宇宙人(仮)- 04 地球人とトイレとフェチズム

 授業が終わって学校を出ると、市内には依然「第七管区」なる表記が散在していた。

 公共交通機関はもとよりタウン誌や、地元ケーブルテレビの移動中継車にも当たり前のように「第一スタジオ(第七管区)」とか書いてあるせいで、更新世の昔からそれが宇座市の南にあったような気すらしてくる。

 もしかしたら、司が知らないうちに白浜町が政令指定都市になって地名が変更されたのかもしれない。そんなことありえないけど、太古の海で生命が誕生した確率に比べれば、めちゃくちゃありえそうな感じがする。

 変化に気づいたのがたまたま今朝だったというだけで、いつから変わっていたのかなど司には知る由もない……そうだ、地名の変更があったのだ。さすがに微妙なネーミングセンスだとは思うが、よく考えればそう悪くない地名だ。国土地理院の職員にSFマニアが紛れ込んでいて、そいつの趣味が炸裂した結果とかかも知れない。

 だがもしそうならなぜ、あのねや茂部はあんな反応をしたのだろうか。行政的な地名変更なら、人に話してはいけないなんてことはないだろう。そもそも隕石とともにパンツ星人が降ってきた記憶のほうがおかしい。第七管区の存在のほうが千倍くらいは常識的だ。

 そう己に言い聞かせてみたものの、「宇座南駅(第七管区)」から来るバスがなんだか得体の知れないものに思えてしまう。できれば乗車を避けたい。

 翌日、司は自転車で登校した。自宅から学校までは約十キロ。司の走りを以てすれば自転車のほうが速いのであるが、宇宙戦闘民族の本気のママチャリに追い越される車の運転手がびっくりするのは申し訳ないので、敢えてのバス通学を選択していたのだ。

 自転車通学の届け出はしていないので、乗ってきたママチャリは駐輪場の端に乗り捨てる。

 第七管区フリーの朝は、平和だった。

 家から学校に行くだけなら、道路案内標識にも「第七管区」の文字は出てこないはずだった。一瞬「朝ケ丘岡本病院/宇座南(第七管区)駅前/精神科・心療内科」なる看板があってドキッとしたけど、それだけで済んだ。

 バスを使わなかったせいか、あのねにつかまることもなく、司は珍しく始業のチャイム前に教室にたどりつく。

 昨日はあのねに「死にたくなかったら一日中誰ともしゃべるな」と脅されが、昼休みには屋上で不審者たちと言葉を交わしたし、途中から参加した五時間目の授業では、遅刻の理由を問いただされて二言三言教師と言葉を交わした。

 けれど司は生きている。あの脅しはいったいなんだったのか。
 それに箝口令が出されたのは昨日だけだ。今日は第七管区のことを誰かに聞いても……たぶん大丈夫だろう……!

 普段だったら、あのねと茂部以外と会話をしようなんて一ミリも思わない司だが、今回ばかりは二人以外の人間に接触する必要を感じていた。とりあえず、隣の席のやつとは今まで一度もしゃべったことがないけれど、勇気を振り絞って聞いてみるか――

 一見だるそうに机に突っ伏しつつ、心の中でそんな決心をしたちょうどそのとき、隣の席に人が来て、どすっと鞄を置いた。さっそく隣席の主がお出ましのようだ。女子っぽい、ふわっとしたいい匂いが漂ってくる。司の決心はたちまち揺らいだ。まだだ、まだ心の準備ができていない。

「まひるちゃん、おはよー!」

 と、さっそくクラスの女子が声をかけてくる。

「おはよー!」

 と、屈託なく返す声に聞き覚えがありすぎて、司は突っ伏したままぴくっと指先を動かした。それが突っ伏しモード中にできる驚きの表現の限界だ。
 クラスの女子がちょっと遠慮がちに聞いてくる。

「昨日はあのあとカフェテリアに行ってみた?」
「ううん。三年ばかりで怖くて入れなかったよー」

 まひるちゃん=パンツ星人が、昨日屋上で見せた猛々しさとはまるで別人のようになよなよしいことを言っている。

「だよねー。それで今日さ、うちの部活で放課後カフェテリアを使う予定なんだ。もしよかったら、まひるちゃんも来ない? 部活の先輩たちも一緒なんだけど、どうかな?」

 なんのことはない。部活動の勧誘のようだ。まひるちゃんは困ったように笑った。

「ごめん、今日はちょっと用事があって……また今度でいいかな?」
「そうだよね、引っ越してきたばかりだし、忙しいよねー」
「うん……ごめんね!」

 当たり障りなく勧誘を退けたパンツ星人は、当たり前のように席につく。ごそごそと鞄の中身を整理する音が聞こえてくる。それが一通りおわると、不穏な沈黙がやってきた。司は突っ伏しているので状況がよくわからないが、たぶんまひるちゃんは微動だにせずに座っている。まるで気配がない――いや、司が気づかないうちに席を離れたのかもしれない。司には想像もできない話だが、世のコミュ強たちは転校早々であっても校内に行く宛があったりするものだ――いや待てよ!

