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眠れなくなって、電話した相手(マガジン12)

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ティーチャートレーニングの期間中は、朝5時からスタートして、13時間、ヨガスタジオと下のカフェに行くだけ。同じ人たちとずっと顔を合わせている。

英語ができないことで、「自分が表現できない」「いてもいなくても同じ」「誰も私のことに興味がない」そういう気持ちになった。

大量の講義、テキスト、グループワーク。そして、休憩時間もみんなと英語でコミュニケーション。

昼間は抑えていたが、一人になると、耐えられなくなっていったのだと思う。

私は、眠れなくなってしまった。

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すぐ近くにある簡易ホテルの一人部屋をとっていた。スタジオの近くでは、一泊2000円は一番安かった。ネットでは、シンプルだけど清潔な部屋に見えた。

ところが、ドアを開けると、そこには、窓もなく、真っ暗で狭い部屋。質素なパイプベットと小さな荷物置き場があるだけの一人部屋で、シミのある絨毯の上には、ゴキブリの死骸も発見した。バッグをようやく置けるだけの小さなテーブルの上にはアリが列をなしていた。

ーーー

この部屋に、毎晩戻る。シャワーを浴びて、頭の上にタオルを巻いたまま、ベッドの上に座る。疲れていたけど、明日の分のテキストを読もうと思う。明日こそ、ついて行けるように。でも、疲れて、疲れて、どうしようもない。文字が頭に入らない。時間はすぎていく。

夜10時をすぎると、消灯しようと思う。次の日も4時に起きる。寝れば、この疲れが取れるはず。明日はもっといい日だといいな、と願う。

ところが、11時、12時をすぎても眠れない。1時もすぎる。寝返りを繰り返した。疲れているのに、目が冴える。明日も13時間のトレーニングが待ってる、そこではなんとか皆について行きたい、講義にもしっかり集中したい、と思う。だから、眠って疲れをとりたい。

焦る。寝返りを繰り返す。

廊下を歩く足音と人の声が聞こえる。2人かな、マレー語かな、なんて思う。向こうまで歩いて行って、ドアを開けたらしい。奥の部屋だな、なんて思う。

まだ眠れない。

スーツケースを引きずる音がした。足音は去っていく。静かになる。やっぱり眠れない。

起き上がって、うろうろしてみる。隣の人がシャワーを浴びる水音が聞こえる。終わったら、また静かになる。壁が薄いんだなと思う。まだ眠れない。

ドアの隙間から入る光で、室内も見えるほど目が慣れている。

全く眠れなかった気もするけど、実際は、ところどころ眠ってはいたはずだ。けど、1時間半、2時間ほどが最長だったのだと思う。普段は7時間以上眠るから信じられないが、この期間は、毎晩、1時間や2時間の途切れ途切れの睡眠で、合わせても3時間ぐらいだったようだ。


ーーー

睡眠だけが問題ではなかった。

横になると、その日一日のことが頭に浮かび、辛くなって、涙がどんどん出るようになった。一日分の疎外感と劣等感、いろんな思いが、一人になると溢れてくる。声をあげて泣いた。

もう、中年のいい大人なのに、安ホテルに泊まって、一人で泣いてる。何してるんだろうと思うけど、涙は止まらない。

自分のできなさ、孤独、誰からも認められないこと、そんなことが辛くて、精神的にまいってきていたのだろう。

毎晩、ベッドで長い時間泣いた。

ーーー

眠れないことの不安とトレーニングの孤独感と惨めさで耐えられなくった私は、また泣いていた。

4日目になっていた。

そんな中、サラのことを思った。彼女のクラスは好きだったけれど、個人的なことは、ほとんど喋ったことがなかった。

だから、電話するのは初めてだった。

サラが出た。

「エイミーだけど、今、大丈夫?」

「もちろん、どうしたの?」とサラがきく。

いつもの声だ。


私は、息を吸うと一気に言った。

「あなたも知ってる通り、私、今、トレーニング中でクアラルンプールにいる。毎晩眠れないの」

そう言ったら、涙が出てきた。

「こんなに眠れないのに、明日も明後日もトレーニングが一日中あるの。朝4時に起きなくちゃいけないのよ。なのにねれない」

「どうしようもない。どうしていいかわからない。つらい」自分が泣き声になっているのが分かった。


サラだって、本当は少し驚いたと思う。普段はほとんど喋らない私が、電話をかけてきて、泣いてるのだから。だけど、全然そんな様子を表さなかった。


少しの沈黙のあと、サラは、エイミー、と私の名前を呼んだ。優しい声だった。

「大丈夫よ」

It' OK, といつものようにサラは言った。いつものように。

It' OK.


「あなたが眠れるように、私はレイキを送るわ」

だから、泊まっている場所の住所を教えてねとサラは言った。

「そこの番号にレイキを送るからね」真面目で、穏やかで、優しくて、落ち着いた声。


レイキか、やっぱりサラらしいなと思って、少しだけおかしくなった。ふふ、と泣き笑いになりながら、ありがとうと言って、ホテルの住所を伝えた。

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レイキはきいたかわからない。少しは眠れたけど、また1時間ほどで目が覚めたから。関係ないような気もする。

でも、サラがいつものサラでよかった。


ーーー

私がクンダリーニヨガ のティーチャートレーニングに行くと伝えた日。

「素晴らしいわ。本当にいいと思うわ。なんていいニュースなのかしら」とサラは目を輝かせた。

そんな年なのにヨガの先生になってどうするの、最後までやれるの、お金もかかるでしょ、英語で全部やれるの、仕事にならなかったらどうするの、

そんなこと、彼女は、絶対に思ってなかった。

他人事だからと無責任に「いいね」と言っているのでもなかった。


「エイミー、本当にいいと思うわ」

サラは、私の目をまっすぐ見て言った。いつもその声には真実があった。


ーーー


だから、私はサラに電話したんだろう。


レイキを送ってもらった朝、ベットから降りた。

やっぱりほとんど眠れなかったけど。

今日も一日辛いかもしれないけど。


でも、最後までトレーニングを続けよう、と思った。



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