宇宙人(仮) - 06 宇宙刑事とゆるキャラとデュアルシュノーケルマスク

 一方通行表示を無視して突っ込んできたパトカーは、勢い余ってスピンしながら急停止した。サイレンの音が止む。

 交差点では平常時と変わらず車が行き交っていた。すぐ近くで塔が一本倒壊しているのに、誰も止まろうとしない。そこには、正常化バイアスにとらわれた平和な一地方都市の姿があった。

 パトカーの運転席が開いた。悠然と出てきたのは、薄茶けたトレンチコート姿の中年男だ。正義感溢れる毅然とした面構え、不撓不屈を絵にかいたような眼差し、一九〇センチに迫る弛みなき長身の持ち主だ。酸いも甘いも噛みしめた燻銀の魅力すら放つ男だが、いかんせん警察の制服を着ていない。そのうえ中折れ帽を目深に被っているのが、客観的に見て非常に怪しい。

 すぐに助手席のドアも開いて、慌てた様子の警官が転げるように出てきた。無残に倒壊した「ムーンパワータワー」をぽかんと見つめ、頭を抱えた。

「なんてことだ! タワーがっ! ムーンパワータワーがぁ!?」

 そしてきょろきょろと辺りを見回す。

「! あの子たちは! 自転車に乗っていた子たちは!?」

 警官の顔から、みるみるうちに血の気が引いていく。

「もしかして下敷きに!? はやく本部に連絡しなければ! じゃなくて救急車か! どうやって連絡するんだ!? そうだ無線で119番だ……!」

 上ずった声でわめきながら拳銃に手をかけようとする警官を、トレンチコートの男が制止した。

「中谷巡査、落ち着くんだな。あの子たちは巻き込まれてはおらんぞ」

 男は対岸西北西の方角に鋭い視線を投げかけた。警官はほっと胸をなでおろす。

「よかった! 彼らは無事なんですね!」

 しかしすぐに我にかえる。

「じゃなくて……っ! どうして大岡『警部』はあの自転車を突然追いかけ始めたんですか!?」

 『警部』という響きに若干のひっかかりがあるのは、中谷巡査が本心ではこの男のことを『警部』だと認めてはいないからだった。

 この、とてもじゃないが警察官には見えない怪しい男、名前を大岡修平といい、階級は警部である……らしい。もっとも中谷は、大岡の見た目だけで不信感を抱いているわけではなかった。

 中谷巡査が所属する宇座警察署にとって、大岡はIGCPOという組織から出向してきた「一時預かりのお客さま」である。外部組織からの出向は珍しいものでないが、いかんせんIGCPOだ。

 Intergalactic Criminal Police Organization、銀河間刑事警察機構の略である――などと説明されても、はいそうですかと納得できる警察官がこの世に何人いるだろうか、いやいない(反語)。

 当然疑問に思った中谷は、「ICPO(国際刑事警察機構)の間違いではないのか?」と上官にただしたが、IGCPOであるの一点張りだ。中谷の警察官歴はそう長くはなかったが、そんな名称の組織を聞いたこともなければ、警察学校で習いもしていない。そもそも銀河ってなんだよ、宇宙かよ。

 また、中谷が思うに「いつの間にか警察組織は宇宙規模になっていました☆」という線も有り得ないはずだ。上官からの命令で大岡に市内を案内する役目をおおせつかったが、命令してきたその上官ですら、胡散臭げな様子を隠しもしなかったからだ。

 おそらく上官も思っているはずだ、銀河ってなんだよ、と。

 宇座警察署は県下有数の大規模警察署ではあるが、しょせんは巨大な警察組織の中の小さな歯車のひとつだ。中谷巡査は言うまでもなく、上官とて更に上からの指示に従っているだけなのだろう。

 大岡はふっと笑みを浮かべる。声が無駄に渋い。

「自転車の二人乗りは危険だ。取り締まらなければならないだろう?」
「げ、げ、原則としてそうですが! だからって運転中の私からハンドルを奪いとる方がはるかに危険ですよ!」

 大岡はまったく聞いていなかった。大岡は生粋の地球人だったが、長年の職務で培われた宇宙人的視点をも併せ持つ、敏腕宇宙刑事だ。そんな彼の宇宙デカとしての嗅覚が「この塔は極めて怪しい」と告げている。長らく閉鎖されていたという「設定」。その建築様式もまるで「地球的」でない。

 それにあの女子高生。うまく擬態しているつもりかもしれないが、現地に適応できていないのは明らかだった。地球の女子高生は、パトカーを撒くために額からビームを撃って塔をなぎ倒すような真似はしない。あの宇宙人は訪地(地球外生物が地球を訪問すること)して日が浅いため、その辺の力加減がわかっていなのだろう。