 司はやっと状況のおかしさに気づいた。このクラスに転入生はいないはずだった。少なくとも昨日まではいなかった。

 我慢できなくなって顔を上げた。隣の机には、あのパンツ星人・まひるちゃんが微動だにせず座っていた。しかもこっちをガン見していた。司は怯んだ。アルマジロのように背中をまるめて机に突っ伏す。これが彼の最大防御の構えだ。まひるちゃんがおもむろに口を開いた。

「白浜町が抹殺されたな」

 司はがばっと顔をあげた。まひるちゃんが最高にクールな無表情をこちらに向けている。彼女は品定めをするように、かすかに目を細めた。

「『先輩』はおまえのことをエージェントだと言っていたが、私は違うと思っている。おまえは白浜町が消えて第七管区なってしまった事実を受け止めきれず、うろたえているように見える」

 図星すぎて、司はうんうんとうなずくことしかできない。

「おまえは我々のエージェントではないにも関わらず、我々の規格にのっとったメッセージを送りつけてきた。しかも、ウサイモンの影響を受けていない」

 まひるちゃんが、ひみつの相談でもするようににゅっと身を乗り出してきた。

「おまえの所属は?」
「は?」

 困惑する司に対して、まひるちゃんはにっとしたり顔になった。

「まあいい。おいそれと身分は明かせない。それは私も同じだ」
「あ、ああ……」

 ちょうどそのとき、がらっと教室の前の扉が開いて、名簿をバシバシ叩きながら担任が入ってきた。

「はいはい、おはよう。みんな席について~」
「「おはようございまーす」」

 と、真面目な生徒たちが先生に挨拶する。司はいちおう黒板のほうにむきなおって、うつむいた。「あらホームルームの初めから司くんがいるなんて珍しいじゃない!」なんて声を掛けられるかと思ったが、担任は無視して点呼をはじめる。パンツ星人のことも、もちろん無視だ。おかしい。いきなり見知らぬ生徒が増えたというのに、この担任の目は節穴か? それともやっぱり、司の記憶がおかしいのか。

 横からつんつんと二の腕を突かれる。見れば、まひるちゃんが意味深に紙きれをよこしてきている。しれっと受け取り、開いてみると、

(にしかん いっかい といれ
 ほうかご つら かせや)

 と、ものすごく汚い字で殴り書きしてあった。司はポーカーフェイスで戦慄した。

 途中でばっくれるしかないと思った。ミステリーだと「もう殺すしかないと思った」というフレーズが頻繁に聞かれるが、精神的にはあれに似た追い詰められた状況だ。

 司は半世紀ぶりくらいに時間割を確認した。一限は数学A、二限は化学、三限は地理、四限は体育、五限は家庭科で、六限が国語総合だ。ほぼ毎時間教室移動があるめんどくさい時間割だが、パンツ星人を撒くには最高の布陣に見える。最悪脱走の機会を逸しても、体育の授業で体調を崩して早退というワイルドカードが切れる。司はちょっとだけ生きる希望を取り戻した。

 そして昼休み。

 売店わきの自動販売機の、そのさらにとなりにひっそりと置かれた薄汚いベンチに座って、司はしょんぼりとうなだれていた。

 彼は途方にくれていた。小耳にはさんだところによると、五限の家庭科の授業は実質文化祭の準備で、六限も実は国語ではなく、そのまま家庭科実習室に居残って屋台用の料理を開発するらしいのだ。その心理的影響もあって、つい好きでもないやきそばパンを買ってしまった。

 しかもである。一年四組の屋台のテーマは「宇宙飯」だというのであるから、司の宇宙戦闘民族としての血がいやおうなく騒ぐ。

 こうしてずるずると六限まで学校に残ってしまった司は、ホームルームのあとでしれっとお家に帰ろうと席を立ったが、すぐにまひるちゃんの殺意のある眼差しに射すくめられて、すごすごと西館トイレに向かうしかなかった。

