見出し画像

ミステリは死んだ

2326年5月16日、私は食い入るようにテレビを見つめていた。
「…本日、我々、世界推理小説作家協会は、ここにミステリ死亡宣言を発表いたします。…ミステリが誕生したともいえるエドガー・アラン・ポーの『モルグ街の殺人』から早…」
私は無表情でテレビを見つめていた。
2326年5月16日、私の夢はあっけなく終わった。

次の日、私は学校に行かなかった。
『ミステリ死亡宣言』。それは科学技術が発達した現代、解明できない謎はなくなったという宣言だ。探偵も推理小説家も推理アニメも、もうこの世には必要ない。
私は探偵になるためと思い、好きな数学も苦手な社会も必死で勉強したし、体力をつけるために苦手な球技も頑張ってきた。けれども、一夜にしてその夢は打ち砕かれた。
そして、脱け殻となった私は思い出の河原やなじみの本屋をさまよい歩いた。正直、どこに立ち寄ったかなどあまり覚えていない。門限もとっくの昔に過ぎた今、ちょうど午後10時、この幼い頃に毎日遊んだ公園にいるのだけは確かだ。
満天の星空の下、寂しくブランコを漕いだ。明日から何をしようか。公務員の勉強でも始めようか。
何時間漕いだのだろう。疲れてしまってようやく私はブランコを降りた。
その時、滑り台の辺りから何か音がした。
見ると、ヨレヨレの服を着て髭を生やした、どう見ても35歳を過ぎたおじさんが一人で滑り台を滑っているではないか。

ヤバい。
このおじさんとは絶対に関わらない方がいい。そう本能的に思った。私はすぐに回れ右して家に直行しようとした。しかし、
「君も、昨日のミステリ死亡宣言に心を痛めたのかい?」
と声をかけられ私は立ち止まり、振り向いてしまった。
「あれ…?」
その顔はどこかで見覚えがあった。それは中学? いやもっと前、そう、小学校5年生の時。父に連れられて行った本屋で。
「僕もだよ。僕の仕事は終わったんだ」
そうあなたは…

【つづく】

いただいたサポートは、ペンギンの本や水族館に行く旅費の足しにします。