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自伝小説「まっすぐに」

まえがき 

 「社会人1年目の私へ」というテーマが視界に入ってきた瞬間に、驚くようにはっきりと15年前になる当時の事が思い出された。すべてを書けるほどの時間はないけれど、「今につながるもの」が、確かにあの場所にはある。

 社会人になったばかりの僕には、もちろん社会人としての自覚はなく、「初めての社会」というものに気だるさを感じながら、ただ日々をやり過ごしていた。人生の大きな挫折を経験した僕には、先のことについて考える余裕なんてなかったし、自分の未来のことなんてどうでもよかった。
 でも、僕の社会人1年目に経験した365日は、世界にたったひとつだけしかないのは確かだ。あの1年があったからこそ、僕の今の状況は「存在」している。
 もし、あの【社会人1年目】がなかったとしたら、僕は人生の中で最も大切な2つのことを「今」失うことになる
 それほど僕の人生において計り知れないほどに大事なスタートになった1年。
 そんなことを、「まっすぐに」というきれい事のようなタイトルをつけて、自伝として約3万字にもなった文章で書き起こしてみました!

※noteとキリンのコラボコンテスト「社会人1年目の私へ」投稿作品
自伝『まっすぐに』の全章まとめ
各章ずつ読みたい場合はこちらのマガジン『まっすぐ』から。
※物語に出てくる登場人物は僕【イシハラ イッペイ】以外は架空の人物です。

では、僭越な文章ではありますが、ぜひお読み下さいませ。

第一章
「僕たちは大人になってもいつまでも変わらないさ」

 引っ越したばかりで生活感のないワンルームの部屋の窓に、紺色の淡いカーテンが無造作に揺れている。その隙間の先に見える濃い青色と薄い灰色のコントラストの間から、朝の光が白っぽく散っていた。

 空っぽになった4本足の不思議な獣が数匹、アパートの床に転がっている。昨夜、社会人としての新たな門出を祝う小さな前夜祭を友人たちと行ったのだ。僕らの話は決まって「女」のことばかりだった。

 当然、社会人としての自覚など、当たり前のようになかったのだろう。「僕たちは大人になってもいつまでも変わらないさ」という安っぽい青春のページをめくり終えないための最後のあがきだったのかもしれない。それが気持ちよかった。そんな顔を、友人たちもしていたようだった。
 僕は少しだけ昨日のことを思い出しながら、獣を捕まえ、汚れた食器が無造作に置かれたキッチンの上に逃がした。

 お気に入りのレインボーカラーの靴下を履き、動きやすい伸縮性のあるチノパンに軽快に両足を突っ込む。そして、少し薄手の白いシャツにスッと腕を通していると、目覚まし代わりにセットしていたoasisの「Morning Glory」が、ドキドキしている空間のそれにドラマチックなBGMをつけるかのようにかかり、僕の胸の鼓動をドキドキからバクバクに変えていく。
 リアム・ギャラガーのパートをそれらしく真似て歌ったり、少し軽めにエアギターを鳴らし、その曲が流れ終わるまでその不格好な様は続いた。

 テーブルの上にあったケータイの着信ランプが赤や青、緑や黄色などの鮮やかなイルミネーションで光る。このメールの着信の色は決まっている。付き合って2年になる奈々美(ななみ)からのメールの色だ。

「今日から初出勤だね!ファイツ!」

 呆気ないほどにまとめられた内容でも、彼女の気持ちはそれなりに伝わってくる。それを確認した僕は、すぐに折りたたみ式の携帯の文字入力を軽快に押して「ありがとう!!なんだかワクワクしてる!!夜に会おうね!!」とエクスクラメーションマークを多めに使い、気合いと急いでいることを強調して返信をした。

 送信完了の文字を見た直後、ふと胸の奥から押し寄せるドドッという切迫感のような気持ちの悪さが気になった。
 これがいわゆるプレッシャーか。いや、どうだろう、わからない。不安なのか。さっきからずっと顔に水をかけられているように意識はさっぱりとはしていた。でもそれが、気持ち良いのかはわからなかった。ただ、少し嫌だなと思いながら、部屋の電気を消した。

