泣けるほど

法事という”決して笑ってはいけない時間”に笑いの神様が投下した最終兵器。

WARNING!!この記事を読んだ後に、法事へ参加する時はご注意を。

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日本独特の文化の一つである法事。

呆気にとられるほど驚きのビブラートを利かせながら美声を響き渡らせるお坊さんのお経に酔いしれることがメインイベント。

1億歩譲ってそれをふざけて聴いてしまったら、”地獄のような笑いのツボに陥る“ことくらい、誰にでも容易に想像がつく。

そんな経験をした人も多いだろう。

とは言え、仮にお経を読んでいる時に、家族側の誰かが咳払いや、フフッとした笑いを起こしてしまったところで、お坊さんの爆発的な美声に一瞬でかき消されてしまう。

それほどお坊さんのお経の破壊力は凄まじいものがある。

しかし、それは諸刃の剣のように、いとも簡単に破壊されてしまうものでもある。

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その日は、近くのお寺のお坊さん、そして僕と嫁を含む家族や親戚10人程度のこじんまりとした中で、祖母の法事が行われた。

お経が始まるまでの間、家族や親戚、お坊さんも含め、他愛もない世間話などで軽い談笑が続く。

そして、家族の方を向いていたお坊さんの膝が、仏壇の方へ美しいほどにスッと90°に向きを変え、「では……」という一声で、他愛もない世間話で談笑が起こっていた穏やかな空気が、一気にピーンと張り詰める。

そして、勢いよく、お坊さんの美声が高らかに家の中を駆け回りはじめた。



やばい……



もう絶対に笑ってはいけない……



この中の誰もが、そう自分に言い聞かせたに違いない。

しかし、そんな思いとは裏腹に、笑いの神様は、笑ってはいけない状況だからこそ、僕の人生の中での「最も笑えた出来事」を走馬灯のように思い出させようと、僕の笑いのツボの撃針にいとも簡単に触れようとしてくる。


ダメだダメだダメだ!!!やめてくれ!


自分の頭の中は、笑いのツボを刺激する思い出に支配されていた。


他のことに集中しないと。


だからといってお経に耳を傾けてはいけないとは思いながらも、僕の耳は人知れずお経に周波数が合っていく。

そしてそのお経の中から見え隠れする言葉が、たまに予期せぬ形で僕の耳の穴の中をくすぐってくる。


お坊さん「★▷◯■☓ ぶっこくどう ★◯▷□☓〜♫」


……ぶっこくどう?ってなんだよ……


何をぶっこくんだよ。


いや、何もぶっこくわけがない。

お坊さんの罠にまんまとハマるところだった。

いや、お坊さんが笑かそうとした罠をしかけるはずがそもそもない。

僕の単なる勘違い。

いやいや、勘違いでもない。

紛れもなく自分で自分を地獄の底へ落とそうとしている、バカ者だ。

人の摂理とは怖いものだ。


お坊さん「★▷◯■☓ ぶっこくどう ★◯▷□☓〜♫」


いやだから、ぶっこくどうってなんなんだよ。


やめろ。



と、その時?!


僕の斜め前に正座していたおばさん(推定80歳と予測)が、苦痛な表情を浮かべながら、ゴリラ顔でこっちをちら見してきた。


画像元:素材工場(以下のゴリラの画像含む)


「ぶっこくどう」の後にそのゴリラ顔を見せられてはおしまいだ。


やめろ。


お坊さんのお経に対しての防衛本能は発揮していた僕だが、思わぬところからのゲリラ攻撃に、笑いのツボが無防備に。

オカルト映画で殺人犯が自宅のドアを蹴破ってくるのを必死で抑え込むよりもさらに激しく、僕は自分の笑いのツボのドアを押さえこみながら −


僕はたまらず、自分のひざをつねる。


「痛っ!」っとつねるのをやめたら「ゴリラ顔!」


いや、そっちへ行ってはいけない……


だから必死につねる。


そうこうしている間に、二発目の大波が押し寄せようとしている。


ゴリラ顔のおばさんはどうやら、足がしびれてしまったらしい。


こんな時に厄介だ。


苦痛な表情を浮かべながら、ゴリラ顔でまたこっちをちら見してきた。






やめろ。



おばさんのそんな様子に気づいた義理の母。

お経中にも関わらずいきなり立ち上がり、何かを探しに……


足がしびれたら、どうやってそれを改善する?


椅子だよ。


そうか、義理の母は椅子を探しに行ったんだ。

良かった。

笑いのツボとの格闘にどうにか抵抗しながら、ゴリラ顔のおばさんの足のしびれを改善して、ゴリラ顔のおばさんの苦痛に歪む顔面を正気にもどしてくれるであろう椅子の到着を、僕は待った。


数秒後…


義理の母が椅子を持ってきた。


…えっ?


