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なぜ「ALS患者と宇宙飛行士は似ている」のか?[石橋 拓真]

「私達ALS患者は実は宇宙飛行士と似ています。コミュニケーションをとるために特殊な技術や装置を使うところはまるでNASAの交信みたいです。それから人工呼吸器を信頼して、”最新技術”と一体となって生きています。宇宙服を信頼して船外へ出る宇宙飛行士と同じです」宇宙兄弟24巻では、神経の難病・ALSと共に生きる登場人物がこう述べるシーンがあります。 「宇宙兄弟」を読んで育った世代として、そして医学から宇宙を目指す学生として、この台詞は折に触れて読み返し、反芻してきた言葉です。

それは両者の共通点だけでなく、もっと奥底にある何か−宇宙と医療という、全く異なるはずの現場になぜ自分が惹かれ、二つの道を交わらせようとしているのかのヒント−を示しているような気がしていました。

今回、宇宙兄弟から生まれたALS支援ファンド「せりか基金」の代表・黒川さんにインタビューさせていただくに当たり、改めてこの言葉に立ち返る機会を頂きました。

「宇宙兄弟」24巻より©小山宙哉/講談社
出典:アル「ブログで使える宇宙兄弟のコマ」

医療と宇宙開発とは、あらゆる点で異なります。
医療の対象となる人は70億人いますが、宇宙に行ったことのある人は500人しかいません。
医学は人体の内へと探究を深めますが、宇宙開発は地球の外へと探索を進めます。
医療は「今目の前にいる患者さん」に最善を尽くしますが、宇宙開発は「将来世代の人類」のために英知を結集します。
医療は往々にして「奉仕と貢献」で語られ、宇宙開発は「夢とロマン」で語られます。

しかし、それらの奥にある根本の動機となると、いかがでしょうか。一人の患者さんを生かすのに医師や看護師や技師や薬剤師がチームで力を尽くすのは、患者さん自身が生きたいと願い、そして彼らが死なせてはならないと信じるからです。一人の飛行士を飛ばすのに数千の技術者が血の汗を流すのは、人類の生存圏を広げたいと飛行士が望み、それを「何としてでも実現すべきこと」だと技術者たちが信じるからです。
この二つは、全く異質なモチベーションと言えるでしょうか。病に冒されて身体の自由が奪われても、重力と空気が無くなっても、「それでも生きていたい」という強い意志と、その実現のために自らの持てるものを捧げる連帯。この二つが、実は全ての原動力なのではないでしょうか。

改めて、難病の治療と宇宙開発とは、似ています。難易度の高さとそれを乗り越える力強さだけでなく、時に厳しい視線を注がれるという点で、とりわけ似ています。宇宙開発は「地球の問題解決が先だ」という批判に向き合い続けなければならず、呼吸器を装着した患者さんは「機械に生かされている私に生きる価値はあるのか」と自問することが少なくありません。前者は社会的な問い、後者は個人の選択としての問いではありますが、「そんな状況で、そこまでして生きたいのか?」という問いで繋がっているようにも思えます。そうは言っても、一体「どこまで」なら「生きていて良い」などと言えるのでしょうか?

宇宙飛行士を飛ばすには、真空で極寒の環境に1気圧で25℃の宇宙船を「わざわざ」用意する必要があります。呼吸器を装着するには、自力で膨らむ力を失った肺に、モーターを回して空気を「わざわざ」送り込まなければなりません。「わざわざ」何かをするには、資源と時間と労力が必要で、誰かがそれを負担することになります。人間の「自然なあり方」に反しているとも思えるかも知れません。

では例えば、目が悪くなった時の「自然なあり方」とは、一体何でしょうか?「甘んじてぼやけた視界で生きるのが自然」と答える人は多くないでしょう。「餌を見つけられず命の危険に晒されるのが自然」と答える人は殆どいないでしょう。しかし例えば動物の世界では、これはごく”自然”なことかも知れません。目が悪い者には眼鏡が、足が折れた者には杖が、熱が出た者には床が与えられ、共に歩むことによって、人間は連帯の輪を広げてきました。弱者を切り捨てる”集団”ではなく、ともに手を取り合う”社会”を形成してきました。それは適者生存という「自然の掟」を塗り替え続けてきた、”抗い”の歴史とも言えるかも知れません。そしてその”抗い”を支えてきたのは、他でもなく「生きたい」という意志と、それを可能にしようとする連帯ではないでしょうか。

人間を「自然の掟に抗う生き物」とするなら、医療は「病める者は去る」という掟に抗い、宇宙開発は「人間は地球上でしか生きられない」という掟に抗っています。どちらも極めて困難な”抗い”であり、同時に根本的な”大いなる抗い”でもあります。その意味でこれらは「最も人間らしい営み」とさえ言えるかも知れない…というのは少し大げさでしょうか。

人生は短く、自分の能力は有限です。私が宇宙医学という分野を志すのは、そんなちっぽけな自分を少しでも輝かせて命を燃やすために、”大いなる抗い”の一助になりたいからなのかも知れません。


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石橋 拓真(いしばし・たくま)
1997年生。東京大学医学部医学科5年。国際宇宙会議(IAC)2018 JAXA派遣学生。宇宙開発フォーラム実行員会執行部を経て、Space Medicine Japan Youth Communityの立ち上げ、運営に携わる。2019年より、雑誌「宇宙・医学・栄養学」編集委員。2020年より、スペースバルーンで炎を宇宙に掲げるプロジェクトEarth Light Project執行部。

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