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#27 無意識のルーチーンを抜け出す。24時間で50カレーを作った話

精神と時の部屋に迷い込んだ。

時の進みは進捗管理をするホワイトボード上のカレー時計でしかわからない。外は台風でずっと濁った色、奥の部屋ではPS4で地球防衛軍があくびを噛み殺しながら地球を守り続けている。3DKの部屋の全てに、常にスパイスの匂いが立ち込めている。

24時間カレーを不眠不休で作り続けている間、時間の進みは止まった。僕たちはまるで今までずっと、円環の理の中でこういう暮らしを続けてきているみたいだった。

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考えることはいつも2つ
これまで食べたカレーのこと
そして、
これから食べるカレーのこと
3つめは余計だよ
3つめはきっと自分のことだから

ちけカレーのポエム(元ネタはぼのぼの)



やらなくてもわかることでも何でもやってみなけりゃ分かったとは言えない。そんな精神を持ってしまった自分は本当に生きるのが下手くそだと思う。

下らない、誰もが思いつくけど誰もやらないようなことって世の中には溢れている。 でも、それを実際にやってみた人生とやらなかった人生は天と地の差があると思う。

だから自分は虫も食べるし、ヒッチハイクもするし、野草だけ食べて生きてみたりもしてきた。インドにいたときは25人のインド人と半年間生活を共にしていた。おっと、これは自分のこと、余計なことかもしれない。



なぜ、24時間で50カレーを作ろうと思ったのか。

カレーを作っていると、無意識の手癖、カレールーチーンに陥る。

クッカー(カレーを作る者)ならだれもが同意するだろう。何もレシピを見ずに、いや見ていたとしてもちょっとターメリック多いかな?とか言ってアレンジしてしまったりして結局いつもの自分のカレーになるのだ。自分のカレーを、自分のカレーでは無くしたい。そのためにはどうしたらいいか。とにかく量をこなすしかない。しかも、自分の味を殺してただひたすらレシピに従って。


僕は、自分が一度作ったカレーには興味がなくなる。だからカレーをひたすら作り続けて、それを誰かが食べてくれる。そういうことをやりたいなと前から思っていた。


そんな話をえとうカリーとしていたらなぜか盛り上がってしまい、じゃあ面白いから24時間やろう、キリがいいから50作ろう、ということだけ決まったあと、ブレストをし、50カレーになるまでカレーのアイデアをひたすら出した。

50カレーを達成するには、1時間に2カレーずつ生み出し、どこかでプラス2カレーを作ればいい。それをコンスタントに続けていけば、24時間後には50カレーができあがっているはずだ。理論上は。

24時間を4時間ずつの6タームに分け、それぞれ夕食、夜食、朝食、昼食、おやつ、夕食の時間とした。そこに具材のばらつきがないように、ゲテモノのカレーが続かないようにタイムテーブルに落とし込んでいったらこうなった。

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なんとなく夏フェスのステージ別タイムテーブルに似ているものが出来あがった。

カレーの生産力が各タームで不足にならないよう、緑と水色でクッカーを色分けしてある。さらに、玉ねぎを使うレシピをピックアップし、タームの最初にまとめて玉ねぎを炒めることにした。

あとはイーター(カレーを食べる者)が十分にいれば大丈夫だ。声をかけた結果、大学時代の友達7人が集まった。

会場(友人宅)の予定や自分たちの予定を調整した結果、9月の半ばごろ、10月11日の夜から24時間実行することに決まった。地球市場最大級の台風が来るというニュースを見たが、室内だし決行、という運びとなった。別に台風だからカレーを作っていただけではなく、たまたま台風が来たけど馬鹿な大人たちは何も気にしなかった、というそれだけだった。

果物や和の食材などあまり使わないものも含め様々な挑戦的なカレーを作ったが、もっとも不評だったのは煮干しのカレーと梨のカレー。

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逆に一番美味しいと言われたのは、結局食べ慣れたような普通のチキンカレーだったり。

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他の人が手癖で作るカレーも、自分にとったら美味しかったりする。 

手癖のマトンカレー

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意外にヒットしたのは、桃とパニールを使った桃パニール。


24時間50カレーを終えてみての感想

わかってはいたけど単純に肉体的にしんどかった。立ちっぱなしなのでいまでも足がめちゃくちゃ痛い。一週間働いて金曜の夜からそのまま24時間カレーを作り続けるなんて、ただのセルフブラック企業だった。