 まひるちゃんもまた、司のあとを追うように教室を出たが、なぜか途中で姿を消した。司もそれには気づいていたが、あえて気にしないようにして、最短ルートで西館トイレにたどりついた。うっすら感じた嫌な予感通り、そこにはすでにまひるちゃんがいた。尋常に威嚇してくる。

「おそかったじゃないか」
「何時に来ようが俺の勝手だ」

 メンタル紙装甲のくせに大した威勢であるが、実際のところビビりすぎてうっかり本音を言い返してしまって、もうやばい死んだと悟り母星フィロスの(妄想上の)お母さんのことを走馬燈のように思い出した。

「はぁ? あたしが遅いって言ったら遅いんだよっ! 生意気な口利くんじゃねぇぞ!」とかキレられてぶっ殺される可能性が99%オーバーなのかと思いきや、まひるちゃんは、

「確かにわたしは待ち合わせの時間を明示しなかった。おまえの言い分は正しい」

 と、意外な寛大さをみせた。そのままトイレを背にして正面玄関の方に戻ろうとする。司は思わず呼び止めた。

「ま、まてよ! トイレはいいのか?」
「?」

 まひるちゃんが無表情で振り返った。司はおろおろと、意味不明なジェスチャー混じりに続けた。

「ほら、その……ひとけのないトイレに呼び出したっていうことは……」
「なんだ? おまえはトイレになにか期待していたのか?」
「ちょ……そういうわけじゃ」

 顔を真っ赤にして全力で否定のジェスチャーをする司に、まひるちゃんはいささか怪訝そうな顔をしてみせる。

「地球人にとって、トイレとは不浄の地。ゆえにそこに呼び出すという行為は、相手を威圧し牽制する効果が高いという研究結果がある。私はまだおまえの実力をはかりかねている。ゆえに、おまえの胆力を測る目的もあってここで落ち合おうと提案したのであるが……」

 まひるちゃんは腕を組み、真剣に考えこむ顔になる。

「だがおまえには、私が期待したような効果が及ばなかったようだ。まさか、トイレが大好きな地球人がいるとはな」
「それはめちゃくちゃ誤解を招く表現だからやめてくれ」
「私には、好意的な意図はなかったのだ。誤解しないでほしい」
「お、俺のことをトイレ大好きな変態みたいにいうんじゃねぇよ」
「……変態! そうか!」

 まひるちゃんは、はっと目を輝かせた。

「地球人にはフェチズムというものがあったな! つまり星野司はトイレフェチか!」

 廊下中に響く大声で言うものだから、星野司は今度こそ死んだと思った(社会的に)。ここに人気がないからといって、この声が届く範囲内にうっかり人がいる可能性はゼロではない。

「地球人はフェチズムを持つことをタブー視しつつ、そのじつ禁忌を破ることに快感を覚える! 地球人とは誰しもそうした二面性を持っている!」
「ちが……ちがうって……!」
「うむ! そのリアクション、頭部血流量と心拍の上昇がみられる! まさに禁則事項を破ることによって得られる快感で興奮しているのだ!」

 朗々と自説を述べるまひるちゃんの首ねっこをつかまえて、司は正面玄関に急いだ。

 それから五分後、司は、まひるちゃんに自分の自転車に乗ってもらい、自分はそのうしろに立って自転車に乗っていた。まひるちゃんは学校下の坂道を悠然と下っていく。地球の常識はまるで持ち合わせていない女だが、自転車の乗り方だけは危うげがない。

 まひるちゃんの、宇宙的に長いロングもみ上げが、風に煽られて司の頬を不定期ビンタしてくる。
 司はそれに耐えつつ、風圧に負けないように声を張り上げた。

「で、これからどこにいくつもりなんだ?」

 まひるちゃんも声を張り上げた。

「ウサイモンのプラントをさがしにいく!」
「?」
「ウサイモンは、ナノマシンあるいは細菌兵器による記憶改変を行っている可能性が高い!」

 司がリアクションに困っているうちに、まひるちゃんは駅前の国道の交差点に赤信号にも関わらず侵入した。バスターミナルから出かかったバスが急停止し、けたたましくクラクションを鳴らす。構内放送の穏やかな自動音声が、だみ声のおっさんの怒声に切り替わる。どこからともなくクラクションの音が鳴り響き、急接近してスピンしながら遠ざかる。すこし遅れて、ドーンと腹の底に響く衝撃音がきた。

 まひるちゃんは涼しい顔して現場を走り去る。司は怖くて振り返ることができない。

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  • 7本

地球の日本のとある地方都市・宇座市に不時着した宇宙空賊ウサイモンは誓った。愛する第二の故郷宇座市を、おのれの手で日本の首都にしてみせると。

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