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道案内

営業マンのIは方向音痴だ。加えて機械音痴でもある。最近はスマホアプリのナビさえあれば何処にでも辿り着ける。しかしIにはそれが使いこなせなかった。同僚にあまりの機械音痴ぷりに呆れられていた。ただ持ち前のコミュ力で行く先々の人達から道を教えてもらい、目的地に辿り着いていた。そして自慢ではないが営業先の約束時間に遅れた事はなかった。その日も予定通り、営業先に辿り着く予定だった。時間も充分、交通機関にトラブルもない。あとは駅から営業先に向かうだけだ。ただ駅から営業先まで幾分複雑な道で途中、道に迷ってしまった。

いつも通り、近くを歩く人に道を聞こうとした。辺りを見渡すと人気がない。昼なのに変だ。この辺りは新興住宅地だが、この通りは趣きのある古民家が並んでいた。梅雨明けもしていない、けれど蝉の鳴き声が微かに聞こえてきた。Iはノスタルジーな感覚に包まれた。


少し先を見ると中学生だろうか。可愛らしいセーラー服を着た少女二人組がいた。Iは近づき明るく優しい声で言葉をかけた。真昼間とは言え、急に男に声をかけられるのは驚くだろう。Iは体躯も大きく頑丈な見た目だ。人によっては威圧感があるように見えるからだ。少女達に声をかけるとIは逆に驚かされた。2人とも色が白い。単なる色白ではなかった。先天的な物だろうか、肌だけでなく髪の毛やまつ毛まで白い。そして二卵性なのかもしれない。二人とも顔は全く似ていない。背丈も凸凹だ。しかし光が髪の毛にあたり、白銀に色を変え妙に神秘的な姿だった。先天的な物だろうし、こんな日差しがある場所に日傘もささず平気なのかとIは勝手に心配をした。

こちらから声をかけたがIは暫し少女達に見惚れてしまう。そして「ごめんね君たち。〇〇て場所はどうやって行けばよいか教えてもらえるかな?」とIが2人に話しかけると、2人でこそこそと話をした。「なんだ警戒されたか」とIが少しバツが悪そうにしていると、少女の1人が「この道を曲がり真っ直ぐ行けば直ぐだよ。でも遠回りしてそこの道から行った方が良いかも」と白い指で道を差し答えた。

するともう1人の少女は「でも今日は行かない方が良いかも。」と矢継ぎ早に話した。何だか意地悪な事を話す子達だなと思ったが時間も押し始めていた。Iは当然ながら早く辿り着ける道を選び、お礼も程々に教えてもらった近道の方へ進んだ。Iの去り際、少女達の「あーぁ...」と言う溜め息が漏れたのが聞こえた。一瞬後ろ髪をひかれ、後ろを振り向く。すると少女達の姿は既に消えていた。驚き立ち止まろうとするが、このままでは間に合わない。Iは止まらず教えてもらった近道を進んだ。そして曲がり角の所で、突然現れた車に跳ねられた。幸い命に別状はないものの、足の骨を両方折るという重傷を負った。救急車に運ばれている間、少女達の話した内容が頭から離れなかった。

話を聞かなかったが故に約束の時間に間に合わなかった。これなら良くある怪談話だ。しかしこれだけではなかった。病院で治療を受けていると母親から電話が来た。これ幸いと思い事情を説明しようと電話を取ると母親から「今から早く〇〇病院に着なさい」と言われた。理由を聞くと、別の病院で病気のため治療を受けていた祖母が亡くなりそうだとの話だ。

Iはお婆ちゃん子で今にでも飛んで行きたかった。しかし両足が折れ、立つ事も歩く事も出来ない。それに絶賛治療中でもあった。母親には「なんてタイミングの悪い子だ」と呆れ叱られてしまった。結局、祖母の死に目に会う事も出来なかった。あの白い双子らしき少女は何者だったのか。しかし悪い者ではない。何故なら自分に忠告をしてくれたからだ。
話を聞かなかった自分が悪い。とIは反省していた。結局職場には退院祝いを貰うどころか逆に菓子折りを持っていく羽目になったそうだ。

先日、向かう予定だった営業先に改めて顔を出す事になった。あの日、少女達に会った道を通ろうとしたが立ち並んでいた古民家など見当たらず、同じ顔をした建売物件だけが並んでいた。あの双子の少女達とはあれから会えていない。何者であろうと次に会う時は、「彼女達の話を聞く」そうだ。それまでナビアプリを使うつもりはない。Iは「かっ!かっ!かっ!」と豪快に笑い私に語った。

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