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小森はるか監督ロングインタビュー【フィルカルVol.9,No.1より】

序文

フィクションもまたドキュメンタリーである、ということについて前回の特集(Vol. 7, No. 3)では和島香太郎監督作品、劇映画『梅切らぬバカ』について座談会を行った。
そして今回は、ドキュメンタリー/フィクションという枠組みに収まらない制作を展開されている映像作家の小森はるかを囲んでの座談会をすることとなった。

小森は、東日本大震災の当時、大学卒業と大学院進学を間近に控えていた。
そのとき、いてもたってもいられなくなり、なにかできないかと三陸沿岸部で甚大な津波被害を被災した土地である陸前高田にたどり着いた。
そこに住み着き、その土地の人たちとともにさまざまな映像作品を世に生み出した。
いわゆる「アーティスト・イン・レジデンス」とも異なる、長期間その土地に住み込んでの作品制作もまた独特である。

『二重のまち/交代地のうたを編む』© KOMORI Haruka + SEO Natusmi

小森は自分自身を映画監督ではなく「映像作家」という。
カメラをもって、その土地の現在過去未来をそこに住む人達と対話をしながら丁寧に記録する。
記録というものは、カメラがあればできるものというわけではない。
記録するとはどういうことなのか、そうカメラを持って問い続ける小森は、作品に映らないところでその土地の人々との丁寧な対話を「けせん・たいわ・つむぎ」というワークショップを通して続けてきた。
そしてそのスタイルが生まれた背景には仙台で哲学カフェを開いていた人々との出会いとその影響があったという。
こうした制作というよりむしろ実践と呼ぶべきものは、その多くは絵や文章で表現をする瀬尾夏美とともになされている。

本特集「カメラをむけることの倫理」では、小森はるか作品主要三部作『息の跡』(2016)、『空に聞く』(2018)、そして『二重のまち/交代地のまちを編む』を中心にその制作のきっかけや背景、そしてカメラをむけることや表現することについての小森の考えを丁寧に聴くことを通じて、そこにある小森独特の倫理観のようなものを浮かび上がらせることを企図している。

息の跡』では、津波で流されたところに、自身の生業である「たね屋」の仮設店舗を建て営業していた佐藤貞一さんの日々を撮った。
貞一さんは、独習した英語で、The Seed of Hope in the Heart という被災の記憶についての本を、いまはもういない誰かや、まだいない誰かのために作った。
中国語やスペイン語にも翻訳され今も世界中で読まれているという。

空に聞く』では、「陸前高田災害FM」のラジオパーソナリティ阿部裕美さんが地域の人々の記憶や思いに寄り添いラジオを通してそれを届ける日々を撮った。
なお、この作品は企画の段階から高い評価を受け「愛知芸塾文化センター・愛知県美術館オリジナル映像作品」として収蔵されている。

そして、『二重のまち/交代地のうたを編む』。
この作品のもとになっているのは瀬尾夏美の文章であり、それは『二重のまち/交代地のうた』(書肆侃侃房、2021)として刊行されている。
かつてあったまち、津波で流されたあとに盛土されて作られたあたらしいまち。
そこに四人の若い旅人たちがやってきて、その土地の風景のなかに身を置き、人々の声に耳を傾け対話を重ね、『二重のまち』という物語を朗読する。
こうしたくりかえしを通じて、記憶の「継承」とはなにかを丁寧に問う作品である。
本特集では「カメラを向ける」ときの、これらの作品背景や、その撮影段階での小森の考えや判断について丁寧に話を聴くことで、作家としての倫理観や表現することの倫理についてみんなで丁寧に考えてみたい。

***

小森はるかの作品では、「手」がたびたびアップになる。
ことばよりも豊かに語るさまざまな手が織りなすそれぞれの思いの交錯。
そこに立ち上がってくる、ことばにならない思いを表現するものとしての「手」。
ふれるもの、つかむもの、そして運ぶものとしての「手」。
そうした実際の人間の身体の機能だけではなく、日本語の中では実に多様なメタファでもある。
行く手、というときそれは方向を指し示す。
書き手や撮り手、というときは人そのものを表す。
また、痛手を負うとか手負いというときは傷や痛みを感知するものとして描かれる。
またこの手の〜というときは種類を、厚手の布というときはその材質を、手の跡というときはその筆跡を、そして手に入れるというときは所有の状態をあらわす。

