見出し画像

ピンぼけ望遠鏡で宇宙の果てをのぞく3 ~将来計画~

前回は私たちが宇宙赤外線背景放射をどのように観測するかについて紹介しましたが、今回はこれからどのような将来計画を立てているかについて紹介します。


ピンぼけ望遠鏡をロケットにのせる


黄道光の問題をなんとか解決できないかと議論するうち、黄道光はもともと太陽光の散乱なのだから太陽が一番明るい可視光で観測すれば推定精度が良くなることに気づきました。まだ「あかり」の観測が進む忙しい中、新たなプロジェクトを進めるのは大変に思えましたが、問題解決のためには「あかり」が観測しない可視光付近(もっと短い波長)の観測をやるしかないと思われました。そこで、大学院の指導教官であり宇宙科学研究所の上司でもあった松本敏雄先生とともに、私が研究員として籍を置きまたそれ以前から共同研究を行っていたカリフォルニア工科大学(Caltech)やジェット推進研究所(JPL)の研究者たちとNASAの観測ロケットを使った計画をスタートさせました。プロジェクト名はCosmic Infrared Background Experimentを略して「CIBER」。

画像1

図1: CIBERを行うNASA観測ロケット


CIBERの打上げに使うのは全長15mほどの小さな2段式固体ロケットです(図1)。ロケットは途中で観測装置と切り離し観測が始まります。上空300km程度に到達した観測装置は自由落下して最後にパラシュートで着地させます。その間およそ15分の実験に研究者の青春をかけるのです。
打上げ基地はニューメキシコ州の広大なホワイトサンズというその名の通り真っ白な砂漠の中にあるので、ヘリコプターで上空から落ちた観測装置を見つけられます。拾ってきた観測装置は修理して実験を繰り返します。ホワイトサンズでは、ワーナーブラザーズの古いアニメに出てくるロードランナーという俊足の鳥や、キュートなウサギ、強面のサソリなどがひょっこり現れることがあり、実験の合間に出会うといやされます。
人工衛星とは違ってCIBERの観測装置は、寸法を間違えた部品にヤスリをかけたり必要な部品を付け足したりと、ツギハギだらけの手作り感満載でしたが、試行錯誤ののち不足のない性能が得られました。日本では口径10cmほどの小さな広視野望遠鏡を製作し、CaltechやJPLの仲間たちが担当する部分と組合せて調整したのち、ロケットに搭載し打上げました。もちろん実際には打上げまでの道のりは険しく、こんなにあっさりと楽しく終わるだけのものではありませんでした。
CIBERは2009年から2013年の間に4回の実験に成功し、この功績に対しチームはNASAから表彰されました。当初の目論見どおり高い信頼度で黄道光を推定することが可能となり、宇宙赤外線背景放射が予想以上に明るいとの結論に確信を持つことができました。しかし、新たな謎も生まれました。宇宙赤外線背景放射の方向分布をよく調べると図2のように明るさにむら(まだら)が見つかったのです。これも私たちが知っている天体では説明できないものであり、宇宙初期の天体による可能性もあります。その原因を探るにはさらに詳しく観測できる新しい実験が必要だとチームの意見が一致し、次のロケット実験「CIBER-2」がスタートしました。

画像2

図2: CIBERで見つかった宇宙赤外線背景放射のむら(Zemcovほか2013年Science誌より)

新しいロケット実験CIBER-2


CIBER-2では望遠鏡の口径を30cmまで大きくし、宇宙赤外線背景放射の方向による明るさのむらをより精密に測定できるよう設計しました。また、黄道光の推定精度をさらに上げるために可視光の観測も行います。観測装置の全体像を図3に示しました。
CIBER-2プロジェクトは開始から数年が経ち、多くの研究メンバーが入れ替わるとともに、私もJAXAから関西学院大学へ拠点を移すことにしました。CIBERと同じく日本では望遠鏡や光学系の開発を主に担当していますが、これほどのサイズの望遠鏡を低温に冷却し打上げの振動に耐えられるよう作り込むのはなかなかの苦労です。それまでロケット実験など経験あるはずもない新しい研究室の学生たちは四苦八苦の連続でしたが、それでも力を合わせて望遠鏡をなんとかCaltechへ送り出すことができました。
その後、アメリカチームの事情により拠点をロチェスター工科大学へ移すことになりました。学生たちは温暖なカリフォルニアがお気に入りでしたが、今は北東部の寒さに耐えながら実験を進めています。CIBER-2の打上げは2020年2月に設定され、実験は観測装置の仕上げ段階に入っています。この打上げが成功すれば、また一歩だけ真実に迫れると確信しています。このロケット実験シリーズは今後もグレードアップしながら継続したいと考えています。