 大岡は颯爽と踵を返し、パトカーの運転席側に乗り込む。

「行くぞ! 次は宇座市役所だ!」
「ええええ!? まってくださいよ『警部』!」

 わけのわからん『警部』とやらに、パトカーを借りパクされた日には懲戒免職もありえる。中谷巡査も、慌ててパトカーに乗り込んだ。

 猛然と走り去るパトカーを横目に、「ムーンパワータワー」を観察する生き物がいた。頭には白い毛がもじゃもじゃとはえていて、身体は黒くてふっくらとした寸胴だ。手足が短くて口だけが異様に大きい。エメラルドグリーンの光をうっすらと帯びる腹の模様が、近未来SFチックな無機質な意匠というか、野生動物にしてはデザインが人工的すぎる。

「これが、ベンジョョコォロギィイの実力かロミィ……それに宇宙警察のおまわりさんまでやって来たんだロミィ……!」

 声は、正統派ゆるキャラな感じでかわいい(もっとも本人はとても深刻そうだ)。もじゃもじゃの白い髪の毛は、近くで見れば大小さまざまな触手が密集した代物だとわかる。細いものの先端はつるんとしている。中くらいのものになるといぼ状の突起が現れ、最も太い触手のいくつかには、先端に眼球状の臓器がついていた。

 放射状の光彩をもつ白目なき眼球は、その悪魔的な見てくれのわりに邪悪さはなくて、どちらかというと無邪気によく動く子供の目のようで、純粋な好奇心に溢れている。

 「それ」は倒壊した「ムーンパワータワー」の周囲をよちよちと歩きながら、太い触手の先端の眼球を総動員して路面の損傷の具合を観察した。黒い胴体には滑らかで細かい毛がみっちりと生えている。「それ」が呼吸するのに合わせて、肩(?)のあたりの毛がふさぁあっと盛り上がる。

 「それ」は武者震いしていた。

 川向うでは、パトカーと救急車のサイレンがごっちゃまぜになって反響していた。川面の風がピューっと吹いて、頭上の木の葉が大きくしなる。触手が束になってぴくっとはねた。

「たいへんなことロミィ……! はやくウザエモン様にお知らせしなきゃだロミィ……!」

 ぴょんっと飛び跳ね回れ右すると、「それ」はぽてぽてと走りはじめた。短いあしを一生懸命動かして、土手の茂みを滑り降りた。河原にどさっと転がり落ちると、うんしょうんしょと起き上がり、短い腕を精一杯に広げて深呼吸のポーズをする。大きな口のなかには鋸状の牙が無数に生えている。

 「それ」の目の前の空間に黒っぽくモザイクがかかる。「それ」の腹の意匠によく似たエメラルドグリーンの光輝が、何かを避けるように弧を描いた。まるでそこに底なしのブラックホールの存在でも示唆するように。

 「それ」は、えっちらおっちらと「穴」に這い上る。「それ」は寸胴でしもぶくれ体形だ。おしりが「穴」ひっかかってしまって、短いあしをばたばたさせる。

 しばらくもがいてやっとこさ、「それ」はすとんと「あちらがわ」に落ちる。「穴」がしゅっと閉じて、黒いモザイクも風にかき回される煙のように薄れてどこへともなく消えていった。

「はぁっ……はぁっ……やばいだろこれっ……」

 顔をまっかにした司は、膝に手をつき、肩で荒く息をついていた。
 二人をのせた自転車はあれから空中分解し(高すぎる負荷をかけられすぎた結果、尋常に寿命を迎えた)、やっと暴走軽車両から解放されるかと思いきや、警察の別動隊に取り囲まれた。司はなんだかんだ善良な市民なので警察に逮捕(という名の保護)されようとしたが、まひるちゃんがそれを許さなかった。

 今度は地母神ミサイル(としか形容できない純金製の飛来物)をどこからともなく誘導し、空中で爆破。大量の黄色い粉をまき散らし、あたりを阿鼻叫喚の地獄絵図に塗り替えた。その隙に二人は走って逃げた。

 宇座大橋からは北東方面に官庁街と住宅街を突っ切ったその先、世界的な大企業を有する隣接の歯拳母(はごろも)市とを結ぶ大動脈、国道520号線(通称「ゴツオちゃん」)沿いに複合商業施設がある(ただしAE●Nよりは小ぶり)。地下一階フードコートの隣のゲームセンターに、まひるちゃんは用があるらしい。

 彼女は威風堂々と腕を組み、ゲームセンターの入り口に立って店内を睥睨していた。ちり取りとワイパーを持った店員が、不審そうにまひるちゃんの様子をうかがっている。

 まひるちゃんが司にじろっと目をやった。

「なにがやばいんだ」
「さっきのミサイル! やばいってもんじゃない、あれで人が何人死んだと思ってるんだ!」
「0人だ」
「そんなわけない! なんかすごい煙が出てたぞ!」
「あれはスギ・ヒノキの混合花粉だ。南半球から急いで回収してきた」
「はぁ!?」
「日本人の五〇パーセントはスギかヒノキの花粉症を患っている。だから大量に散布した。致死性はない」
「おまえ血も涙もないな!」

 まひるちゃんが声を上ずらせた。

「なぜだ!? 花粉で人は死なないはずだぞ!」

 司は黙って首を振った。宇宙人の底抜けのボケには付き合いきれない。まひるちゃんは、どういうわけか表情を緩めた。

「まあ、いいだろう」
「なんもよくねぇ! 全方面問題だらけだ!」
「安心しろ。この時間軸に不可逆的な変化は一切与えていない。『先輩』が適切に処理するだろう」
「どうやって!」