『二重のまち/交代地のうたを編む』© KOMORI Haruka + SEO Natusmi

こうした、さまざまなメタファとしての手の表象は、小森作品の中でここぞという場面でいつもひっそりと、しかし、しっかりと効いている。
スクリーンに映る人の語りのそのことばにうまくならない想いや、そのひとがこれまでどんな暮らしをして生きてきたかという痕跡をもあらわしてくれるものだ。
それでは、カメラを持つ小森はるかの手は。
どうやっても映りようもない、小森の手。
その手の跡を、この座談会を通じて浮かび上がらせていこうと思う。

(佐藤 靜)

インタビューより抜粋

陸前高田での撮影のはじまり

佐藤 陸前高田で最初にカメラを持ったというか、向けたのはどんな時でしたか?陸前高田に通い出してしばらくのあいだ、なかなかカメラを出せなかったっておっしゃってましたよね。 

小森 段階があるんですけど、最初にボランティアで被災した地域へ行った時、震災から1カ月後くらいですかね。
その時に、陸前高田で出会ったおばちゃんがいて。
その人は、瀬尾さんのアルバイト先の友達のすごく遠い親戚の方だったんですけど、その人が無事かどうかを確かめに代わりに会いにいく、みたいな感じで寄ったおうちだったんですよね。
で、その時に持ってきていたカメラでおばちゃんと立ち話をしているのをちょっと撮らせてもらったんですね。
なんていうか「生存確認」じゃないですが、その遠い親戚の方に「元気ですよ」と伝えるビデオレターを渡せたらいいなぁと、そういう流れで撮ったのが最初でしょうか。
ボランティアしているなかで、やっぱり人や風景にカメラを向けたいとは思わなくて、でも不特定多数ではなく誰かに届けたいっていう宛先のある撮影だったら、カメラも役に立つのだなと思いました。
その後、そのおばちゃんのおうちに私たちは毎月通うようになりました。
その時の記録は『砂粒をひろう―Kさんの話していたことと、さみしさについて』という作品になっています。 

佐藤 2011年の4月頃って、私が1台目のスマホを持ったくらいの時期で、テレビ電話ってのがそもそもないから、カメラを向けて撮る必要があった状況でしたよね。
今だったら、すぐスマホで動画撮ったり、LINEでビデオ通話をしたりできますが、それができない状況だったってのも大きかったのではないでしょうか。 

小森 たしかにそれはある気がします。
携帯で撮ろう、みたいな発想はなかったですね。
持っていったのはちっちゃいハンディーカムみたいなカメラだったんですが、使おうという気はなかったくせに、一応持って行っていまして。
で、ボランティアに行った先で出会った人たちをちょっとずつ撮り始めました。
その頃も全然まだ記録という意識はなく……記録ですらないというか……。
記念写真とか、いまスマホで撮る感覚に近いもので、そういうものを撮っていた時期があって。
陸前高田に住んでからは、しっかり腰を据えて撮影をしたい、暮らしながら日常を撮りたいっていう思いで引っ越したので、気持ちとしては撮ることを決意してるんですけど、逆に住んだ方が、気軽にカメラを回せなくなっていきました。
現地に住みだしたのが、2012年の4月からで、丸3年間住みました。
でもある時期までは、風景ばっかり撮ってるっていう感じでしたね。
自分が移り住んでからの方が人にカメラを向けるのが怖いと思って、その暴力性を強く自覚したんです。
それは陸前高田で生活していくうちに、関係性ができていくからなんですけど、そうやって親しくなれた人との間に、カメラを持ち込みたくないという気持ちがすごくありました。
「被災した人」として、その人をフレームにはめてしまうようなことにつながる気がして。
まだたくさんの報道の人達を街中でよく見かけるような時期だったからっていうのもあるんですけど、陸前高田の人たちがカメラを向けられて、被災者として描かれている姿を日常的に見ていたので、そっちの立場に立ちたくないっていうのもあったかもしれないです。
自分は違うぞ、みたいな。
ただ、陸前高田の人たちからしても、私がそういう映像を作りたくて来た人だとは思ってなかったでしょうね。
お蕎麦屋さんでバイトをしていましたし、休みの日に街中で撮影をしていても、「測量のアルバイトまでやって苦労してるね」みたいな勘違いを……三脚を測量機だと思われていました……(笑)。
そんな感じでしたね。
だから「巻き込み」の話につなげると、自分を巻き込んでくれる人に出会えたのが、たねやの佐藤貞一さんとか地元の災害FMのラジオパーソナリティの阿部裕美さんだったような気がします。

