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【ゲスト寄稿/文具王 高畑正幸】人類による筆記材の歴史とポリマー芯という発明


みなさんこんにちは、シャー研部です。

何度かお伝えしてきた通り、今年はぺんてるがノック式シャープペンとシャープペン替芯を世に送り出して60周年です。
この60周年を機に、私たちシャー研部はシャープペンとシャープペン替芯についていろんな角度から研究して、その魅力や歴史を紐解いていこうと発足しました。
部員たち自らが手を動かして時にはシャープペンを分解してみたり、そして時にはシャープペンの知られざる魅力を知る人へ話を聞いてみたり…とにかく、いろんな切り口でシャープペンとシャープペン替芯の魅力を探っています。


走り出してみると私たちが知っていたシャープペンについての知識は、ほんの一部!毎回驚きと発見の連続です。それはそうですよね。だって、60年も前からあるんですもん。


そこで今回はゲストをお迎えして「シャープペン替芯」をテーマに<ゲスト寄稿>をいただく企画をお届けします。

今回寄稿していただいたのは「文具王」として知られる、高畑正幸さん。幼少期から文具に精通し、長年にわたって培った膨大な知識をもとに、数々のメディアや著書でその博識を惜しげもなく披露している高畑さんが、なんと私たちシャー研部のためにポリマー芯と筆記の歴史について渾身のレポートを寄稿してくださいました!文具王が語る、ポリマー芯(シャープペン替芯)の誕生の凄さ、そしてもっと大きな筆記具と人間の筆記の歴史とは?


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【プロフィール】高畑 正幸
1974年香川県生まれ。幼少の頃より文具に慣れ親しむ。文具好きが高じて、テレビ東京の人気番組「TVチャンピオン」全国文房具通選手権に出場、1999年、2001年、2005年に行われた同選手権で3連覇を成し遂げ「文具王」の座につく。その後、文具メーカーサンスター文具にて10年間の商品企画を経て、マーケティング部に所属。同社を退社後は文具に関する執筆や著書出版、メディアへの出演のほか、文具イベントなど幅広く活動している。文房具の情報サイト「文具のとびら」の編集長。
公式note 「文具王 高畑正幸」/You Tube チャンネル「高畑 正幸」 


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炭素筆記材の歴史の中のポリマー芯


2020年は、ぺんてるがポリマー芯(合成樹脂を配合したシャープペン替芯)を世に送り出してから60周年ということで、その意義について、文具や人間の筆記の歴史から、考えてみたいと思います。

結論から言うと、ポリマー芯の発明は、有史以前から現在まで最も広く普及した筆記材として人類の記録とともにあり続ける「炭素」の利用の歴史において、材料科学的な側面から見ると、5本の指に入るほど大きな発明のひとつと言える大変重要なものだと私は考えています。


このレポートでは、炭素を利用した筆記材の歴史を辿りながら、ポリマー芯の位置づけについて説明したいと思います。

炭・煤(すす)を使って記録する


人類は文明の発生以前から現在に至るまで、ほとんどの時代と地域で炭素を描画・筆記材として使用しています。炭素は人類がまだ文字を持つようになる以前、火を使って食料を調理するようになったころには既に炭や煤という形で身近にあり、なすりつければ真っ黒な印をつけることができることに早々に気付いたことは容易に想像出来ます。これに結合材を混ぜて描画・筆記材が作られたのは当然の流れでしょう。今から2万年近く前、後期旧石器時代にクロマニヨン人によって描かれたとされるラスコーの洞窟壁画にも木炭を獣脂などと混ぜた画材が使われていますし、5千年前のエジプトでは煤をパピルスの樹液や油などと混ぜて葦のペンでパピルスに筆記しました。

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▲ラスコーの洞窟壁画  画像引用:wikipedia『ラスコー洞窟

に、2万年も前から!?
人間が火を使い出すようになったのは、およそ45万年前と言われているから、もしかしたら炭素はラスコーの壁画よりももっとずっと前から筆記具として使われていたかもしれませんね。とはいえ、人間がものを描いて“伝える”ことの原点にも炭素があったとは…!(シャー研部員)