精神的には、5時間経過して10カレー目のタマリンドラッサムを作った時点で一度くじけそうになった。気合を入れないと体が動かず、常に声を出しながらカレーを作り続けていた。

10時間経過したころから意識が朦朧としだしたが、脳内麻薬が出たのかスパイスの効果なのか、テンションが異常に高くなりとても楽しかった気がする。この辺は自分はあまり記憶がなく、一緒にカレーを作ったえとうカリーは「自分の行動を天井からずっと眺めている感じだった」と語っていた。

15時間経過くらいからやたらカレーを作る手際が良くなった。キッチンに慣れたのもあるが、作りたいカレーが脳内で勝手に出来上がり、手がどんどん動く。ただ、自分は独り言が止まらなくなっていたらしい。

最後の50カレー目は23時間31分で完成した。なんか、どうでもいいことをやっていた割には達成感が凄かった。


手癖の強さ

基本的にはどのカレーも手本となるレシピを本かネットで見つけ、そこから分量を変えないようにした。しかし、油断すると勝手にスパイスの量を調整してしまう自分がいて、手癖っていうのはなかなか手強いと実感した。

あとイーター(カレーを食べる者)からのフィードバックとして、「実験的なものが多くて、あまり料理を食べている気がしない」というのがあった。確かに、最後まで味見をしなかったりすることも多く想像だけでカレーを作っていたりするフシがあるのでちょっと反省。

台風と被ったのはたまたまだったけど、史上最大の勢力とされる台風19号が直撃している最中、ひたすらカレーを作り続けたことは一生忘れないだろう。


カレーって、ほっておくと延々と増え続ける。

ウイルスは、自分で増える手段を持たない。生物の細胞を乗っ取ってその機能を利用して、数を増やしていく。
カレーも、そうなのかもしれない。
カレーは人間を利用して仲間を増やしているのかもしれない。

と、たまに思うことがある。


スペシャルサンクス
・クッカー(カレーを作る者)えとうカリー
・イーター(カレーを食べる者)の皆さん





(2020年1月26日追記)

24時間50カレーの全貌

Tweetを時系列に並べ直し、コメントを追加しました。レシピを参照したカレーは、それぞれにレシピのリンクを追加。全50カレーの全貌が明らかに。


21:30〜「夕食」開始

一発目はアルゴビ。言わずと知れたインド料理会の名コンビ、アルとゴビ。レシピはハリオムさんのものを参照。いつか「あるとごび」という、「ぐりとぐら」のような絵本を描いてみたい。


あしたの箱のことを考えながら手羽元でチキンを作ったのだが、30分という時間制限もありなかなか満足のいく仕上がりにはならなかった。仕上げにグリーンカルダモンとブラックペッパーをばらまいたけど、サヤが残ってしまっていて食べにくい。

ココナッツミルクを使ったエビカレー。

初めのうちは手を慣らすのも兼ねてスタンダードよりのカレーを作っていた。味噌汁のようなほっこりするサンバル。


せっかくぶっ続けで24時間やるので、チキンレッグを煮込みつづけ去りさりオマージュのカレーを作ることに。しかし、弱火で煮続ける間ガスが一つ占有されてしまうのがカレー生産力を落としてしまうことになった。


サンバルパウダーとココナッツミルクを使った長ネギのコザンプ。仙台の南國堂で出していて、なんとなくオマージュしてみた。メインにはならないが、これとサンバルがあればけっこう戦える。


これは銀座で意識の高いカレーミーティングをした際に食べたオールドデリーのチキンキーマ「ドライな取引」がうまかったので、それを再現した。本物はキーマの粒子がしっかりグレイビーで覆われていて、しっとりうまかった。今回はちょっとグレイビーが少なかったかも。


今回はいろいろな食材を使ってみる、というのもテーマにあり、あまりインド料理では使わないキノコも取り入れた。ポリヤル風なのでポリヤルではない。

参考レシピ


1:30〜「夜食」に突入

これは南インド屋さんのレシピを拝借して作ったネパーリーチキン。油を多めにし、具材から出る水分で煮込む。フェヌグリークを多めに入れると日本のカレーっぽい香りが若干強まるのです。

台風到来直前に新大久保で買い出しをし、たまたま見かけた青バナナを料理した。生だと渋みがすごくて食べられないが加熱すると芋っぽくなり、美味しい。池袋のA-Rajで食べた青バナナの炒め物がおいしかったんだよな。



