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情報リテラシー論#4 黒電話とハガキからfacebookとLINEへ


今日も導入の映像から授業は始まる。画面に映された女性はネットリテラシーについて話し始めた。


要約すると、彼女にとってのネットリテラシーとは、ネットの向こうに人がいて、ネットにものは残るものだということをわかるということがネットリテラシーなのでは、ということに落ち着いた。


「SNSの発言は体に一つ一つまとわりつきます。その言葉が付いた状態で外を歩けるような発信を心がけています。」

というようなことを言って話を閉じていた。なんとも不思議な感覚せいきなければいけない時代なのだなと感じた。



始まりのSNSと政治


IT革命をイット革命と読んだ2000年の翌年の2001年、小泉首相はメルマガを発行する。当時の首相の人気は凄まじく、メルマガの購読数は200万人ほどおり、購読数にギネス申請するほどのものだった。
時代はweb上のブログから、mixiやモバゲータウン、GREEなどに日記の機能がついていき、その中でtwitterなどソーシャルメディアなどに日記を書くことが主流になっていく。

2008年、オバマ大統領はtwitterをうまく使い選挙に当選する。よこたんが言うには2008年はTwitter元年だそうだ。
2010年の元旦に鳩山由紀夫さんがTwitterを始めたことから、日本にTwitterという概念が一般的に認知されるきっかけになる。
2011年1月、ネットに関する映画が日本で公開される。facebookの創始者がどのようにそれをコンテンツとして成り立たせていくか、という内容だ。

同じ月に、アラブの春が起こる。
エジプトの独裁政権を崩壊させようという運動は、ソーシャルメディアの力によって非常にうまく行ったのだ。
facebookで政治反対派のコミュニティを作り、たくさんの実名顔写真が公開された正真正銘のなりすましではない仲間たちと、
「では何月何日にこの場所でデモをやりますので来れる方は来てください」
という決め事を共有し、それをUstreamで配信した。
デモに参加できなかった人たちは、匿名性と伝播能力が生きるTwitterにデモの様子の録画を貼った。

一度にたくさんの人が同時に同じ場所に集まる約束ができるのも、その様子を不特定多数の人に届けることができるのも、ソーシャルメディアの強みである。
政府は今までにない民衆の勢いにひるみ、ネットのプロバイダを乗っ取ったのだが、Twitter社が特別に電話回線を使ってツイートさせる特別措置をしてくれ、
民衆は政府に

勝った

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(画像の著作権は横田秀珠氏に帰属します)

のだ。

他の国もアラブの成功に鼓舞された。ネットの力はすごい!と健康的に世界に認知させた大きな例だ。


3月、日本では大震災が起きた。
様々な日本のサーバーが混み合い使えなくなったが、Twitterだけはダウンしなかった。

ホームページの欠点として、アクセスが混み合うとサーバーが落ちてしまうことだ。
従来のネットの使い方にそれほどのサーバーの力は必要なかったからだ。

今までのネットは、各々が好きなものを好きなタイミングで様々にするものだったが、今はみんな一斉に同じことをするようになった。世界で共有されるサーバーを使っているので、日本でアクセスが混雑してもビクともしないのだ。



Facebook無双


前回でも述べられていたが、現在世界で最も登録者数が多いのはFacebookである。

Facebookはもともと、大学のミスコン投票のための名簿だった。
今は投稿機能や様々なサービスがなされている。どうしてそうなったか。
それはtwitterをパクったからである。
こんな言い方でいいのかとも思うが、実際そうなのだそうだ。Facebookのやり方は、「いいものはパクる、パクらせてくれなければ買収する、そうでなければ潰す」なのだそうだ。(あくまでよこたんの物言いである、私に思想はない)
無双だな、と思った。

南に「今何してる?」というのを気軽にシェアするTwitterがあれば、行ってそれをパクリ、
東にパクれはしないが素敵な画像をシェアし流すInstagramがあれば、行って力をつける前に買収をし、
西に消える投稿がメインのsnap chatがパクれも買収もできなければ、行ってそれを徹底的に潰し…