その椅子を見た瞬間に、恐ろしい未来が約束された。


僕は絶望した。


いや、僕だけじゃなく、法事に参加している全員がざわつき、その椅子を二度見し、そして絶望していた。






まさかの破天荒チョイス。



この幼児用の椅子を見てすぐに察しが付く方もいるだろう。


そう。この椅子から予測できる絶望は2つ。

1つ目の絶望 −

その椅子が果たしておばさんの控えめに言っても大きなお尻の穴に……いやいやお尻に収まるのか?


いや、無理だろう。絶対に無理だろう。


おばさんスペック紹介
・顔:ゴリラ顔
・身長:推定160cm
・体重:80kg


無理だな、それ。


義理の母は、どうしてそのサイズの椅子を選んだのか、多くの疑問が残る。


そして、2つ目の絶望 −

座るとプゥゥゥっと可愛い音がなってしまう椅子だが、座る時にそのプゥゥゥっという可愛い音を鳴らさずに果たして座れるのか?


いや、無理だろう。絶対に無理だろう。


おばさんスペック紹介
・顔:ゴリラ顔
・年齢:推定80歳
・症状:足のしびれ


鳴るな、それ。


1億歩譲っても笑ってはいけないという状況、もしくは音を出してはいけないという状況にも関わらず、義理の母がプゥゥゥっと可愛い音が鳴る幼児用の椅子を選んだことは、破天荒&無神経のスーパースター誕生の瞬間でもあった。

とは言え、義理の母にとっての最善の選択肢として、ゴリラ顔のおばさんのために破天荒チョイスした椅子は、幼児用の椅子だったわけだ。


それは変えられぬ現実。


僕は死を覚悟した。


いや、僕だけではない。法事に参加していたみんながそう思ったに違いない。


*****

獲物を狙うかのように、ゆっくりとおばさんのお尻に忍び寄る幼児用の椅子。

義理の母が運んできた幼児用の椅子に気づいたおばさんー








その瞬間、おばさんにとって義理の母は、人間から仏様に成り代わった。



苦しい状況の中で手を差し伸べてくれたそれを、おばさんが拒否する余裕など一切ないし、断る理由も一切ない。

そして、2つの絶望を予測できるほどの余裕もないのだ。


おばさんはしびれた足をなんとか必死で動かし、その幼児用の椅子にお尻を潜り込ませようともがく。


見てはいけない。そんな様子を絶対に見てはいけない。


とは思いつつも、おばさんが幼児用の椅子にもがくように座ろうとしているシーンの視聴率は、有に95%を超えていた。(お坊さん除く)


それはまるで交通事故の現場に群がる人のように。


目の前で起こる惨劇を、怖いもの見たさに見ないわけにはいかないのが、人の性(さが)というものだ。


*****

法事会場内いる9割の人は、法事よりも、お坊さんのお経よりも、祖母のことよりも −


おばさんのお尻だ。


おばさんのお尻の動向に必死になってくらいついている。


そして、おばさんのお尻が幼児用の椅子の真上にきた瞬間、僕は祈った。


何を祈ったのかって?


それはもちろん、

「おばさんのお尻が難の不都合もなく幼児用の椅子に収まること」

「おばさんが幼児用の椅子に座った時に奇跡的に音が鳴らないこと」

無駄という以外の何者でもない祈り。


それは、体を濡らさないように湯船に浸かるようなものだ。

絶対に外れのない現実的に起こる悲劇。




さぁ!そうこうしている間に、おばさんのお尻がーーーーー!




お尻が幼児用の椅子の鉄製の肘掛け部分に差し掛かったー!












ハマったーーーーー!!












おばさんのお尻が幼児用の椅子にハマったーーーーー!!










ハマってしまうんだーーーーそれがーーーーー!!









おばさんのお尻ーーーーーーーーーー!!









そんなことがあってもいいのかーーーーーーーーー!!










ハマるなんて ふざけんなーーーーーーーーーーー!!








「ハマらずにおばさんがもだえる」を期待したーーーーー!!







いやいや、それでいいのかーーーーーーーーー!!






もう どっちに転んでも 死ぬくらい面白いーーーーーー!!!






