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たとえスポットライトがわたしに当たらなくても

演劇集団キャラメルボックスが活動を休止したとのニュースを聴いて寂しい気持ちになったのはきっと同じ高校で演劇を一緒にやっていた仲間も一緒だろう。

高校の頃私は演劇部に所属をしていて、年に3回公演を行っていた。上演する演目といっても、1時間の公演の台本を探すのは至難の業。私たちの場合はキャラメルボックスの台本を上演することが多かった。もし知っている人がいたら懐かしい!ってなりそうなので書くと例えば「キャンドルは燃えているか」「四月になれば彼女は」、ちなみに引退公演は「風を継ぐ者」。「風を継ぐ者」は本当に評判良かったし私の中での神作品。キャラメルボックスの作品は起承転結がはっきりしていて、少しファンタジーで、最後ほっこり幸せな気持ちになる作品ばかりで高校生にはぴったりだった。

そういえば上司に昨日ふと言われたことが過去の演劇部の経験に少し関係してたなと思っていたところでのキャラメルボックス休止のお知らせ。なので少し演劇青春を振り返りながら自分を掘り下げてみよう。

昨日上司に面談をしてもらった。短く言うと自分の中で限界が来たから。自分が会社の中で生きていける自信がなくなったのだ。その理由はその時ははっきり分からなかったけれど、上司のアドバイスではっとした。

「もしもスポットライトが当たっている人とみよよちゃんが入れ替わったとしてそれは本当にみよよちゃんの幸せなのかな?」

私が演劇をやりたいと思ったのは小学校5年生にさかのぼる。きっかけは母が読んでいた「ガラスの仮面」。特に主人公の北島マヤに憧れた。普段目だないマヤが演劇で輝き人々を魅了するというストーリーに、自分もこうなりたい!って強く思えたのだ。

中学校に入ったら絶対に演劇部に入る!と決意をして、そして念願の入部。しかし簡単に北島マヤになれそうになかった。役者は各公演ごとのオーディション。しかも公平に全員の投票制。そう、先輩になったからといって役者として舞台に上がれるわけではない。チャンスは年に3回しかないし、先輩になったからといって舞台への保証がされているわけではない。私は中高一貫校だったので、高校2年生で引退。そこまでに役者として舞台に上がれるのかな。4年半か。精一杯やってみよう。

思った通り役者という点ではすごく苦労した。同級生が中学校3年の時に舞台に上がれていたのに対し私はオーディションにおちまくっていた。それでも練習したり部活はほぼ休まず頑張ってみたりして、高校1年生の文化祭、役をとれた。本当にこれは念願で。なぜかというと文化祭は年に1度の外部のお客さんがくる舞台。そこで役をとれたのは本当に嬉しかった。

やっと憧れの役をつかめた。そう思ったんだけど不思議なことが起こる。全然楽しくないのだ。それまで私は裏方の道具作成をやっていたんだけど、めちゃめちゃ楽しかった。舞台にどんな道具を置くのか?どのタイミングで道具転換をするのか?どんな材料でつくるのか?を一からみんなで相談して作りあげるのが本気で楽しかったのだ。高校生なのであんまりお金がなくて、安い材料を探しに渋谷を回ったりもして。そんなことも楽しかった。向いていたからか他の人よりも早くチーフを任せてもらえた。

だけど役者は1人だ。自分のセリフを毎回覚え、自分の役は自分で作りこむ。自分との闘いだ。どうやら本当に向いてなかったみたいで、ストレスで2キロくらいやせてしまった。どうやらわたしは北島マヤじゃなかったらしい。もう二度とやりたくないな、自分には向いていないなって悟った。なので高校2年生ではオーディション一応受けたものの、もう裏方がいいなってこっそり思っていた。そしてその通り裏方になった。

最後の公演は高校2年の文化祭公演。私以外の同級生メンバーはほとんど軒並み役者として舞台に上がっていた。最後の写真撮影でみんな華々しい衣装を着ている中で私だけは黒子だった。
後輩は最後先輩と写真撮りたい!って同級生に声を掛けていたけれど私に声かける人はほとんどいなかった。まあそりゃそうだ。演劇部に入りたいと思っている人は少なからず自分と一緒で舞台に上がりたいって思っているだろうし、憧れは役者なのだ。公演が終わってもスポットライトは私には当たらない。わたしは別にいなくてもいいんじゃないか。そんなことを1人で感じた17歳の夏だった。もちろん高校で演劇はすっぱり辞めた。裏方続ければいいじゃんって思われるかもだけど、自分の向いていることをやるのにこんなみじめな想いをするくらいなら二度とやりたくないってのが正直だったのだ。大体みんな青春は楽しかったとかさわやかとか話すけど私の場合はどす黒い感情につつまれた青春だったのだ。

17歳の夏から15年。全く私の過去を知らない上司に上記のセリフを言われて、私はびっくりした。けど確かに私の状況は17歳の時と一緒なんだろうなって納得した。私のグループは本当にスターばかり。スポットライトをど真ん中で浴びている人たちばかりなのだ。すごく良い人たちだし、別に彼らが悪いわけでは本当にないけれど、ここ1年本当に苦しかった。順調にスポットライトを浴びている人たちと同じグループで働くと色々なひとに「羨ましい」って言われる。それがプレッシャーだった。「あなたはスポットライト浴びようとしなくていいの?」と言われているみたいで

だけど上司はそんなことは気にしなくてよいと言ってくれた。そもそも誰がスポットライトを浴びようがあなたの人生には全く関係がないって言いきってくれた。私はずっとこの言葉が欲しかったんだと思う。人がスポットライトを浴びるたびに、もやもやしていたのはその人がいつかわたしをひきあげてくれるんじゃないか、自分もいつかおこぼれにあずかれるじゃないかって下衆な気持ちも少しあったんだろう。だけど良い意味でもそうではなくても人の人生に自分が入り込むことなんてないのだ。だから誰がどんな生き方しようといい意味でもそうでなくても全然関係ないのだ。自分は自分らしくその場にいればいい。17歳の自分に教えてあげたいな。

17歳当時のキャラメルボックスの台本を見てみるとびっしりと自分の試行錯誤のあとがある。私は私なりに必死に生きていた。今もそう。いろいろもやもやすることはあるけれど、少しずつ自分を確立できるといいなあ。







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