宇宙人(仮) - 05 人間こいのぼりと邪眼と吊り橋効果

 物音に驚いて野次馬たちが飛び出してくる。それを圧倒的風圧でなぎ倒し、自転車は宇座大野橋へと滑り込んだ。レンガ造りの大正モダン風。観光名所化を露骨に狙うあざとさもあり、非公式ではあるが「宇座四天王最強の橋」という異名で親しまれている。宇座市街の中央を流れる一級河川大野川にかかっている四本の橋のうち、地政学上最も重要な橋である。

 赤茶色の歩道に乗り上げたとたん、司は中空に投げ飛ばされかける。第一波はまひるちゃんにしがみついて乗り切ったものの、宇座大野橋は直線百メートル。歩道兼自転車道は暴走防止のため路面がえげつなく凸凹している。今度は足場を失って、爆回転する後輪に下半身が巻き込まれそうになった。

「ちょと、止ま、止ま……ああああああああああ!」

 司はまひるちゃんの首にしがみついて必死にシャチホコのポーズをする。脳内宇宙戦闘民族設定とはいえ、激しい突き上げを喰らいながら人間こいのぼり体勢をキープするのは至難の業だ。不幸中の幸いは、まひるちゃんがまったく動じず自転車の高速巡行をやめなかったことだが、なにがあっても止まってくれなかったのは間違いなく最大の不幸である。

 死の宇座大橋をなんとかやり過ごしたところで、今度は前方からも後方からもパトカーのサイレンが迫ってきた。普通の道になったので、司はかろうじて体勢を立て直した。まひるちゃんが舌打ちした。

「ウサイモンの手のものか!」
「いや、警察――」
「なんだと!?」

 まひるちゃんが剣呑に聞き返す。大音量のひび割れた音声が、それに応える。

「そこの自転車! 止まりなさい!」
「なんで警察が私を追いかけてくるんだ!」
「自転車二人乗りで信号無視して暴走しているからだよ!」

 コミュ障だけど、さすがの司もツッコミを入れざるをえなかった。俺が入れなきゃ誰が入れる? もう、オンリーワン。世界でたった一人の大切なあなた、な気分だ(錯乱)

「それがなんだ!」
「立派な犯罪行為だ!」

 まひるちゃんが悔しそうに歯ぎしりする。ちらっと振り向きざまに、彼女の額に血の筋のようななにかが見えた。司はぎょっと身構えた。まひるちゃんがいつのまにか頭に傷を負っている?

 並走するパトカーが、更なる大音量で呼びかける。

「そこの自転車!!!」

 司はうぐっと呻いた。耳をつんざいたスピーカー音の残骸が、頭の中で暴力的に反響する。まひるちゃんが、ハンドルをパトカー側に切るかとみせかけ、すぐに逆にきってドリフト、からの急停止。その衝撃で振り飛ばされそうになった司だが、人間タケコプターにされたら死んでしまう。後輪の軸受けに靴底の溝を食い込ませ、ウンチング・スタイルでその場を耐えきる。

「うぉおおおぉおおお!!!!!!!!」
「星野司! 私は自転車に専念するから、おまえは警察車両を排除するんだ!」
「できるかっ!」
「なに? 出し惜しみをするか!」
「なんも惜しんでねぇよ!」
「このっ、ドケチめが!」

 まひるちゃんが力強く地面を蹴って再度急発進する。後ろを追いかけてきていたパトカーに、猛然と突っ込んで行く。司は叫んだ。

「ばか、待てって!」

 まひるちゃんはさらに漕ぐ。

「とまりなさぁいっ!」

 と、スピーカーからも絶叫がほとばしる。彼女はつっと額に指をやり、宇宙的にふっくらとした前髪を払いのける。そこには本来人間にはあるはずのない『赤黒い瞳』があった。先ほどちらっと見えた傷跡はこの瞳だったようだ。邪悪オーラの強い第三の目が、剣呑にギョロリと動くさまに、司は戦慄した。まひるちゃんが力強く叫んだ。