 少しふっと息を吐き、それから玄関に足を向ける。足元は安定していた。そして、買ったばかりのスニーカーをググッと履く。履き慣れていないものだから、違和感があった。けれどそれは、何もかも新しく始まる今日には、欠かせない感覚でもある。

 すべてが新しく、そしてすべてが動き出す日。今まで自由に動かしていた時間が、もう止まることを待ってはくれない社会人という時間として再始動する。

 玄関から外に出ると、柔らかに差す春の光の線が、瞬間的な速さで変化していく雲の輪郭を隅々までなぞっていた。

 学生時代に友人から、ありったけのバイト代をつぎ込んで譲ってもらった少し錆びついたクセのある50ccのモンキーバイクにまたがる。
 ご近所迷惑という言葉を遥か彼方に吹き飛ばしてしまうほどのブオンッ!という爆音を響かせたマフラーの音は、社会人1日目のスタートを切る自分を高らかに鼓舞しているようだった。

 小さなタイヤがアスファルトに吸い付いていく度に、一度は散ってしまった桜の花びらが、もう一度メインストリートに返り咲くかのように、空へ舞い上がり、僕の背中にエフェクトをかける。

 社会人として迎える初日とあって、僕の鼓動は躍るように弾けていた。そしてそれは、破裂しそうなくらいだった。
 バイクのハンドルに力を入れると同時に、胸にも力をグッと入れてその高鳴りを抑え込む。

 「あぁ…落ち着かない。」

 それは初めて飛行機に乗る時のような感覚と似ていた。怖いけど、楽しみ。そんな組み合わせの感情が、狭い僕の心のスペースをいつになく占領している。

 タオルを首から下げて愛犬を散歩させているおばさん。鼻水を垂らした保育園児を数人乗せたバス。少しイライラしている車のブレーキランプ。肩を落としたようなけだるさが見えるスーツ。

 それらすべて、今日から毎日のように僕の視界に触れていく景色になる。これから毎日のように通るこの道に、僕はどんな思い出を残していくのだろう。

 今はまだ晴れ晴れとした気分を装っている朝。それはいつまで続くのだろう。さっき家を出る時に感じた嫌な気持ちが、すでに少し大きくなっている。
 僕は、ちゃんと社会人としてやっていけるのだろうか。いつも中途半端に生きてきた僕は、社会人として真っ当に生きることができるのだろうか。
 そんな不安が、職場への距離が縮まっていく度に、ググッと押し寄せてくる。それをどうにか胸の外へ逃がそうと、強く握っていたバイクのハンドルを少しだけ緩める。

「きっと大丈夫だ」

 対抗車の窓ガラスに反射した鋭い光が、かけていたオレンジ色のサングラスに差す。

 その一瞬だけ差した光は、社会人としての1日目を迎える僕の不安をフラッシュバックさせるように、中途半端な人生の断片を思い出させるトリガーとなった。

第二章
「中途半端な選択は 光にも闇にもなる」

「なんでかんでも中途半端にせんで、まっすぐせんばとよ。」

 母がいつも言っていた。僕にとってそれは、目の前を明るく照らす光のような励ましにもなり、嘘だとも思った。
 日常の、社会の、人生の、行いの良し悪し、常識の混沌を、世界の均衡を、保つための言葉なのかもしれない。

 そう、僕は中途半端な人間だ。それは知っている。

 スカッと晴れない曇り空の僕の人生に、何度も何度もつきまとってくる「中途半端」というその言葉。
 最初は小雨のようだった。けれど、その雨雲は僕の成長と共に次第に勢力を増し、僕の心になんの躊躇もなくカミナリを落とすまでになった。
 カミナリのように心に突き刺さる度に、僕はその程度の人間なのだからと思った。それは、神様が下す大きな大きな普遍の中の鉄槌なのだ。

 「中途半端」でいることは悪いことじゃない。でも、良いことでもない。それがずっと雨を降らせ、僕の心にカミナリを落とすのだと思う。
 カミナリが落ちた後、それを復旧する作業に、僕は人一倍時間がかかる人間だ。僕はいつだって、完璧でいることができなかったから。