『息の跡』© KASAMA FILM+KOMORI HARUKA

佐藤  『息の跡』の主人公の佐藤貞一さんと『空に聞く』の主人公の阿部裕美さんの、お二人のうちどなたに先に出会われたのでしょうか。 

小森 時期は同じくらいですね。
わりと早くて、引っ越して2~3ヶ月くらいのうちにお会いしてました。
会ってすぐに撮影したいって思ったわけではなかったんですけど、自分の中でやっぱり人を撮りたいという覚悟が決まって、改めて佐藤さんと阿部さんに「撮らせてほしい」ってお願いをしに行きました。
このひとたちなら自分のカメラをうまく使ってくれそうだなっていう思いがあったというか……阿部さんや貞一さんを撮りたいっていう、人に惹かれる部分ももちろんあったんですけど、どこかで「記録をする」ことを一緒にやりたいって思ってくれる気がしたというか……彼らの日常にカメラを持ち込むことへ理解を示してくれるような気がしたから、お願いをすることができたんだろうなと、振り返ると思います。
自分が撮りたいだけじゃなくて、その人も何か「映像に残したい」と思ってくれそうっていうか。
っていう、巻き込まれにいった最初の話です。 

吉川 いや、すごいですよね。
このプロセスだってすごい面白くて。
最初は風景しか撮れない。
住むことで、だんだん何か見えてくるけど、住んで人と親しくなると、かえって撮れなくなることがあると。
「被災者として撮影する」のは何か違うと思ってしまって、撮れなくなるっていうことなんですかね。
でも、そこから更に何かステップがあって、記録してほしいと思われてることが分かってくるんですかね。 

小森 分かってくるというか……。どこまで分かっていたかは分からないですけど……。
貞一さんは、ご自身でも英文手記を書いて記録をしてる方であったっていうのもありましたし、それだけじゃなくて店の中に顔を描いたものがたくさんあるし、つくることや私に対しても興味を持ってくれてるっていう感じが若干あって。

佐藤 小森さんって、どこにいってもあまりしゃべらないでひたすら人の話を聞いている人、っていうイメージがあるというか、「わたしが!わたしが!」って自分からガンガン行くタイプではないじゃないですか。
その小森さんが、「あ、撮りたいって言っていいかな…」って思える何かが、あの人たちにはあったということなのですね。 

小森 あったんですね。
こちらに興味を持ってくれたっていうのは、すごい大きかったかもしれないです。

佐藤 映画『息の跡』でたねやの佐藤さんに作品の中で小森さんは「豆粒」って呼ばれていたじゃないですか。 

小森 豆粒。その……何か外からやってきた、わけのわからないもの、しかも美大生とかいう、あまりそのへんにはいないタイプの人間を、何か気にかけてくれている感じというか。
支援者として移住してきた人はたくさんいたんですけど、うちら(小森と瀬尾)って何をしにきたのか目的はよくわかんないっていうか。
その不思議な存在を逆に面白がってくれたような気がします。
お二人は特にそうでした。


『息の跡』© KASAMA FILM+KOMORI HARUKA

吉川 それは小森さんが映像を撮りたがっているってことをどこかで分かってくれたってことですか。

小森 多分、それをしたくて来てるって言ったことにもすごい反応をしてくれていた記憶があります、会話のなかで。
映像の勉強とか映画の勉強してますっていうと、ふつうのほかの人達とは反応とはちょっと違ったっていうか。