 まひるちゃんが、若干イラっとする感じのドヤ顔になった。

「ああ、そうか。知らないのだったな(笑)。おまえは仲間じゃないのだから、知るはずもないな。ふふっ」

 司がなにかしら言い返したいのを歯をくいしばって耐えていると、まひるちゃんはそしらぬ顔で歩いていってしまう。司はぎょっとして、いたいけな草食動物のようにあたりを見まわして、それからしぶしぶまひるちゃんのあとを追いかけた。毒を食らわば皿までだ。

 まひるちゃんは壁際に設置されたガチャガチャの前で立ち止まり、やはり威風堂々と腕を組んで辺りを睨み渡していた。その一画は、宇座市公認のゆるキャラ『ウザエモン』のセレクトショップになっている。不思議の国のアリスのお茶会のようなモノトーンでマッドな雰囲気で、しかも誰もいなかった。

 コーナーの最奥には、ベルベット張りのロココ調な椅子にウザエモンの等身大マスコットが座っている。色白で手足はほっそりとしており、下半身は競泳用のサメ肌スキニーウエア、上半身は異様に隆々としており、猫背ぎみの優しいショルダーラインにくたびれたおっさんの悲哀のオーラが漂う。

 大きな鼻に小さなお口。目もとは意味深なスポーツサングラスで隠している。ゆるキャラ界ではリアル系寄りだが、他のリアル系ゆるキャラにみられるアクロバットで人間味のありすぎる動きを売りとしているわけでもない。

 ウザエモンはどちらかというとシュールで毒のあるキャラクター、哲学ありげな意味深な佇まいで人気であり、ゲームセンターのポップさとはキャラが若干かみ合わないせいか、このコーナーのまわりには人の気配がなかった。

 ウザエモンの左右に侍る四基のガチャガチャをひととおり調べたまるひちゃんは、今度はコーナー中央付近に設置されているクレーン台にターゲットを変え、もっぱらアームをしげしげと観察している。ちょっと離れたところから、さきほどの店員がこちらの様子をこわごわとうかがっているのを司は見つけた。

 まひるちゃんはスマホをとりだし、おもむろにお金を払ってクレーンで遊びはじめた。中に入っているぬいぐるみは、すべて手足のひょろながいウザエモンで、それぞれのウザエモンの手足が絡み合い、くんずほぐれつで難易度が高そうだ。

♪♪~うざうざうざうざ~うっざえも~~ん! うざっ☆

 ゲームがはじまり、どこぞのアイドルのあざとい歌声が流れはじめる。

 まひるちゃんはレバーを片手にアームを凝視する。その瞳には、ゲージの中のハムスターを見つめるどら猫にも似た殺意が宿る。まひるちゃんが人間国宝じみた繊細な手つきでレバーを動かす。狙うのは、左奥のこちらに背を向け半ば埋没している一体のようだ。

 レバーをうごかしながら、アームを開いたり閉じたりした。まひるちゃんは一瞬難しげな表情をしたが、すぐに刮目した。宇宙的な前髪に隠れて見えないが、第三の目も一緒に開いたのだろう。アームの根元が不自然に震えた。

(ん? 強度を変えやがったな)

 司が察したときにはすでに、アームはぬいぐるみを掴んでいた。四体ほど絡みついていた別のウザエモンも一緒に引き上げられたが、アームは危うげなくターゲットをつかまえて投入口まで運んでいった。

 長い手足で自分の胴体をぎゅっと抱きしめる恰好のウザエモンが、筐体の外に転がり出てくる。まひるちゃんは仕事人風の無表情で拾い上げた。同時に司は、首の毛がざわつくような殺気を感じた。なにげなく振り返ると全身サメ肌のスイムスーツにぴっちりと身を包んだマッチョがいた。

「ひっ――」

 司は思わず飛びすさった。口から悲鳴とも呼吸の失敗ともいえない声が漏れる。そのマッチョな不審者は、顔面をデュアルシュノーケルマスク状の装備で覆い「シュコーッ、シュコーッ」と機械的に呼吸音を繰り返す。ミラーゴーグルの奥の表情は伺い知れない。

 まひるちゃんが振り返りざま、ゲットしたばかりのウザエモンぬいぐるみをこちらに投げてよこす。司は反射的に受け取った。ウザエモンがくたっと抱きついてくる。グラサンの奥が黄色く二回点滅した。星野司の宇宙戦闘民族の本能が、懐の異常な違和感と生命の危機を察知する。

「っ!」

 なるべく広い空間めがけて、フルスイングで投げ捨てた。

 へろへろと手足をなびかせながら飛んで行ったウザエモンが、天井にぶつかる間際に爆ぜるように輪郭を崩し、チカッと白熱した。


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宇宙人(仮)
  • 7本

地球の日本のとある地方都市・宇座市に不時着した宇宙空賊ウサイモンは誓った。愛する第二の故郷宇座市を、おのれの手で日本の首都にしてみせると。

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