***

 物心がつく前に実の父を亡くし、その悲しみに触れる時間さえ与えられず、僕は幼少期を過ごした。
 ただそこには、父がいないだけ。特別にそれの影響は感じていなかったけれど、他の友達には、母と父の両方がいるという事を理解した時、”父がいない”ということは完璧じゃないことなんだと思った。悲しいと思った。でも、別に関係ないとも思っていた。
 何よりも母が好きだったから。母がいればそれだけでいいと思っていた。

 でも母は、実の父ではない人を僕のそばにおいた。

 僕は単純に「実の父の代わりの人」だと思った。なんだか嬉しかった。けれど、母を盗られてしまうような感覚が襲い、急に母が愛おしくもなった。
 それから、家にいても、少しだけ、ほんの少しだけ、体が家の中を舞っているホコリのように、ふわっと浮く感覚を時々感じるようになっていた。

 「実の父がいない」ことで、僕は他の友達とはやっぱり違うと意識するようにもなり、僕は完璧じゃないんだと思うようになった。

 体の小さな僕は、スーっと鼻から息を吸い込み、そのさらに小さい心臓の周りを風船みたいに膨らませた。
 他の友達の当たり前の幸せという常識から、僕は中途半端にはみ出ているんだと知った。

 時折、どこからか吹いてくる寂しさのそれは、明らかに僕の心に空いている穴を、わざわざ通っていくようだった。

もしあなたの時間が許すなら《実の父が死んだ理由》をnoteに書いています。

***

 小学校の図工の時間。

 空は満面の笑みを僕らに降り注ぎながら、新緑の風を吹かせている。雑草がそれに反応するように一つ一つ揺れながら、半ズボンからはみ出した太ももに触れていく。
 僕はそれに楽しさを感じながら、白いキャンパスに描いた景色にどんな絵の具の色を塗ろうか、迷っていた。

「ほら〜、もう時間がないから早く絵を書いてしまいなさい!」

 僕の後方から、メガネパーマの年老いた先生の声が聞こえる。新緑の風が吹き抜け、その声を半分どこかに運んでいく。そしてその半分が僕の耳の中に残った。

 あぐらをかいた足の間にある、太陽、空、木、川、橋。太陽は赤に塗った。塗った後に、オレンジにすればよかったと思った。
 メガネパーマの先生の手元に回収されたクラスの子たちの描いた絵の太陽がほとんど赤だったから。
 人と同じように塗っていた色が、なんだか少し僕の気分を悪くさせた。

「ほら、イシハラ!後は塗るだけやろうが!早やく塗ってしまわんか」

 メガネパーマの先生が、今度は僕の真横に来てそう言った。
 完成させることがゴールなのか?と、なんだかそれを不思議に思った。空は青だが、川はまだ”白い”ままだった。そんなに急がせるなら、もうこれでいいじゃないかとも思った。けれど、それは中途半端なことなんだと知っている。でも、どちらにしてもそれでいいものなんだと思った。

 とりあえず、白いままだった川を青で塗った。本当は青と白、そして光を表現した黄色を織り交ぜて塗りたかった。けれど、メガネパーマの先生は「時間がない」と僕に言う。だから、絵の具の青色をそのまま塗った。
 完成しないままの絵よりも、適当に完成させた絵を、僕らは期待されているんだ。なんだかとてもつまらなかった。つまらない絵ができたと、しみじみ思っていた。
 太陽の日差しに手をかざしながら、スッと頬をかすめる風だけは、とても心地よかった。

 クラスの子たちと同じように太陽が赤に塗られたつまらないその絵は、県で開催された美術作品展で、特選を受賞して新聞にも載った。
 その記事の切り抜きと、特選を受賞したつまらない絵は、今でも僕の実家の天井の片隅で、ホコリにかぶった額縁の中で光っている。
 中途半端に描いたその絵のことを、母、父の変わり人、先生、友達にとても褒められた。不思議と嬉しかった。けれど、これでいいのか、と思った。そして、こんなものなのかとも思った。でも、その日はずっと心の中は晴れていた。