煤は大きな結晶構造を持たない炭素の粒子で、簡単に入手でき、安定していて、なにより真っ黒ですから、多くの文明において、黒を表現する筆記材として使われてきました。そしてそのほとんどは結合材と混ぜた液状の筆記材として使用されました。

膠(にかわ)を加えてコロイド化*


中国では煤に膠(動物の皮や骨などを煮つめて作った接着剤)を混ぜて固形墨を作り、必要に応じて水に溶いて、動物の毛で作った筆で木片などに文字を記すようになりました。本来炭素は水をはじく性質があってそのままでは水に混ざりませんが、膠を加えることで、コロイド化*し、水の中に分散して混ざるようになります。これによって水を溶媒とした粘度の低い、扱い易いインク化が可能となりました。

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*コロイド化…物質が微粒子( コロイド粒子)になって液体・固体・気体の中に分散すること。

コロイド化!なんだかとても科学的な話になってきたぞ…、と身構えてしまいますが、ご安心を。上図で高畑さんが解説してくれているように、水が嫌いな煤を、水とも煤とも仲良しの”にかわ”で包むことで、水の中で分散ができる!ということなのです。それにしても誰が最初ににかわを混ぜようと考えたんでしょうね?(シャー研部員)

黒鉛鉱床の発見


筆記材としての炭素の利用において大きな転機となったのは1560年代

イギリスのカンバーランド山脈にあるボローデール渓谷で黒鉛鉱床が発見されました。伝説では、羊飼いが強風で倒れた木の根元から黒い黒鉛の塊を発見し、羊に印をつけるのに使ったのが始まりと言われていますが、ここではじめて、純度の高い黒鉛の巨大な塊が発見され、そのカケラは、何かに擦りつけると黒い筆跡を残すことが分かります。

黒鉛とは、六角形を敷き詰めたような平面状の結晶が緩い結合で積み重なった層状の炭素で、層と層は横滑りしやすい性質があり、なにかに擦りつけるとなめらかに層が剥がれて黒い跡を残します。

この黒鉛は筆記には最適で、またたくまにヨーロッパ中に拡がります。これに紐を巻いたり革で包んだりしていたものが木の軸にはめて使われるようになったのが鉛筆の始まりです。液状のインクに比べて、コンパクトに携帯でき、いつでもどこでもすぐに書けるわけですから、圧倒的に便利でした。しかも、黒鉛で描いた線は、パンなどで擦ることによって消去出来るという便利な特徴も発見されます。

層状の結晶構造を持つ黒鉛が筆記に適しているという発見やそれを切り出して作る鉛筆の製造は、たまたま非常に良質で巨大な黒鉛鉱床が見つかったことから起こりますが、その埋蔵量には限りがありました。

偶然の発見によって鉛筆の原点は見つかったんですね!ちなみに、同じ炭素であるダイヤモンドは、三次元構造からなる結晶できているので、結合構造が壊れにくく硬いんですって。(シャー研部員)


粘土芯の発明


カンバーランドの黒鉛鉱床にも枯渇が危惧され、イギリスはそれを守るために厳重な警備と流通量の制限などを行い、価格は高騰し入手は困難になりました。そこで、ドイツなどでは純度の高い塊ではない屑の粉末黒鉛に、硫黄などを混ぜて硬めた代用芯の開発を進めますが書き心地は遠く及ばないものでした。そこに1795年、フランスで決定的な解決法が発明されました。

当時ナポレオン戦争でイギリスと対峙していたフランスは、良質な黒鉛の入手がさらに困難になったことから、ナポレオンに鉛筆の開発を命じられたニコラ・ジャック・コンテが、粉状の黒鉛と粘土を混ぜて高温で焼き固める鉛筆芯の製法を発明しました。

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▲鉛筆の生みの親 ニコラ・ジャック・コンテ 画像引用:「Nicolas-Jacques Conté

