本人とはなにか

　あなたはどなたですか？

　わたしは「幸せのみちしるべ」です。

　何か本人確認できるものはお持ちですか？

　はい、「わたしがここにいる」という確かな意識を私は持っています。

　いえ、そういうことではなくてですね、、、

　ん？私にとってそれは「あなたがいる」ということよりも確かなのですが。

　はい？

　では聞きますが、あなたはいますか？

　はい、私はいますよ。

　そうですか。私の目にあなたは映っているので、おそらくあなたはいるんだろうと思いますが、それは「わたしがいる」という意識ほど確実なものではありません。私にとって、なにか「あなたがいる」ということを確かにする方法をあなたはお持ちですか？

　、、、持ってますよ。ただいま取ってきますので少々お待ちください。
　お待たせしました。こういうことですよ。（身分証明書の提示）

　なるほど。あなた方はこうして本人確認しているわけですね。ところで、こうして身分証明書を持っていると本人だと認められるのはなぜですか？

　なぜと言われましても。身分証明書を提示することによって本人だと認められるからですよ。

　その理由を聞いているのですが、、、まあいいでしょう。つまり、あなたは私の所有物によって私を「本人」だと確かめたいわけですね。私ではなく、所有物の存在を。

　次にお待ちの方々もたくさんいらっしゃいますので、迅速にお願いできますでしょうか？

　一応こういったものなら持っているのですが、、、これでも本人と認められるでしょうか？

　えーっと、そちらも確かに身分証ではあるのですが、ここでは本人確認の手段の対象外となっております。

　そうですか、、、あっ！まだありました。これなら大丈夫ですね？

　確認いたします。、、、恐れ入りますが、こちら有効期限切れとなっていまして、本人確認ができかねます。

　それは残念です。なんか、私はずっとここにいるのに、私が私であることを確認するという目的のために、限られた手段しか用意されていない状態で、その手段を確認するという行為が必要になっていて、確認行為自体が目的に取って代っているようですね。

　はい。私どもと致しましても、ひとりひとり本人確認しなければいけないということになっておりますので。ところで今、とても便利にお使いいただける新たな身分証明書が発行できるのですが、お作りしましょうか？ここで待たれている方々も大半はそれを目的とした方々ですよ。

　なるほど。あなた方は本来必要とは思えない「手段」の循環の中で、こうして慌ただしく働いているわけですね。

　、、、。

　私はただ「生きたい」のです。手段のために生きるなら、それは私にとっては生きているとは言えません。「わたしはここにいる」のに、なぜそれで不十分なのでしょう。言われた通りにしかできず、自分の意志もなく、身分証の中でしかアイデンティティを確認できないなんて、あなた方はそれでも生きていますか？生きた世界を死んだ世界にしないでください。