作家に憧れていた子どもは、一枚も書くことができなかった
私の田舎では、文化の香りのするものなんてなかった。
なんでも読む子どもだった。本や漫画が大好きで、それだけでは飽き足らなくて、文庫本の帯やカバーもなめるように読んだ。どんなものでも読むから、お菓子のパッケージまで目を通す。
子ども向けにルビをふった世界文学全集が数冊あって、同じ話を何度も繰り返して読んだ。日曜の朝の喜び。朝ごはんよりも、布団の中で本を読むこと。
取り立てて大きな不幸があった子ども時代ではない。だけど、小学生の時も中学生の時も、現実世界でウキウキするようなことは何にもないと感じていた。
お話の中に入り込む時が、一番幸せだった。
田舎町でそんな風に育ったから、小説家というものに憧れがあった。今考えれば馬鹿みたいだけれど、いつか自分がそうなったらどうだろう、と夢想した。
自宅からは、工場の煙突が見えた。私は、まるでそんなものが存在しないかのように「ここではないどこか」を夢見てた。
ここではないどこか、私ではない私。そこには、現実の重さは一つもなかった。小説家になるなんて、ありえない妄想だった。
一枚も書いていなかったのだから。否定されるのが怖いから、誰にも言わなかった。
わたしだけの宝箱につめた、甘い綿菓子。なんどもなんども、そこに戻った。
*
親から褒められたことが一度もない。平凡で何もできない自分は、能力を生かす人生は歩まないだろうと思った。
一度だけ、褒められた、に「近い」出来事がある。
小学校2年生の時、国語の授業参観だった。私は国語はとても得意だった。
後ろに親たちが見守る中、私が朗読をした。すると、教室中が、しんと静まり返った。誰よりも本を読んでるのだから、上手いのは当然だった。
夕食時、母は父に報告した。
「〇〇が朗読したら、みんなびっくりしてた。隣にいたのは平田さんだけど、〇〇ちゃん、とっても上手ね、才能があるんじゃない、とわざわざ声をかけたわ」
母は得意そうな笑顔だった。私は、とても嬉しかったのだと思う。今でもはっきり覚えている。
*
何かを創り上げるのは特別な才能のある人たちのすることで、文化的なものにいくら憧れても、それは別世界で行われていることだと思っていた。
私はその人たちと出会うことすらないのだろう、と。
「お前には無理だ」という声が、いつも頭の中で聞こえた。
母は「努力するにも才能がいる」と言った。「うちには、そんな人いないものね」と。
私には天性のものもなくて、そして努力する「才能」すらないのだから、何にもできないだろう、大人になってもそうだろう。
そんな信念を持ったから、より妄想にしがみついたのかもしれない。
夢の未来では、もっと素敵な暮らしをしてるはず。大人になったら、違う私になってるはず。
書かなかったのではない。書けなかったのだろう。現実に足場がなかったら、妄想を失うのは怖いのだ。
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大人になって、私は、随分違う人間になったと思う。
それでも、「お前には無理だ」という声が、ふと訪れる。
それは真実の声に聞こえ、私は耳を塞ぐ。内側からの声だから、そうしたって鳴り止まない。全てを打ち砕くような声。
お前には、なんにも無理だ。
だけど、私はもうあの頃の子どもではない。泣きそうになりながら、息を吐く。
あの子どもは、もういない。
*
書くまえは、作家ではない。どんなに憧れていても、私は作家ではなかった。
私は、小説を書き終えた。
本はまだ出ていないけど、それでも、今日も明日も何かは書く。有名になるためでも、現実逃避のためでもない。
私から逃げるためでなく、より私であるために。
*
長い道だったけど。
工場の煙突は、まだあるだろうか。
全てが無理だと思っていた小さな子どもは、まだあそこに座っているだろう。膝を抱えた私に、ずっとこんな風ではないよ、と教えたい。
*
私は、小説家というポジションにつきたいとふわふわと思っていた。その頃は、何一つ書けなかったのに。
だけど、私は、「ジミー」を書き終えたときに、それになったのだ。出版だとか、そういうことではない。
書いたのだから。
今日も、明日も、書くのだから。
だから、私は、作家なんだ。
・小説「ジミー」予告動画
(2021年12月、『ジミー』クラウドファンディング直前に書いたものです)
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(2023年追加)
青海エイミー
作家(『ジミー』、『本当の私を、探してた』)
KRI(Kundalini Research Institute)認定ヨガティーチャー
2011年マレーシア移住。クンダリーニヨガに偶然出会い、ティーチャーとなる。 2020年コロナ禍の中「運動も英語も苦手な私が、海外でヨガティーチャーになる体験談」をnoteにつづる。
文章を書くことの楽しさに目覚め2021年初めての小説『ジミー』を書く。翌年5月出版、帰国。2023年『本当の私を、探してた。』発売
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◆ デビュー作『ジミー』
高校生マイのクラスに、帰国生がきた。「ジミーです」と名乗る彼は。。。何が正しくてなにはそうでないか。人を好きになるのはどういうことか。社会とはなにか。「たくさん泣きました」「一番大切な本」などの声↓
◆ 2作目『本当の私を、探してた。』
青海エイミーの自伝的ストーリー。運動も英語も人付き合いも苦手な主人公が、マレーシアでヨガのトレーニングに行く。疎外感や劣等感や孤独感のあと、感じたことは、、。「共感しすぎ」「入り込みすぎて電車の乗り換えを逃しました」「ラストは号泣」などの声↓
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