 僕が描いた絵なんだけど、僕が描こうとした絵ではなかったから、つまらなかった。

 そのニュースを聞きつけたクラスの女の子が、昼休みの休憩時間に僕のところへ来た。

「どうすればあんなに上手に絵を描けると?」

 頬を赤らめ、僕の目をキラキラ見つめながら聞いてきた。
 僕からその答えを盗もうとしているように思った。だから僕は、とりあえず自分が描いた絵をどんな風に描いたのかを説明した。
 それで昼の休憩時間が終わった。

「すごい!イシハラくんすごいね!」

 キラキラした目から、いつの間にかウルウルした目に変わった女の子は言った。
 その反応を見て、僕もホッとした。でもその描き方は、嘘だった。いや、嘘というか、”当たり前の絵を描く”ということを伝えただけだった。
 太陽は人と同じような色じゃなくて、オレンジ色に塗った方が良いとか、川は、青と白や黄色で塗った方が良いとか、僕の本当に塗りたかった色の事は言わなかった。

 教室の窓側に座る僕は、その窓から見えるずっと遠くの山の上の雲を見ながら、なーんだ、物事は中途半端にしてもいいんだ。そんな風に思った。
 ふんわりとした風が、カーテンをふわふわと踊らせる。でも、その間を縫うように、空から一筋のしずくが ポチャンと音を立て、僕の心に少しだけひんやりした小雨を降らせていた。
 だから、本当は中途半端ではダメなんだとも思った。

 自分が描きたい絵じゃない中途半端な絵で成功するよりも、自分が描きたい絵で失敗する方が、よっぽど気持ちが良いのではないかと思った。

***

 母からいつも「勉強をしなさい」と言われることはあまりなかったけれど、「勉強をしなくちゃ!」とは思っていた。
 鉛筆よりも重いゲームボーイをヒョイヒョイといつも持ち歩いているのに、勉強となると、死んだように動けなくなる。どうやら僕は勉強がダメらしい。いや、世間で言うところのバカというものらしい。

 僕があまりにも勉強をしないので、母が思い切って僕を勉強に励ませるための劇薬を投下してきたのは、中学二年になった頃だった。
 小学校の頃「勉強しなさい」とは言わず「好きなことをしなさい」と言っていた母。それは「息子には自由に生きてほしい」という父の遺言でもあった。
 母はそれにしっかりと向き合って僕を愛してくれた。でも、勉強を自発的にできず、成績の悪い僕を見て、母は少し後悔していたのだろう。

 静まり返った玄関のチャイムが鳴った音は、自分の部屋でテレビをケラケラと笑いながら観ている僕には届かなかった。
 いきなりコンコンとドアをノックする音。
 母はノックなんてしないので不思議に思い振り向くと、全く知らないスーツ姿のお兄さんが底に立っていた。その人を一目見た瞬間に、邪魔だなと思った。
 スッとした成り立ちで、僕の方を何の邪見も感じさせない笑みで見ている。
 僕の反応を伺いながら「こんばんわ」と言った。僕も「こんばんわ」と言って、温かいコタツに座り込んだまま、少しだけ首を傾けた。

 それから、スーツ姿のお兄さん、母、僕は三人でリビングへ移動して、細長いテーブルに座った。とても居心地悪い。その時からすでに、スーツ姿のお兄さんにけだるさを感じていた。
 下から上へ上って消えるお茶の湯気だけが、いつもの空間だと気づかせた。

 二人が話しているのは、明らかに僕の話であったけど、僕はさっきまで観てうたバラエティ番組の続きばかりが気になっていた。すると、スーツ姿のお兄さんはいつの間にか母の前で泣き、僕の存在を消していた。

「そうですよね……お子さんの成績が上がらないとやっぱり心配ですよね……、僕も子供の頃は勉強が全くできなくて……」

 その涙に母もつられて泣いていた。お茶の湯気はもう出ていない。
 母は、僕の成績が悪い事をこんなにも心配していたんだと思うと辛くなった。でも、くだらないとも思った。スーツ姿のお兄さんはとにかく僕の敵なのだと思った。

