百日紅 季節跨いで 秋の風
めっちゃちっちゃい小石につまずいて恥ずかしくなって人のいないほうに目をやると背の高い百日紅の木が鮮烈な花を咲かせていた。
そのときぼくは木のてっぺんにチンパンジーを見つけた。長びく炎天にも深く潤う二つの眼はまるで自分のことを軽やかな鳥と勘違いしているかのようで実に微笑ましいものだった。
ぼくは百日紅にチンパンジーか、ちょっと惜しいなとひとり笑った。
ぼくは百日紅の木に近づいて、久しぶりにちょっと大きな声を出して訊いてみた。
「きみって、その木スベるん?スベらんの?どっちなん?」
チンパンジーはまるでぼくがそこにいるかのように隣の夏の桜の木のてっぺんに目をやり訊き返した。
「なんで、二者択一やねん?」
ぼくは一応、夏の桜の木になったつもりで言った。
「なんで関西弁なん!」
チンパンジーは不思議そうに今度はちゃんとぼくを見つめた。地面に大きな影が生まれて顔を上げると太陽の真下、一羽の鳶が悠々と旋回していた。
季節のすきま風のような沈黙が過ぎ去った。のち、チンパンジーはなにか大切なことを伝えるように言った。
「枝豆って、秋の季語らしいで」
ぼくは思わず、黙ってしまった。
チンパンジーは続けた。
「それで、枝豆の名前の由来がやな」
その時、桃紅の花が金風に散った。
「名前の由来?ちょっと待って」
ぼくは慌てて言った。でももちろんチンパンジーは待ってくれなかった。
「枝ごと採って茹でるから、枝豆いうねんて!」
チンパンジーは思いっきり歯茎を剥き出して笑っていた。ぼくはなんだか自分がチンパンジーになったように感じた。
ぼくの好きな季節は坂道を転がる薬缶のような音を立ててこんがらがっていく。坂の下で立ち尽くしているぼくはいったい何を探しているのだろう。
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