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ボイジャー2号海王星フライバイ30周年/子ども心の固有周波数

先月、世界はアポロ11号の50周年に沸き立った。

その影にすっかり隠れてしまった感のある、もうひとつの宇宙関係のアニバーサリーが、今月にある。

世界で1億人が生放送を見たと言われるアポロ11号に比べれば、それは華々しさに欠けるかもしれない。最初の一歩とか、星条旗を立てるとか、そのような劇的な瞬間もなかった。

だがそれは、僕の人生にとってアポロよりはるかに重要だ。それは文字通り人生を変えた。それがなければ、今僕はNASAで働いていなかったかもしれない。

今から30年前の、1989年8月20日。無人探査機ボイジャー2号が、太陽系最遠の惑星、海王星に到達した。

6歳だった僕はそれをNHKの番組で見た。思い出の中で僕は、自宅のソファーで父と二人で座り、丸っこい画面の昔のテレビに映し出された海王星の映像に見入っていた。

人類が海王星を間近に見るのは、それがはじめてだった。海王星は青く、美しい惑星だった。神秘的で、孤独な青だった。

あの青が、僕の人生を決めた。いつかボイジャーを作ったNASAジェット推進研究所で、ボイジャーのような探査機を作りたいと思った。30年経って、夢は実現した。心にあったのはいつも、今も、あの青い海王星だ。

Image: NASA/JPL

時々思う。人の心は玉ねぎのような形をしているんだな、と。

完全変態をする蝶は、サナギの中で一度体がぐちゃぐちゃに溶けて作り直されるらしい。

人の心はそうではない。歳を重ねて、様々な経験をしても、子供の頃の心はそのまま残っていて、その上に玉ねぎのように新たな層が覆いかぶさっていくだけだ。人は学べる。だが、変わることはない。

大人になり、体裁や立場や人間関係に追い回されている時は、子供の心は大抵はいい子に昼寝をしている。しかしふとした時…感情が高まった時、将来を思い悩むとき、人生の大きな決断に直面した時、玉ねぎの芯が目覚める。

言葉にならない衝動、というものがある。皆さんも経験したことがあるだろう。心の奥底から湧き上がってくる、言葉では説明し難い感情。それを抑えることはできない。どんなに精巧に組み立てられたロジックも、その衝動の前には為す術もない。

あれはきっと、言葉を覚える前の赤ん坊の頃に作られた、玉ねぎのいちばん真ん中の部分から湧き上がってくるものなのだと思う。だから人の人生をいちばん大きく左右するのは、どの学校に行ったかよりも、0歳や1歳の頃にどれだけ愛情を受けたかなのではなかろうか。

夢を見るのは何歳になってからでも遅すぎはしない。だが、玉ねぎの芯に近い夢ほど折れづらい。6歳の時に夢に出会えた僕は本当に幸運だった。

大学院生の頃、僕はちょっと頭でっかちになって、宇宙開発に批判的になり、自信も失い、夢を捨てようとしたことがあった。だが、夢が僕を捨てなかった。心から芯だけすっぽり抜き取ろうとしても、できるもんじゃない。

玉ねぎの芯に夢や思想が刻み込まれることを、人は「原体験」と呼ぶ。それは振り返ればドラマチックだが、現在進行形で原体験が起きていると気付くのは稀だ。

父は僕とソファーに座ってボイジャーの番組を見ていたとき、息子の30年後が見えていただろうか。夜な夜な望遠鏡で月や土星の輪を見せてくれた時、それが息子の人生にどう影響するかなんて想像がついただろうか。そんなことはなかろう。

父は色々な趣味があったから、週末には山や、博物館や、科学的や、動物園や、スキーや、いろいろなところへ連れて行ってくれた。プラレールや、レゴや、ミニ四駆や、鉄道模型や、いろいろなオモチャを買ってくれた。不思議なものだ。それらは全て楽しかった思い出として心に残っているし、そのいくつかは大人になっても趣味として楽しんでいるが、プロの登山家や、生物学者や、鉄道のエンジニアになろうとは思わなかった。どうして宇宙だけが、こんなに深く僕の心に響いたのだろう。

Image: NASA/JPL

それぞれの子どもには、生まれ持った「心の固有周波数」があるのかな、と思う。たとえば、ギターの近くで「ラ」の音を鳴らせば、弾いていないのに五弦が勝手に振動し出す。五絃の固有周波数が「ラ」の440 Hzだからだ。物にはそれぞれ異なる固有周波数があり、その周波数の音や振動が与えられると勝手に震えだす。

なぜだか分からない。宇宙が僕の心の固有周波数だった。30年前、ボイジャーが45億キロの彼方から送ってきた青く美しい海王星の写真に、僕の心は共振したのだ。

あれから30年、自分が父親になって、ミーちゃんの心の固有周波数はどこにあるのだろうといつも思う。それを前もって知る術はない。僕が唯一できるのは、色々なものを見せてあげて、様々な体験をさせてあげて、そのどれかがミーちゃんの心の固有周波数とぴったり合う幸運を願うだけだ。

もちろん望遠鏡で月や土星を見せたり、自宅用プラネタリウムを買ってあげたり、時々職場に連れて行って火星ローバーを見せたりもしている。動物園にも、科学館にも、博物館にも、海や山にも連れて行く。何になってくれてもいい。30年後、彼女が「原体験」を振り返る時、その思い出の中にパパの姿があったならば、それはどんなに幸せなことだろうと思う。

海王星と衛星トリトン Image:NASA/JPL

© 小野雅裕 | NASAジェット推進研究所・技術者

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「宇宙に命はあるのか」はNASAジェット推進研究所勤務の小野雅裕さんが独自の視点で語る、宇宙探査の最前線のノンフィクションです。人類すべてを未来へと運ぶ「イマジネーション」という名の船をお届けします。
胸躍るエキサイティングな書き下ろしです。

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明日もお楽しみに。
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コメント1件

はじめまして。いぬとぴあ、と申します。

自分のnoteで、宇宙の話が大好きで子どものときに海王星の青さやボイジャーに憧れていたことなど書いたのですが、たまたま SPACE SHIP PEQUOD CREW さんのこの記事を見つけて、記事内で紹介させて頂きました。

記事も楽しく読ませていただきました。ボイジャー2号海王星フライバイ30周年なんですね。今日、この記事のおかげで、海王星とボイジャーが繋がって、なんだかとても嬉しくなりました。「玉ねぎの芯」の話も素敵ですね。わたしは、わたしの「玉ねぎの芯」に耳を傾けていこうと思います。

*もし記事紹介について何か支障等ございましたら仰っていただければと思います。
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