う前はどうだ。
やりたいことをひたすらやると決めた大学生時代。あと好き放題しているSNS。
やってきたことをメモに羅列してみた。
なんとまぁ自己顕示欲が高いことか。
誰に頼まれたわけでもないのに写真の個展を開いたり、写真を投稿していいねが増えたときよりリツイートが増えたときの方が嬉しく思ったり。
なんなら今もそうだ。noteをきっかけに知名度が上がれば嬉しい。その感情は確かにある。
目立たない学生生活を送ってきたわりに、目立ちたいのか自分。

なるほど、どうやらチヤホヤされたかったようだ。組織を形成する一人としてではなく、一個人として知られたいのか。

そもそもではないか。仕事のギャップ以前の。
何かを売るより、自分を売りたかったのか。

ただ自信もなければ不安定さも怖くて、やりたいことをすり替えたのか。
それも合点。そりゃ「はず」もつく。
ならどうする。
上記二点の怖さが改善されたわけではない。
なら現状維持しつつ、また行動くらいは起こしてみよう。
学生時代とは違い、しがらみは多いからこっそりと。

結局仕事辞めないのか、そうか。

猫は喧嘩辞めたのに。