と行った具合でFacebookは様々なSNSのキメラになり、そしていいしもべから甘い汁を吸うことで今までやってきたのだ。無双である。

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(画像の著作権は横田秀珠氏に帰属します)


SNSと国民性


Facebookは便宜上、利用する際は自分の本名と本人の顔写真を使わなければならないものだ。
しかし日本人は、本名もだがそれよりもネットに顔が公開されることへ非常に抵抗のある人種である。
だから日本ではFacebookよりもTwitter人口の方が圧倒的に多いのだ。性に合っているのである。

Facebookに登録すると自分の情報が流出する、と行った都市伝説的なものを聞いたことがあったのだが、そもそもFacebookとはそういうものが前提のツールであり、
また日本人が馬鹿正直に自分の情報をFacebookに「項目がある」という理由だけでぽちぽち入力してしまうことから起きる必然的に起こりうる「身バレ」なのであった。
自分に関する情報を詳細に発信すれば発信するほど、自分と関わりのあった人たちとマッチングさせてくれる、23億人の電話帳、
それがFacebookなのである。
ちょっと怖いな


Twitterは匿名性の高い「フォロー、フォロワー」の片思い文化、Facebookは現実と地続きの絆に基づく「友達になる」両思い文化なのである。


それぞれのツールとしての違いはこうだ。

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(画像の著作権は横田秀珠氏に帰属します)

Twitterにはお互い生きてる姿を知らない広大な世界だからこそできるコミュニケーションがあり、

facebookというよくわかり合った共通の認識がある人達だからこそできるコミュニケーションがある。
よこたんの作った画像が的確に表していた。

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(画像の著作権は横田秀珠氏に帰属します)


どれだけコミュニケーションの可能性が広がったところで、ダンバー数150人の法則によると、一人の人間が作れる調和のとれたコミュ二ティの最大人数は150人らしい。
結局どれだけの選択肢があろうと、活かしきれない選択肢は最初から無いのと同じである。出会いかたや情の育み方は少し変わったが、本質は変わってはいないのだ。


アメリカ人は人種のるつぼの中でいろんな人とオープンにつながっていかないと友達ができないので、みんなFacebook的な開かれたマインドを持っている。
対して島国日本は非常に人見知りで、日本人の中で大流行りしているTwitterなどの「見る専アカウント」のようなものにその性質が顕著に表れている。 

日本人は自己中で、SNSにおいて相互作用は求めていないのだ。

どんなに世界が変わっても、変わることのできない部分は必ず存在するのである。



求める答えはどこに


このように様々なツールで我々は情報を集めていくが、INTERNETを制する情報源は果たして何になるのか。

人間を統べるfacebookと、情報を統べるgoogleと、それらを使うためのそもそものデバイスを持つAppleの戦いである。

SNSが変化していくにつれ、ものの売れ方も変わってきた。
マスメディアというかつての強者により与えられる情報の洗脳が弱まり、弱者であった消費者が意見し、調べて選択できる時代になったのだ。

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(画像の著作権は横田秀珠氏に帰属します)


今までただ与えられた情報を鵜呑みにするしかなかった、一点からしか広がらないサーノフの法則の世界から、
複数の友達同士でシェアされ、不特定多数に情報がばらまかれ共有されるようになり、確かに我々の選択可能性は広がったのだ。

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(画像の著作権は横田秀珠氏に帰属します)


逆に、友達との連絡が頻繁に取れるようになったことで、友達の口コミやおすすめを信頼し、部外者の売り込みには対応しない時代になってきているらしい。
知らない人に頼むより、よく見知ったクローズドなところに頼むのがいいよな、というのが今の発想なのである。


それの良し悪しはもはやわからないが、よく見知ったローカルの強みもありつつ、不特定多数とのグローバルな繋がりもある、新しい「グローカル」の時代が今きている。

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(画像の著作権は横田秀珠氏に帰属します)

2019/10/18
横田秀珠氏のサイトへのリンク
https://yokotashurin.com/etc/internetlivestats.html

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