画像3

図3: CIBER-2観測装置の概観


宇宙大航海時代の天文学

CIBER-2やそれに続く計画が進み宇宙赤外線背景放射の詳しいことがわかるにつれて、より精密で正確な観測が求められるでしょう。そのとき現れる壁は、またしても黄道光です。私の研究では黄道光の呪縛から逃れることが第一で、そのためさまざまな工夫を試みてきました。しかし最終的には相手は惑星間ダストなのでどいてはくれません。― いや待て、どいてくれないならこっちがダストのないところまで行ってしまえば良いではないか。地球の大気が邪魔になり宇宙望遠鏡を打ち上げたように、黄道光が邪魔ならダストの無い世界へ飛び出せば晴ればれとした空が広がっているに違いない。― このアイデアは冷静に見れば誰でも考えそうなことですが、思いついた時には素晴らしいと自負したものです。
1970年代には外惑星系(木星以遠)を探査するパイオニア10、11号が黄道光を観測したことを後から知りました。外惑星系まで行けば黄道光はパイオニアが検出できないほど弱いことがわかっています。また、惑星間ダストは黄道面(地球公転面)に集積しているため、黄道面を飛び出すことも黄道光を避けるのに効果的です。Ulyssesというヨーロッパの探査機は、木星に到達したあと黄道面から大きく離れる軌道を描きましたが、残念ながら黄道光を観測できる装置はのっていませんでした。このような惑星探査機軌道から赤外線で背景放射観測を行うべきだと強く思うようになりました。
この計画についてアメリカの研究会などで何度か発表したところ、面白がってくれる人たちがたくさんいました。しかし、NASAのように惑星探査機をどんどん打ち上げていても、本来の目的である惑星探査計画に横槍を入れて天文学をやらせてくださいというのは通らない話です。アメリカにいる私の天文学仲間たちも同様の計画を進めようとしては後戻りを繰り返しています。

画像4

図4: ソーラー電力セイル探査機(©️ JAXA)

私たちは、打ち上げが数少ないながらも日本の惑星探査機に乗っている惑星探査用の望遠鏡を使って宇宙背景放射を観測する機会を探っています。しかし、惑星探査用の望遠鏡では私たちの目的に対して十分な感度が得られないため、やはり本格的な赤外線望遠鏡を外惑星系や黄道面の外に持ってゆくことが必要だと考えています。その第一段階として検討しているのが、JAXAの将来の深宇宙探査機として開発が進められているソーラー電力セイルに赤外線望遠鏡をのせる計画です(図4)。ソーラー電力セイルは太陽光圧とイオンエンジンによるハイブリッド推進により航行する探査機で、IKAROS(イカロス)はその実験機でした。将来にはソーラー電力セイルで木星圏を探査する計画もあり、木星までの航行期間を利用して赤外線観測を行うことが目標です。

画像5

図5: これまで(上)とこれから(下)の宇宙望遠鏡

次なる段階では、宇宙背景放射だけでなく多彩な天体を黄道光の影響なく観測する本格的な赤外線望遠鏡を深宇宙に投入したいと考えています(図5)。惑星間空間を旅する探査機が飛び交う宇宙大航海時代に相応しい新世代の天文学は「惑星間宇宙望遠鏡」が切り開く、というのが私の将来展望です。


画像6

松浦 周二(まつうら しゅうじ)
関西学院大学 理工学部 物理学科 教授
学位: 博士(理学) 名古屋大学大学院理学研究科(宇宙理学専攻)
職歴: 新技術事業団 研究員、カリフォルニア工科大学 研究員、JAXA宇宙科学研究所 助教 を経て、2015年より現職


主な研究分野
赤外線天文学、観測的宇宙論、テラヘルツ技術の開発
・観測ロケットや人工衛星を用いた赤外線の宇宙背景放射を観測することで、初代星や原始ブラックホールおよび原始銀河を探索している。
・「あかり」衛星やロケット搭載機器の開発を自ら手がけ、宇宙背景放射の観測についてのパイオニア的な研究を進めてきた。
・「はやぶさ/はやぶさ2」の機器開発を担当するとともに、惑星探査機により宇宙背景放射観測を行なうIPST (InterPlanetary Space Telescope)計画を世界で初めて提案するなど、将来の宇宙探査計画を推進している。

主な著書: ・Terahertz Optoelectronics(共著、Springer)
 ・テラヘルツテクノロジー(分筆,NTS)、テラヘルツ技術総覧(分筆、NGT)
 ・宇宙天文大辞典(分筆,地人書館)、宇宙物理学ハンドブック(分筆、朝倉書店)

学術論文: 赤外線の宇宙背景放射に関する分野を中心に100編以上

ホームページ: http://sci-tech.ksc.kwansei.ac.jp/~matsuura/

趣味: コーヒー豆挽きと皿洗い。

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?