吉川 勝手に撮る側が決めて撮るんじゃなくて、撮ってもいいというか、「一緒に」何かやるっていう感じがどこかにあったっていうことですかですね。

小森 そうですね。
最初からそうしたいですっていったわけではないんですけど、もう自分はそういう風に……それを求めていたような気がします。
はい。

吉川 自然に始まりながら、後から思えば一緒に何かやりたかったという。

小森 「自分を撮られたい」っていう風には、佐藤さんも阿部さんも思わなかったと思うんですけど、むしろ、それはやめてほしいって気持ちがあったと思います。
でもそうじゃない何か…阿部さんだったら、自分が取材しに行く先で聞いてるたくさんのお話とか、素敵なおじいさん達とか、そういったものを撮ってほしいみたいなことを、たぶん思ってくれていたし、佐藤さんは、ちょっと違うかもしれないですけど、何か「あの店を残したい」みたいな気持ちはちょっとあったのかなとか。
「自分が被災者として撮られるのは嫌だ」ってずっとおっしゃっていたんで、それが嬉しいっていうのはなかったと思うんですけど…。
 

佐藤 貞一さんは、流された後のお店の場所にプレハブの仮設店舗を建てて営業していて。
でもまた盛土されて更地にされてしまうから、そこはいずれ撤去しなきゃいけないっていう時限付きの仮設店舗的な場所なんだけど、でもあの作品の中で特徴的な看板とか、水のタンクに顔を描いて口紅つけてとかってやったりとか、なんていうのかな、仮設ですぐ壊さなきゃいけないところなんだけど、ものすごい愛着を持って、丁寧にお店を作ってっていう……。
あれをやっぱ残してほしいなあという思いがあったっていうことなのでしょうか。

小森 うん。そういう気持ちを、佐藤さんは持ってくれていたんじゃないかと……。
それは撮影が始まりながら思い始めたのかもしれないんですけど、だんだんそうなっていましたね。

佐藤 最初は貞一さんのお店に入り浸るとか、そういう感じで始められたのでしょうか?

小森 そうですね。単に自分が撮影するっていう目的で、やれる……やりたいなって思ったのは、「一日中あのお店に居てみたい」というか。
それが許されるぞ、撮影って目的だったら!と思って。
もう朝から晩まで居て、でもずっと撮ってるわけじゃなくて、お客さんのいるあいだは、自分もアルバイトじゃないけどお手伝いして、っていう感じで居たり。
阿部さんの所もそうですね。
朝からずっと同行させてもらって、時々収録の手伝いもしながら、もうずっと……通わせてもらいましたね。 

佐藤 貞一さんに、「これうちの座敷わらし!」って言われるのはそういうところからきているのですね。

小森 そうですそうです。そうやって紹介してもらって。
でも、お客さんが居るところでカメラを回すのは、すごくやりづらかったので、ほとんど撮っていないですね。 

佐藤 ありましたよね。
馴染みのお客さんと思しきおばちゃんが来て、貞一さんとだーっとしゃべって、お会計の金額を忘れて「いくらだっけあれ?」って聞き直すというシーンが。

小森 そうそう、二箇所出てくるんですけど、本当この2カットしか撮ってないです。
あと、お店に奥さんが一緒にいらっしゃるんですけど、普段は。
奥さんは撮影をされたくないっていうのをハッキリ言ってくれてたので、奥さんが居るときには撮らないって決めていました。 

佐藤 じゃああれは貞一さんのお母さんですか?最後の方で出てくるおばあちゃん。

小森 そうです。一緒に作業してるのはお母さんです。

佐藤 「はるかちゃ~ん」っていう……『トトロ』のカンタのばあちゃんみたいな、「メイちゃ~ん」って感じの「はるかちゃ~ん」が……。 

小森 はい、そうなんです、そうなんです。
なので、ほとんど休憩中とか、開店前・開店後しか撮ってなくて。
阿部さんの方も、災害FMの取材先になるので「撮影してもいいよ」って言ってくれそうな方を阿部さんが選んでくれて、「この日なら来ていいですよ」って連絡をもらって、同行させてもらう感じでした。 

佐藤 二作品は、同時進行でそれぞれ撮って、撮りためたって感じ?