「いくぞっ! 地球の忍法『変わり身の術』だ!」

 司が声なき悲鳴を上げたのと、自転車の前輪がパトカーのバンパーに接触したのと、まひるちゃんの額の目の黄金色の瞳孔がカッと見開いたのはほとんど同時だった。

 一拍の静寂。それから

 ゴォオオオオォォォ――――

 と、水平線の彼方でバベルの塔が崩壊しているようなくぐもった音がした。辺りがまばゆい光に包まれる。さらに一拍おいて、爆音と衝撃が一気に襲ってくる。露出した肌という肌をビリビリと振るわせる。

 その音波嵐じみた衝撃が過ぎ去ると、辺りは異世界のように静かになった。きらきらと輝く川面が見える。宇座市の象徴、一級河川の大野川だ。秋の爽やかな太陽が降り注ぎ、河川敷にはまばらに人影がある。まひるちゃんはどういうわけか、大野川南岸の堤防沿いを西に向かって悠然と走っていた。橋を渡ってひたすら北上していたはずなのに。というか、警察はどこに行った?

 しばらくぽかんとしていた司だが、我にかえって疑問の雄叫びを発した。

「ええええええええぇ!?」
「どうした?」

 まひるちゃんがちらっと振り返る。額のまがまがしい眼もまた、ぎょろっとこっちを見た。

「はぁあああああああ!?」

 その衝撃に追い打ちをかけるように、遠くから風に乗ってスピーカーの声が流れてくる。パトカーの集団は、司たちではない別のなにかを追いかけて川の対岸を北上しているようだ。

「そこの地母神像ぅ……止まりなさぃ……」

 サイレンの音がどんどん遠ざかっていく。

「!?!?!?!」

 驚きすぎて、司の口からは意味のある言葉が出てこない。ただただ奇声を発するだけのお粗末なAIロボになった気分だ。

「地母神ではなく、餃子像なんだがな」

 と、まひるちゃんが苦笑いをする。笑うと意外と可愛くて、そんな場合じゃないのに司は不覚にもドキッとした。相変わらず邪眼はカッ開いたままなので、邪神の笑みに見えなくもないがーーそれに命の危険に晒されたので、ただの吊橋効果かもしれない。
 彼女はいささか得意げに続けた。

「昨日たまたまネットで見つけたんだが、変わり身の術は便利だな! 手近なものを己の身代わりにすることで攻撃をかわすなんて高等技術、地球人には無理だろうと思っていたが、うまく追っ手をやりすごせたようだ! 地球のテクノロジーも捨てたものではないぞ!」

 やっぱりおでこに目がある。ツッコミの総需要に、頭の回転が追いつかない。自転車は相変わらず爆走しているので、きわどいウンチングポーズのままで司は必死に考えた。

 まず、まひるちゃんは宇宙(そら)から降ってきた。だがこれは記憶が曖昧なので司の思い違いなのかもしれない。昨日、校門付近でエンカウントしたのは確実だ。それから屋上でもエンカウントした。その時点ではまだ、司のクラスの一員ではなかった。

 なのに今朝、HRの時点で自己紹介もなにもなく普通にクラスの一員になっていたのだ。しかも以前からこのクラスに存在していたかのようにみんな接している――からの、人間離れした自転車操縦能力からの、第三の目開眼、からの瞬間移動(?)

(ウサイモンは、ナノマシンあるいは細菌兵器による記憶改変を行っている可能性が高い!)

 まひるちゃんが学校を出際に放った謎のセリフが、このときはじめて司の頭のなかで意味のある言葉として焦点を結んだ。

 ひょっとして、まひるちゃんは人間……いや、地球の生き物じゃない……つまり、宇宙人! 空から来たので宇宙人なのでは!?

 宇宙人は本当にいたんだ!?