 成績の悪い僕の話は、それからさらに30分ほど続いた。その間ずっと僕は、猫背になったまま長細いテーブルの茶色の模様が剥がれた箇所がいくつあるのかを数えていた。
 時折、激しくなる母のすすり泣く声がリビングを重くさせた。
 スーツ姿のお兄さんは、一度時計を確認した。母はそれを察して、僕に唐突に聞いてきた。

 「イッペイちゃん、これなら勉強できるやろか?」

 母が投下した劇薬は、”誰でも成績が伸びる”という高額な教材だった。

 二人の目線が一斉に僕の口元に向けられた。
 どちらも「はい」という僕の返事を待っている。それが面白かった。そしてアホかとも思った。僕の中での答えは決まっていた。でもすぐにその答えとは全く違う答えを僕は探してみる必要があった。けれど、その答えは探す必要はなかった。
 三人が交わる空間のちょうと真ん中で、これを選べと言わんばかりに、それは燦々と光り輝いていた。

 1+1=2

 中学生にもなって、そんな簡単な問題を出されているのだとわかった。その数分間、僕はあることを思っていた。

 「はい」と答えたら勉強をしなくちゃならない。でも「いいえ」と答えたら、スーツ姿のお兄さんも母も悲しい目をするだろう。「いいえ」と言いたい、けれど「はい」が正解。でも「はい」は本当は正解じゃない。
 「はい」は、高額な教材を売ったという実績を上げることができるスーツ姿のお兄さんの勝利であり、母の敗北もである。しかしそれでも母は、でまかせの希望を僕に寄せている。
 母が「はい」を僕に要求していることは、その目をみればわかる。
 僕は母が大好きだ。そして実の父の代わりの人も大好きだ。たくさんの愛をもらい、たくさんの喜びをくれる。

 「……はい」
 
 僕は、中途半端な答えを選択するしかなかった。辛かった。僕の成績が悪いために、こんなにも高い教材を買ってくれた母の温かさに、愛を感じた。その反面、本当に自分がどうしようもない人間なんだと思った。
 その日の夜、一睡もできず、次の日に学校を休んた。
 頭の悪い僕の声が胸の中でしくしくと音を立てていた。風邪を引いて体調が悪いのだと言って、泣くしかなかった。
 母は、安堵と期待を織り交ぜたような顔で 「昨日買った教材が届くのは二週間くらいかかるとって」と言いながら、お茶とおにぎりを僕の部屋のテーブルに置いた。そのおにぎりには、僕の大好物であるとろろ昆布と海苔が巻かれていた。
 母のいなくなった部屋の中で、僕は「ごめんなさい」という声を、かすかな溜め息とともに湿らせた。

 それからしばらく、”誰でも成績が伸びる”という高額な教材を机に置き、それをとにかく眺める日々が続いた。しかし、やはりそれは、僕を勉強という方向に向かわせるまでには至らなかった。

 あの時のスーツ姿のお兄さん、今は何をしているんだろう。たまに今でも思い出す。
 僕は、あなたを汚らしく思う。だからこそ、母を誇らしく思う。そして自分を惨めに思う。

 それから僕は、常に「中途半端」という言葉に支配されていった。

 立派な社会人なんてものになれる気なんてなかったし、なりたいとも思っていないのかもしれない。
 それでも僕は、バイクのアクセルをふかしたハンドルを、途中で離すことはできない。

 僕らはいかなる場合であっても、前に進むしかないのだ。

第三章
「蝉の抜け殻のように」

 上司の両手が僕の胸ぐらを掴み、ドンッと身体を壁に押し付ける。その音は明らかに耳のすぐそばから聞こえていたのだけど、まるでどこか遠くから聞こえてくるように思える。
 そんな非日常的な音を聞きつけ、周りの職員の目が一斉に僕に注がれた。

「いつまでもそんな態度でよかと思っとっとや!」

 上司は眉間にシワを寄せ、心底僕に怒っている様相を示していた。強く押しつけられている背中の痛みは不思議と感じない。
 上司の右手と左手の拳から浮き出ている無数の血管と筋がその怒りで震えている。僕はそれに少し苛ついて、でもどうでもよくて、ただうざくて、そして「早く終われ」と思っていた。