小森 そうです、同時進行でやってました。
本当はもう何人か撮らせてもらって、いろんな人たちをひとつの映画にまとめたいなって思ってたんですけど、私も一緒に何かできるっていう意味で続いていたのが阿部さんと佐藤さんで。
そのほかは特に、結局、誰かを追いかけるということはなく……。 

吉川 阿部さんの方で、特にラジオでしゃべっていらっしゃる時とか、インタビューしている時に結構近くから大きくアップで撮っていましたが、カメラはどのぐらいの距離まで近づいていたんですか。

小森 まず、あの撮影場所のスタジオが狭いんですよ。
とにかく狭いし、機材も結構あって、身動きがとれないっていうか。
音も入っちゃうので、あんまりガチャガチャできないっていうのもあって。
だから、そうですね……アップを撮りたい気持ちの前に、物理的に近くなったっていうのもあるし、カメラ位置を一ヶ所選ぶとしたら近い方がいいなと思って、そうさせてもらってたんですけど、阿部さんの顔のかなり近くで撮ってましたね。


『空に聞く』©KOMORI Haruka

吉川 ふつうだったらしゃべりにくい状況ですよね。
かなり近くにカメラがあるので。
物理的にそうせざるを得なかったとこもあるのでしょうけど。
そうした状況がいい意味で影響したのでしょうか。

小森 スタッフはあの場所に4、5人くらいいるんですけど、普段から、みんなの距離感がそもそも身体的に近いっていうか。
なので、それも手伝ってたかもしれないです。
私と阿部さんの関係性ができていく以前に。

谷田 小森さんは、「映画監督」ではなく「映像作家」っていうところにアイデンティティを持っていらっしゃる。
記録をする、あるいは記録をして欲しい人を撮る。
そういうときに、倫理の問題からちょっと離れちゃうかもしれないんですけど、小森さんが他の人じゃなくて、まさに自分自身がカメラを向けているっていう、その作家性みたいななにかっていうのは、どういうところに現れてくると考えていらっしゃるのでしょうか。
カメラを回すっていう物理的な動作自体は、ある意味では誰にでもできるかもしれない。
でも、そこに多分、被写体の人との関係性とか、小森さんじゃなきゃ切り取れないようなシーンとか撮り方っていうものがきっとあると思うんですけど、そういう主体的っていうか、自分が撮りたいものをガンガン撮っていくっていうような感じのスタイルでのカメラを回すってことじゃなくて、ある意味では、記録されている人のあり方を映し出して、でもそこに小森さんていうものが確実に表れているような感覚ってやっぱりあるんですかね。

小森 そうですね。
これちょっとうまく言えないかもしれないんですけど、「映像作家」っていう肩書きとかかわってくるかもしれないと思うのは、やっぱりカメラで撮ることがすごく大事というか、体験としてすごく大きいんだなと思っていることで。
自分でカメラを回さない制作も『二重のまち』からしてるので、撮影がすべてではないんですけど。
撮影していて、すごく特別な時間が目の前で起きていて、それがちゃんと写っている、みたいなものが撮れることが時々訪れるんですね。
そういうものが撮れた時に、「特別なことが起きてる」事実が伝わるだけじゃなくて、全然違うもの……映画を観る人の個別の経験と重なったり、別な記憶が引き出されたりすることが起きるんですよね。
えーと、例えばなんですけど、『空に聞く』の最後に、阿部さんが働いてるお店の勝手口から風景を撮っているショットが映ります。
あの風景、私、すごく阿部さんの話も含めてですけど、好きだなって思っていて。
殺風景なんですけど、何かが映ってる気がしていて。
でもそのショットを、映画を観た人たちが結構記憶してくれてるんですね。
勝手口の風景を。
エンドロールだし、もう全然本編とは外れたところにあるショットなんですけど。

『空に聞く』©KOMORI Haruka

佐藤 でも、すぐ思い出せるぐらい凄い印象に残ってるシーンです。

小森 そう言ってもらってすごい面白いなと思っていて。
今回、挿画を描いてくれている後藤望さんという方が、薬剤師さんで病院に勤務されている方なんですけど、「あの風景をみたときに、病院のなかの霊安室からみえる風景とすごく重なってみえたんです」って話をしてくれて、そういうことが起きるんだなって。
多分、比べたら同じ風景じゃないと思うし、場所も意味も全然違うんですけど、その風景が重なることに何か腑に落ちる部分もあったりして、「こういうことがしたいんだな」って思う瞬間があるんですよね。
なんて言ったらいいかわからないですけど、カメラを介して起こる瞬間というか。
自分がそこでカメラを回せてよかったなって思う瞬間、みたいな……。