「……!」

 宿願叶った興奮と感動と、コレジャナイ、俺の求めていたのはコレジャナイんだ! という強い葛藤と、やっぱり俺の目がおかしいんじゃないか? という己の認知力への深い不信感と、誰でもいいからこの女から解放してください! という他力本願な叫びとがごちゃまぜになった奇声が喉元にせりあがってきた、そのとき

 まひるちゃんがいきなり背筋を伸ばした。司はしたたかにアッパーを喰らう。

「ふがっ!?」
「む、忍術が効かないやつがいたか」

 風の爽やかな堤防沿いの道に、その平和さには似つかわしくないサイレン音がしている。しかも確実に、こちらとの距離を詰めてきている。

 大野川の北岸でチェイスをしかけてきたパトカーは、まひるちゃんがなんらかの囮を使って撒いたらしい。しかしいま追いかけてきているパトカーは、騙されずついてきたということか?

 まひるちゃんがするどくあたりを見回した。車道は二車線道路で、路駐は多いが交通量は少ない。パトカーがこちらの位置を捕捉しているかどうかは定かでないが、どうやらこの道を直進してきている。

 司は空を仰いで鼻血を堪えながら言った。さっきのアッパーカットで鼻を打ったのだ。

「交差点の先は一方通行! でもパトカーは入ってくるかもしれない!」
「わかった!」

 まひるちゃんが即座に盛り漕ぎモードに移行する。

 この先、川沿いの道は比較的交通量の多い道と交差しているが、駅前の国道を尋常に突っ切ったまひるちゃんなら余裕でぶっちぎるだろう。

 交差点を越えるとすぐ左手に「ムーンパワータワー」という名の怪しい塔がある。宇座市の文化施設だが、公営にしては外見が攻めすぎているし、なぜか数年来閉館している。近日改装工事をするといわれ続けて、はや幾年が経っていた。

 そんな胡散臭い塔と川の間の小道は細くて鬱蒼としており、道幅は狭くて車が一台しか通れない。しかも東からは侵入できなかったはずだ。問題はパトカーが一方通行表示を守るかどうかだが、正直かなり微妙な賭けである。

 いよいよサイレンが迫ってきた。

「こらぁあああ、そこの自転車ぁ、止まれぇえー!」

 暑苦しいおっさんの声がスピーカー越しにがなり立てる。まひるちゃんは振り返らない。ただ前を見て漕ぎ続ける。交差点が見えてきた。プラネタリウムを縦方向に引きちぎったような姿の「ムーンパワータワー」も視界に入る。まひるちゃんはまた前髪をかきあげた。

 チュギュン――

 さっきの「忍術」よりはずいぶん細いビームが、額(の第三の目)から放たれる。白熱したエネルギーは閉じた放物線状の束となり「ムーンパワータワー」の基部に吸い込まれる。

 そうこうしているうちにパトカーが追い付いてきた。目の前の信号は、赤から青に変わる。

(まずい!)

 と、司は思った。パトカーとはいえ運転するのは生身の警察官だ。赤信号に突っ込むのに多少は躊躇する。まひるちゃんは躊躇しない。このわずかな差で逃げ切れると思ったのだが――

 そのとき「ムーンパワータワー」が川側に向かってぐらっと傾くのが見えた。自転車は青信号を渡って、いままさに倒れようとする塔の真下に滑り込もうとしている。司は嫌な予感に身震いした。まひるちゃんはタワーを倒すことで一通を封鎖しようとしているのか?

 まさかな、いやそのまさかなのか?

 でもタイミングがはやすぎる。このままだと二人とも下敷きになる!

「ばかばかばかばかとまれぇえええええ!」

 司は絶叫した。追いかけてくるパトカーも「プゥォーーーーーーー!」とクラクションを鳴らした。

 まひるちゃんは、ついに最終形態立ち漕ぎへと進化する。「ムーンパワータワー」が、基部からぼふっと灰色の粉塵を吐いた。二人は自転車もろともそれに吸い込まれた。

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宇宙人(仮)
  • 7本

地球の日本のとある地方都市・宇座市に不時着した宇宙空賊ウサイモンは誓った。愛する第二の故郷宇座市を、おのれの手で日本の首都にしてみせると。

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