控えめに言っても無駄にもほどがあるお尻の脂肪は、えげつないほどにもみくちゃになりながらも、幼児用の椅子の肘掛け(鉄製部分)に、あろうことか無事に真上に押し出され、事なきを得ているではないか。


奇跡だ。


目の前で起こった光景に、会場内にいたすべての人は、心の中で何度も手を叩いたことだろう。

その奇跡への祝福のボルテージはグングン上がり続け、大きな不安が、大きな安堵に変わったことだろう。

僕らの気持ちをホッと緩ませた。



その瞬間に………







プゥゥゥゥ…‥‥‥‥






しまった!




そっち!!





そっちもあったーーー!!!




奇跡の生還を果たしていた僕らに、笑いの神様が笑いの最終兵器を投下した。



奇跡的におばさんのお尻が幼児用の椅子に収まった時点で、僕らは気を緩ませたのは不覚だった。


おばさんのお尻は収まったが、プゥゥゥっという可愛い音が、僕らの鼓膜をぶち破った。

しかも、おばさんがプゥゥゥっという可愛い音を鳴らさずに座ろうとした結果、ちょっと遠慮気味の音だったのが、さらに僕らに追い打ちをかけた。


予測していたプゥゥゥっという可愛い音が、思っていた以上にピュアで可愛すぎたのだ。


幼児用の椅子から放たれたあまりにも場違いな音に、一斉に法事会場内に大笑いの波が押し寄せてきた。


…がしかし、声は出せない。出してはいけない。


僕らは声を殺し、顔を真赤にして肩を大きく上下に揺らした。



プルプルプルプル......



プルプルプルプルプルプルプルプルプルプルプルプル!!





プルプルプルプル......



プルプルプルプルプルプルプルプルプルプルプルプル!!





肩の揺れは収まるどころか、抑揚をつけながら、大波小波というリズムで踊りだしていく。



これほどまでに肩の揺れが強まることが、今まであっただろうか。




プルプルプルプル......





プルプルプルプルプルプルプルプルプルプルプルプル!!





辛い。辛すぎる。


盛大に笑いたい…声を大きく笑いたい……


でも、こらえなければならない。笑ってはいけない。




プルプルプルプル......



プルプルプルプルプルプルプルプルプルプルプルプル!!




笑ってはいけない状況がここにはある。


前を見ても、後ろを見ても、右を見ても、左を見ても、顔を真っ赤に歪ませながら必死に笑いをこらえ肩を大きく揺らす僕ら。



プルプルプルプル......



プルプルプルプルプルプルプルプルプルプルプルプル!!



まさに、地獄プルプル絵図。


ふと、僕は何かを確認するように、笑いの最終兵器投下の立役者であるおばさんの方に目をやる。

どうか、どうか。「ごめん」って顔をしててほしい。

申し訳なさそうな顔をしていてほしい。

そうでないと、笑いの最終兵器をくらった僕らは救われない。







生き返っている。




うそだろ。



悪びれた様子など一切ない。


ゴリラ顔のおばさんは生き返っていた。


しかも、奇跡的に収まった幼児用の椅子から、


一旦お尻を持ち上げて座り直そうとしている!!!


うそだろ!



やめろ!!!!



幼児用の椅子の仕組みをおばさんは知らないのか。


これは、1+1=2であるように、答えはひとつだ。


座り直す=もう一度プゥゥゥっと可愛い音が鳴る


これだ。


まさに、僕らの肩の大きな揺れが、少し沈静化してきている時間帯に、座り直すとか…


笑いの神様は、僕らを完全に殺しにかかっている。


笑いの神様「笑わないな〜、それならもっと笑わせてやれ」


やめろ。


お坊さん「★▷◯■☓ ぶっこくどう ★◯▷□☓〜♫」


それはもうええって。


*****

追伸

おばさんが椅子に座り直したことで、もちろん再び音が鳴った。

でもその瞬間に立ち会えたのは、僕とお坊さんの二人。

おばさんが椅子に座りなそうとしている時、僕以外の参加者は「トイレ」という理由を盾に、その場から忽然と姿を消した。


死ぬことがわかっていながら、誰もその場で死をじっと待つわけない。


誰でも生き延びようと必死なのだ。

最善の選択をしたにすぎない。


僕が愛用しているApple Watchのヘルス機能である心拍数の数値は、2018年の最高値を記録し、僕を殺した。


しかし不思議だ。

何が起ころうとも、一切止むことのなかった法事のお経。


お坊さん「★▷◯■☓ ぶっこくどう ★◯▷□☓〜♫」


無敵か!!

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デザイナー/ブロガー/メディア編集長。月間20万PVの”自分の人生の【好きなモノゴト】を発信するブログ”『俺的デザインログ(https://oreteki-design.com/ )』を運営中。1981年生まれ。ここでは日常的なエッセイや小説などを書きます。

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