敗者 山竹宏・・・

「どうでしたか?支社は?」

田中は帰社した自分に、含み笑いでそう聞いてきた。

直感的に「こいつ、既に上に話を通しているな?」と悟った。

しかし激昂を押さえながら「本社を通して処理を進める、早い時期に答えが出るだろう」と、事実とは異なるけん制をするのが精一杯で事務所を後にした。

この話を帰宅した嫁に話した時

「あんたそりゃぁ、支社長さん言っている事が正しいよ!今から子供にもお金掛かるし、ローンだってあるんだから青臭い事捨てて言われた通り、営業マンを切捨てれば評価も高くなるでしょ?」

自分は、この日昼間に叱責された同じ質の言葉を共に暮らしてきた嫁からも受けた。この夜、自分には賛同者も理解者も居ない事を痛感させられた。

信じて来ていた事を失いだすと、生きる事が無気力になる。

けれど、自分を信じて頑張ってくれていた営業マンを裏切る事は、自分自身の10年間の日々が偽りの日々である事と成る。

翌日出社すると、告発をしていた営業マンは副所長が退職願いを受理し退社していた。

自分はこの日、本社の労働組合本部へ報告する為に書類を作成するつもりで出向いていたのだが・・・・。

この副社長の不正流用も、伝票を洗い出し証拠を揃え終えていた事も更に自分の気を昂ぶらせていた。

「田中君、何で副所長の君が、退社処理を自分に報告なしで出来るんだ?」気がついたら自分はそう怒鳴っていた。すると

「所長、先日上から言われていませんか?下は見なくて良いと・・・。僕は、本社採用ですから可愛がってくれる上司の数は所長の比ではないですよ!あっ、殴りたいんだったらどうぞ!どうぞ!暴力沙汰は直ぐ解雇になりますからね。さぁどうぞ!」

そう自分を蔑んだ目で、顔を自分に突き出してきた。

もうどちらが上司で、どちらが部下か全く分からない状況だった。

この日の帰り道、どう帰宅したのか?覚えていない位の理不尽な怒りと、涙腺には駆け上がらない質の深い悲しみを抱えていた。

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