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インドのひとたちとわたくし。(69)-そして怒りの矛先は

 こういう展開になるとは予想していなかった。

 ハイデラバードで逮捕されたレイプ犯の男性4人は、現場検証中に警官から銃を奪って逃走しようとしたとして、その場で警察に銃撃され、全員が射殺されたのだった。

 地元では警察に喝さいを送るため、ひとびとが警察署前にたくさんの花びらを撒いた。別の犠牲者の遺族や政治家もこの結果に、「正義が下された。喜ばしいことだ」とコメントした。え、それでいいのか。
 当然ながら司法関係者からは非難と疑問の声があがっている。が、このところの抗議活動の激しさから察するに、警察のこの行為を批判する声は少数派のように見える。遺族だけでなく、政治家までもが議会で「犯人は公の場でリンチに処すべき」と述べたくらいである。 
 この間にも女性を狙った残虐な事件は相次いでいる。保釈中のレイプ犯が、証言のために裁判所に出向いた被害女性に火を放ち、重度の火傷を負わせるという事件があって、この女性は入院中に亡くなったばかりだ。
 また、映画監督を名乗る男性が、「女性は強姦されそうになったら相手にコンドームを渡せば命が奪われることはない。性欲を満たした男はそれ以上のことに関心はないのだから」とSNS で発信して大炎上になった。当たり前である。
 BBC ドキュメンタリー『インドの娘』で、服役中の犯人のひとりが、性犯罪の厳罰化が進むことについて、「つかまって厳罰を受ける可能性が高いのなら、最初から相手を殺して逃げる」と淡々と語っていて仰天したが、暴力があろうとなかろうと、合意なき性行為そのものに対する認識が女性のそれとは恐ろしいほど異なっている。これはインドに限らないと思うけれど。

 ハイデラバードの4人は、社会的に報復されたと言ってよいだろう。

 インドは本来、多宗教多民族の多元主義で世界最大の民主主義国家を標榜していたはずなのに、このところその雲行きが怪しい。今日も連邦議会では、近隣諸国で迫害された少数宗教派へのインド市民権付与(CAB)について長い議論が夜中まで行われている。この付与対象にムスリムが含まれていないことから、北東部を中心に抗議行動が起こっている。
 与党の閣僚は「インドのイスラム教徒はなんの不安もない。だから対象にする必要がない」と宣っているが、この政権がヒンドゥー至上主義でありグジャラートでムスリム弾圧をやってきたことはみんなが知っている。詭弁に見えるんだけど。

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 アルンはさる閣僚のアドバイザー兼スピーチライターをしている。議会の真っ最中なので、昨日の晩もずっとオフィスに待機したまま、緊急にスピーチ原稿を用意して送るように大臣から言われ、1時間で仕上げたそうだ。彼はいま51歳だが、若いころはインターナショナル・マガジンで編集に携わっていたので、書くことはお手のものなのだ。

 彼によればCAB法案はあくまでも近隣三ヵ国、つまりパキスタン、バングラデシュ、アフガニスタンというムスリム国家で迫害された少数宗教派のひとびとを救済するものであり、かの国々でマジョリティであるムスリムが対象にならないのは自明のこと。マジョリティの彼らが母国で迫害されてインドに逃げてくることはあり得ないからだ。
 ムスリム主流の国に住む少数宗教派が日常的に差別や脅しを受けることは想像に難くない。ヒンドゥー教徒の娘がムスリムの男性と結婚すると、強制的に改宗させられてしまう。実際、インドパキスタンの分離独立後、インドに難民として逃れてきたひとたちがかなりの数になっているが、現行法でインドの市民権を得るには10年以上の歳月がかかるのだという。当然ながら逆に、三ヵ国における少数宗教派の比率は激減していて、迫害も増えている、彼らを救うのがこの法案だ、とアルンは独特のしわがれ声で言う。そうか、彼のボスである大臣は、政権与党ではないがCAB法案賛成派なのだ。

 うーんと、そうするとこないだアッサム州で暫定的に市民権を認められなかった200万人のバングラデシュからのムスリム系移民はどうなっちゃうの。今、猛烈に抗議しているのはこのひとたちだよね。証明書類がないと市民権を与えないと言われてしまったのだから。
 アルンはふん、と鼻を鳴らして「それは別の問題だ」と横目でこちらを睨んだ。この話はこれで終わりということだろう。だけどさ、文脈から見ると、特定のひとたちを排斥するように見えてしまうのは仕方ないでしょうに。

 内務大臣はこの件で、米国の国際宗教の自由に関する米国委員会(USCIRF)からも厳しく非難されている。野党や州政府で強く反対を表明しているひとたちも多い。そもそも宗教によって市民権を与える行為自体が憲法違反だと指摘する法律家もいる。問題が最高裁にあげられる可能性も高い。

 海外メディアは「排斥」の文脈でこのことを見ている。一応、海外のそういう報道をインドのメディアも紹介はしている。このところ欧米メディアに出るインドのニュースは、レイプ殺人にまつわる話と、市民権問題の二つだ。まったく別の話かもしれないが、表に出てくるものがこういう感じだと、「人口13億人の凶暴な排斥主義国家」に見えなくもない。みんな、インドには民主主義国家であって欲しいと切実に思っている。頼むよ、ほんと。


レイプ犯射殺は正義ではない(The Guardian, 10th Dec. 2019)

少数民族にとっての市民権は希望(The Hindustan Times, 6th Jan, 2019)

BBCによるファクトチェック<日本語> (BBC, 13rd Dec. 2019)

FTからの転載記事<日本語> ( Nikkei, 14th Nov. 2019)

(Photos : Delhi High Court, Delhi, 2019)

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