コンテ法によって、粉状の黒鉛からでも丈夫で滑らかに書ける鉛筆芯を作れるようになっただけでなく、黒鉛と粘土の比率を変化させることにより、芯の硬さ(濃さ)を調節することが可能になりました。この発明によって現在の鉛筆の基礎ができ、実用筆記具の中心的な存在にまで爆発的に普及します。

そして、19世紀には、鉛筆芯を繰り出す仕組みをもった初期のシャープペンが登場し、20世紀に入ると、徐々に経済的で便利な道具として鉛筆の売れ行きを脅かすほどにまで成長しました。

ぺんてるのシャープペン替芯も開発から現在に至るまで材料の配合によって芯の硬さ(強度)や濃さを変化させるという方法は変わっていません。材料は時代とともに変われど、その原点がこんな昔に誕生していたとは…!(シャー研部員)


ポリマー芯の発明


日本でも多くの職人や発明家がシャープペンの開発に乗り出しましたが、芯径は1mm以上あって、日本語を書くには少し太く、輸出では高い評価を得たものの、国内で受け入れられるのには時間がかかっていました。普及に至らないうちに第二次世界大戦が始まり、戦後はボールペンなど新しい筆記具も登場して、シャープペンシルの売れ行きは停滞していたと言われています。

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▲日本で初期に発明されたシャープペン  早川式繰出鉛筆 レプリカ    画像引用:岩崎金属工業株式会社、日本筆記具工業会「シャープペンシルの名称と由来」

そんな中、1960年に、大日本文具(現ぺんてる)が全く新しい炭素芯の開発に成功します。開発担当者がストーブにくっついた飯粒が黒く焦げてしまったのを見て、墨を作る原理と同じだと気づき、そこから様々な材料をためして、黒鉛と合成樹脂を混合したものを不完全燃焼させることで得られる、ほぼすべてが炭素でできた筆記用の固形芯「ハイポリマー芯」を開発しました。

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▲発売当初のぺんてる「ハイポリマー芯(替芯)」0.9 mm

炭化水素の高分子である合成樹脂は、空気を遮断して不完全燃焼させると炭化します。この炭素からなる構造体は黒鉛とのなじみがよく、粘土芯と比べて圧倒的に高強度で筆跡の黒い芯ができました。このポリマー芯ができたことによって、細くても折れにくい芯の製造が可能になり、0.9mm 、0.5mm、0.3mm、そして0.2mmという極細芯が実現可能となりました。現在主流のシャープペンのほとんどはこの製法が可能にしたものです。

ですから一般的に鉛筆の芯とシャープペンの芯は、単に太さが違うだけでなく、組成もまったく違います。これは画期的な製法の進歩であって、人類の2万年以上にも及ぶ炭素筆記材史上屈指の、コンテ法にも匹敵する革命的な発明と言っても過言では無いと私は考えます。

こうしてみると、歴史を通して人類のごく身近に存在した炭素を筆記材として使用する事から始まった壮大な歴史の中でポリマー芯の発明は、極めて重要な発明の一つであり、それが日本人の発明であることに誇りと敬意を覚えます。


追伸
世界的な発明の逸話にありがちなことですが、この発明の経緯にも、ぺんてるのシャープペン替芯開発担当者が運転手として入社したはずなのになぜか芯の開発を命じられてしまって気がつけば命がけで実験に立ち向かうことになってしまった壮絶で興味深い苦労話があって、そこがまた、私を惹き付けるのですが、それについてはまたの機会にしたいと思います。

文:高畑正幸

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いやぁ、なかなか遡りましたね、筆記材の歴史!

人間が長い歴史の中で、偶然何かを発見するというのは、まさに歴史が変わる瞬間。文具の長い歴史の中で、ポリマー芯(シャープペン替芯)がもたらした功績は大きいのだと改めて感じます。

この先の未来でも、きっとこんな偶然の発見から、ポリマー芯(シャープペン替芯)のような画期的なものが生み出されていくことでしょう。

ひょっとしたら、100年後には「シャープペン」の概念すら変わっているかも!?なんてことを考えるとワクワクしますね。

それではまた!


シャープペン開発の歴史については、こちらの記事もご覧ください。