佐藤 「以前どこかで見たことがあるなあ」というような懐かしさを観る者に思い起こさせる何かがあのシーンにあるっていうこと、それがもう一人や二人じゃないってことですよね。 

小森 そうなんです。
自分が意図したこととはちょっと違うんですけど、こういうことがあちこちで起きていることがすごく面白い。
 しかもそれが、嵩上げした街の上にできた風景のなかで……今まで存在しなかった、みえることがなかった風景のなかで起きるっていうのは、なんというか……。
やっぱカメラっていうものを通して、やっとみえるもののような気がして。
なぜそういう風に記憶が重なるのか、わからないけど、阿部さんを撮らせてもらってきた数年間、私がたくさん話を聞かせてもらってきたこととも関係があると思うし、阿部さん自身がその風景を「好きだな」って見ようとする気持ちだとか、観るひとの映画体験とか、色んなことが重なった上で起きている。
でも、自分の撮影したものが、最終的に一人の目で見ることを超えていくような、そういうことに繋がったらすごく嬉しいなっていう。
そういう思いが自分の中で、一番強くあるんだなっていうのを最近実感しています。

佐藤 ただ見るのと、カメラを構えて見ることの、感覚の違いは小森さんの中でどんな感じなのでしょうか。
 
小森 凄い違うんですよね。
そうですね……。

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小森はるか Haruka Komori
1988年静岡生まれ。映像作家。映画美学校12期フィクション初等科修了。東京藝術大学美術学部先端芸術表現科卒業、同大学院修士課程修了。瀬尾夏美(画家・作家)とのアートユニットやNOOKのメンバーとしても活動。2011年以降、岩手県陸前高田市や東北各地で、人々の語りと風景の記録から作品制作を続ける。現在は新潟在住。代表作に『息の跡』(2016年)、『空に聞く』(2018年)、『二重のまち/交代地のうたを編む』(2019年/瀬尾夏美と共同監督)がある。

佐藤 靜 Sayaka Satoh
大阪大学COデザインセンター特任助教。専門は倫理学。主要論文は「奴隷・女・移民―家事/ケアワークをめぐる断章」『現代思想』2022年2月号、101–110頁。「新潟水俣病事件における妊娠規制の問題―優生思想とフェミニスト倫理学の観点からの検討」日本医学哲学・倫理学会編『医学哲学 医学倫理』第38号、11–19頁、2020年。「ケアワークと性差別―性別役割分業・人種間分業・グローバリゼーション」『唯物論研究年誌』第22号、59–83頁、2017年ほか。

上村 崇 Takashi Uemura
福山平成大学附属図書館長・福祉健康学部教授。専門は倫理学・道徳教育。著書に『「ポスト・トゥルース」時代における「極化」の実態—倫理的議論と教育・ジャーナリズム』(共編著、出版学会出版部、2021年)、『いじめはなぜなくならないのか』(共編著、ナカニシヤ出版、2020年)。映画評に「「おはなし」を喚起する力—映画評:纐纈あや監督『ある精肉店のはなし』」『年報カルチュラルスタデーズ』Vol.3(pp.241–251、2015年)など。

谷田雄毅 Yuki Tanida
フィルカル編集部。駒澤大学・大正大学・武蔵野大学非常勤講師。最近の業績として「後期ウィトゲンシュタインにおける、言語ゲームの「ポイント(Witz)」概念の位置づけ―アスペクト概念との比較を通じて」(『哲学』第73号、2023年)、「心的概念の不確実性の問題―ウィトゲンシュタインの「心理学の哲学」の観点から」(『科学基礎論研究』49巻1号、2021年)など。

吉川 孝 Takashi Yoshikawa
甲南大学文学部教授。専門はフッサール現象学を中心とする哲学・倫理学。人間の生き方に目を向ける現代倫理学の可能性を探っている。著書に『フッサールの倫理学―生き方の探究』(知泉書館、2011年)、『ワードマップ 現代現象学』(共編著、新曜社、2017年)、『ブルーフィルムの哲学―「見てはいけない映画」を見る』(NHK出版、2023年)など。

note公開にあたり最低限の修正を加えました。(フィルカル編集部)

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