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紙の上で、自分にあう(マガジン24)


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涙が出て止まらなかったクラスの次の日の朝。大きな白い紙を両手に抱えてスタジオに入ってきたT先生は、一人一人にそれを配り始めた。さらに、クレヨンやカラーペンを床の上に並べた。

「昨日のクラスで何を感じたか、体になにが起こったか、どうなったのか、その紙の上に表しなさい。絵でもいいし、言葉を入れても構いません。自由に表現しなさい。ただし、自分の体験を忠実に表しなさい」

何人かはさっと立ち上がり、使う文具を選び始めた。

渡された白い紙を見つめ、私は考えていた。昨日の体験。ヨガをしながら、涙がたくさんでたこと。何が起こったんだろう。

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カラーペンのキャップをとって、ペン先を見ながら選ぶ。細くて、直線的で、硬い線になるだろう。違う。もっと、流れていくもの。柔らかく、動きがあるもの。体に感じたものは、そういうものだった。

グレーとオレンジのクレヨンを手にのせて転がす。

白い紙の上に、グレーをのせて線を描く。そうだ、と思う。この柔らかさと太さ。そして、そこにオレンジ。昨日のクラスでの体験を思い起こそうとする。体を通っていった、「流れ」はどんなものだったのか。ここに通った。ここにもきた、と思う。手が勝手に動いていく。いや、もっと強い色だ。もっと濃い色。塗る力を、だんだんと強めていく。こっちは黄色があった、そうやって、色を重ねていく。

「流れ」を分析しようなんて思わなかった。頭で分かることは、限界があるから。同時に、かっこよく仕上げようとも思わなかった。そんなことは、どうだってよかった。この過程にだけ、没入した。

上のあたりは、こんな色だったかもしれない、と別のクレヨンをもち、また色をのせていく。流れは、ここにもきた。あっちも通った。だんだんと線が重なりあい、人の体になっていく。繰り返し、重ねるたびに、線は太い流れとなり、色は濃く複雑になっていく。もっと強く。追体験が、手の動きを決める。


色が重なりあい、紙の上のものは、力強くなっていく。


気がつくと、塗りつぶされた部分が大きくなって、いつの間にか、様々な色は人の形となっていた。


私の体、だった。


ふう、と大きく息を吐いて、顔をあげた。


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ほとんどの人が終わりにして、使った文具を片付け始めていた。

できた作品を集めます。10分の休憩の後、集合してください。皆さんの作品をみます、とT先生の声がした。


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部屋に戻ると、床に全員の作品が敷き詰められていた。どれが誰のものかわからない。

絵の間にスペースを見つけると、私たちは、立ってそれを眺めた。歩きながら近寄って、時には屈んでみる。

みんな、いろんな感じ方をしたんだな、と気づく。同じ時間、同じビデオをみてヨガをしたはずだけれど、一枚、一枚、全然違う。

体の上に花の絵を描いたもの、虹のように様々な色を並べたもの。体の真ん中にハートを描いたもの。ネコを抱いた姿を描いたもの。ヨガの最中に具体的な映像が浮かんだのかもしれないし、新鮮な感じや温かさをイメージで表したのかもしれない。木や森、太陽の絵もあった。

peaceful、relaxing, love などの言葉を書き込んでいたものもあった。様々な感覚が、紙の上に表現されていた。


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先生は、端から順に見ていきながら、「これは誰の?」ときく。描いた生徒が、手を挙げる。

私の絵は、部屋の真ん中辺りにあった。そこまで歩いた先生は、立ち止まると、しゃがみこんでそれをまじまじと見た。少しの間、考えているようだった。

それから立ち上がって、生徒を見回した。

「このパワフルなのを描いた人はだれ?」

私が手を挙げた。


みんなの目が、私に注がれた。

T先生は、とても嬉しそうな笑顔をした。そうなのね、と私にうなづく。

「ソフトで優しいエイミーしか、私たちに見せないのに」そう言って、先生は言葉を切った。

そうか、と思った。私が柔らかな印象に見えるのは、英語ができなくて無口になりがちで、せめてと思って笑顔を作ったから。そうでないと、本当に、私に何一つなかったから。それでも話しかけてくれる人に、できるだけこたえたかったから。ここにいなくても関係なくても、なんとかこの場に続けたかったから。

結果として、穏やかで優しい雰囲気の人に見えるのだろう。でも、本当はそうじゃない。


先生は、優しく、深い声で言った。

「でも、本当のあなたは、強い人なのね」


私は、自分の絵をみる。

力強い、クレヨンの跡。

そこに、私がいた。


なんとかトレーニングについていくために、必死で勉強して。ボロボロのテキストを抱え、グループワークで何も言えなくても、いないもののように扱われて、悔しくて唇を噛んで、眠れなくて。


だから、これが、私だ。



何を言っていいかわからなくて、胸に手をおいた。

心臓が、力強く鼓動していた。


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こっそり隠していたものは、、次の話に続く

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