昔からお茶漬けが好きで、小腹が空いたらよく食べていたのだが、そのポジションは今やラッサムに奪われてしまった。トマトを使わないラッサム。


1時間に1カレーずつをコンスタントに生み出していけば理論上は50カレーは難しくないのだが、休みなくカレーを作り続けるというのはかなり苦しい。上にも書いているが、10カレー作った時点でもう逃げ出したくなった。

でも、カレーは無慈悲。我々はカレーの僕だった。

ケララフィッシュカレーは安定してうまい。




長ネギのコザンプもキャベツのクートゥも、仙台の南國堂で出している料理だ。こういう時に、自分がいかにあのお店から影響を受けているかを改めて思い知ることになる。

ブリ大根の時点ですでにカレーなんだけど、さらにカレー感を増すためにちょっとベンガル風のテイストを加えていた。ちなみにブルダイコンがなかったのでタイのおかしら大根になってしまった。


名前から考えてしまったせいでそこから離れられなくなってしまうということは往々にしてあったりする。絶対に水を入れないでカレーを作ることはできるのかというチャレンジをして、結局よくわからないものができた。


スリランカ風のパイナップルカレー。ココナッツミルクとカレーリーフで、すっぱあまい。悪くない。



05:30〜朝食だよ!

この時点で徹夜明けの朝食のフェーズに到達していた。丁寧に頭もとって水につけて、スリランカ人の書いたレシピで作ったのだがかなり不評、最後まで残ったカレーだった。


スパイスでソースを作ってそれを豆腐にかけるだけというお手軽な感じなのだが、けっこう美味しい。徹夜の疲れもあって、胃にやさしめなカレーがウケた。

日本の朝食を意識して煮干しカレー、豆腐カレー、納豆カレーを作った。ひきわり納豆ってダルだけど、普通の納豆はダルではない。


食卓は一気に日本からパキスタンへ。大使館のレシピが、油でニンニクと肉をひたすら炒めるというストイックなレシピなのだが、これに従って作るとかなり現地の味に近くなる。かなりうまかった。


朝からタンパク質をしっかり摂取することが大事。


サグパニールは安定してうまいよね。この時えとうカリーが塩を入れ忘れていたけど、それでも普通においしかった。サグの魔力。

これは水野さんのレシピをアレンジして作ったもの。カレールウを使わなくても、香味野菜でベースを作り、フェヌグリークを多めに使ったりするとかなり日本のカレーっぽくなる。これは一つの正統派カレーになり得る。水野さんの「ファイナルカレー」のレシピにかなり影響を受けているけど、なぜあれをファイルカレーと名付けたのだろうか。

ダルもいろいろな豆を使おうということで豊かなレパートリーに挑戦していた。マスルダールはバングラっぽく。本当はもうちょっと豆が溶けるまで煮込むものだけど、若干北っとする程度の仕上がりになった。バングラデシュではパンチフォロン使ってるのみたことなかったなあ。


25品目にきたのはウズベキスタン風ベジプロフ。炊飯器で作れるのでガス台が空くし、簡単な割になかなか美味しいです。プロフはカレーなのです。。


9:30〜ランチの時間だよー!

いくつか果物のカレーを用意していたが、具材だけ決めてどのように仕上げるかは決まっていなかった。柿のカレーはたまたま冷蔵庫にあったベーコンを使うことで、甘みと塩気のメリハリがつきそんなに悪くないカレーができた。

オールドデリーにアスラムチキンというお店があり、そこで食べられるチキンティッカにバターとヨーグルトとチャットマサラのソースをぶっかけた料理がうまいらしい。らしいというのは、僕はそこへ行った時になぜかオーダーを間違えられフィッシュを食べさせられたからだ。その時は飛行機までの時間がなく、かなりしんどい状況だった。三軒茶屋のシバカリーワラで再現料理を食べることができる。

えとうカレーはきんぴらごぼう自体作るの初めてだったらしいが、意外と普通にカレーになっていた。

このあたりになると意識が朦朧としており、ツイートもかなり気力が抜けてしまっている。チェティナードチキンというチキンカレーはたくさんのお店で見かけるがいまだに正解がよくわからない。カルパシとかマラシモグはそんなに重要な要素ではないんだとか。むしろフェンネルとかコリアンダー感が前面に出ている方が美味しい。

インドのタミルナードに行けば、カライクディからチェンナイにかけてグラデーションのように変化したチェティナードチキンカレーが見つかるらしい。そういう旅もいいなあ。

ウラドダルはネパール風に。圧力鍋でウラドダルを煮て、ギーを垂らしつつジンブーなどをテンパリング。

優しいベジクルマ。


『ベンガル料理はおいしい』のレシピを応用。よりターメリックを多めにし、ニンニクも玉ねぎもトマトも入れない。生姜以外の旨みの要素を抜かし、ターメリックくささを前面に出すと一気にベンガルっぽくなる。

開始直後に仕込んで一晩寝かしたポークビンダルー。キリッとした酸味がよいカレーだった。

 


昼食の締めはマトンビリヤニ。レシピを参考にし、普段は買わない青パパイヤまで買ったのだが完全に失敗した。ビリヤニは難しいよ。

ビリヤニのお店を営むあるかたによると、ラールキラーを使うだけで成功率がかなりアップするらしい。でも失敗したよ。


13:00〜カレーはおやつだよ

いきなりおやつっぽい。果物のカレーとして、梨のカレーも作った。玉ねぎの代わりにチキンカレーに使ったりすると普通においしいらしいのだが、梨オンリーでカレーにしたため、かなりヤバイ物ができた。


湯島のデリー発祥のカシミールカレーほど多くの人を魅了してやまないカレーもないのではないだろうか。オマージュして作ってみたものの、いろいろ足りない感じになった。再現も面白いけど、やっぱりオリジナルじゃないとね。


アヴィヤルはヨーグルトとココナッツで野菜を炒め煮したもの。シンプルな味付けだが、おやつにはもってこいだ。


これもおやつっぽい。元はメキシコ料理らしい。下北沢のテピートで食べことがあるが、作ったのは初めてだった。オリーブオイルで唐辛子を炒めて、カカオ95%のチョコレートでソースを作り、チキンに絡める。甘くないので割とありな気がしてくるが、脂肪分が多いので冷えると固まる。ワインとかと合いそう。


18時間経過...!!


オクラ考えたやつ天才だよな。

イカのカレーを作るはずだったが仕入れの関係でタコに変更したもの。タマリンドの酸味を利かせてスープっぽく仕上げたカレー、居酒屋とかにあったら頼んでしまいそう。


スリランカ人の友達を憑依させ、ガチスリランカ風のチキンカレーを作った。変に気をてらったものより、こういうのがいいよね。


ピスタチオをペーストにしたカレーのレシピを探していて、逗子のスパイスツリーさんが作ったものの情報が出てきた。レシピこそなかったものの、写真からなんとなく想像しながら作り上げた物がこちら。ぶっつけ本番だったが、磨けば光そうな具材だ。


17:30~夕食、ラストスパート

これまでイーター(カレーを食べるもの)およびヘルパー(カレーを手伝うもの)として参加していた細谷カレーがクッカー(カレーを作るもの)として参戦。手癖で適当にマトンカレーを作ってくれたが、おいしかった。人の作るカレーって、なんかうまいんだよな。こうやって価値を交換しあって人類は生き延びてきたんだな。

桃のカレーもどうやって仕上げるか考えていなかった。東京カリ〜番長リーダーの公開しているレシピに桃を炒めて使うレシピがあるが、今回はベジにしたかったので余っていたパニールを使ってみた。するとどうだろう、甘いけどなかなかイケるカレーとなった。

シーフードと味噌とバター、そんなんうまいに決まっているやん。食材の選定が全て。


これはカレーミーティングの際に西荻窪のすぷーんで食べたもののオマージュを目指して作ったカレー。本物はフォン・ド・ボーを使っているが、なかったので省略。

料理通信に載っていた魯咖の中華麻辣カレーのレシピを参考に。中華料理はほぼカレー。

冬は牡蠣がうまい。刺身用の新鮮なものをさっと煮る程度に留めたのでそんなにグレイビーに旨みは染み出していないが、牡蠣自体がうまい。


もう少しで23時間経とうというころ、パキスタン風チャナダルを繰り出しラストスパートをかける。煮るのに時間がかかるが、ほくほくとおいしい。パキスタンで食べたダルはカスリメティとギーがたっぷり使われたチャナダルが多かった。


そして50カレー目で謎の感動。

最後のカレーは、開始直後からずっと煮込み続けていたサリサリカリーオマージュカレー。ボロボロのこげこげになりかけていたが、駆け抜けるようにカレーを作りながら過ごした、あの地獄の24時間を象徴するようだった。




最後に(スプレッドシートへのリンク)



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