「……すみません」

 少し気怠そうに、僕は上司の目の上の眉を見て言った。そしてすぐに上司の後ろにある職員用の下駄箱に目線を移す。お昼に食べたカップラーメンのネギが奥歯に詰まっていることが気になった。

「謝る気持ちがあっとならなんでちゃんとせんとや!わかっととや!」

 上司の怒号が、職場の空気を一気に細い糸のようにした。

 パソコンマウスをクリックした時に鳴るジリリというコンピューターの音。カタカタとリズムを刻むキーボードの音。そして、ブーンとなっているエアコンの音。それだけが変わらない日常の動きをしていた。

 そんな不穏な空気の中、他の職員は平常業務をこなしつつ、怖いもの見たさと、哀れみの目で僕のことを見ているようだった。それでよかった。それが良かった。大丈夫、僕はそれに慣れているから。

***

 じりじりと沸き立つアスファルト。その燃えたぎる熱さは、10m先の視界をぼやけさせる。
 社会人になって迎えたはじめての夏。初出勤の日に感じていた嫌な気分は、少しずつ大きくなってはいたものの、仕事への慣れのおかげもあって、その嫌な気分だけで、衝動的に人生を棒に振るまでには至っていない。

 僕は介護士として歩き出し、まだほんの数ヶ月だけど、一歩一歩、確かにその道を歩もうとしていた。

 朝礼で、その日の注意事項や業務についての伝達事項が行われる。そして「事故のないようにね」と最後に上司がピリッと注意発起を促す。
 僕はそれを聞いているようで聞いていない。どこか他人事であり、どこか上の空に思えた。

 朝礼が終わり、一度ロッカーのケータイをチェックする。最近知り合った汐里(しおり)から「今日、遊ばない?」とメールが来ていた。
 迷うことなく「いいよ」と返事をした。

 僕が働く介護施設は、介護保険制度で運営する高齢者向けの通所介護事業であるデイサービスというものだ。
 朝に自宅へ利用者を迎えに行き、昼間にリハビリや運動、生活の支援を提供して、夕方にまた自宅へ送る。
 とても意義のある仕事であることは「介護」という言葉からすでに感じていたけど、意義のある仕事をしている実感はそれほどなかった。ただ周りから「介護の仕事って大変でしょう」と言われる度に、なんだか腹が立った。

 当時は、まだまだ介護事業という仕事は、「真っ当な仕事ができない人がする仕事」というイメージのレッテルを貼られていた。だから、僕はそれに少し羞恥心を持っていたし、世の中のそんな反応も理解できた。

「人の●●を拭くなんて仕事、俺にはできねぇ」
「底辺のやつがする仕事」
「女がするなら風俗の方がマシ」
「努力してこなかった奴らがする職業」

 ネット上では、「介護」という仕事の社会的なイメージは、反吐が出るほど自分を悲しい気持ちにさせた。でもその一方で、僕のような中途半端な人間がする仕事にしては、ちょうどいいのかもしれない。そんな気持ちで折り合いがついていたのも事実だ。

 朝礼後、利用者が来所してくるまでは、テレビの音以外はしない施設のフロア。黙々と仕事の準備に取り掛かる職員の間で、「今日も暑かね」という会話が、夏の風のように当たり前に吹き抜けていく。

「うちん息子は、お金が必要な時以外は、いっちょん顔ば見せんとよ〜」

 職員と話す利用者の笑い声。
 施設の玄関先は、来所する利用者のたくさんの声でスタートを切ったように賑わい出す。多い時で30人を超える利用者が、僕の勤めている施設に来所してくる。

「イッペイふーん!きょもげんきね」

 僕のことを気に入ってくれている園崎さんがいつもの含み声で話しかけてきた。

 園崎さんは、要介護5。いわゆる介護が必要な状態であり、病状はそれほど良いとは言えない。車椅子に乗ったまま、1日の大半を過ごし、トイレもお風呂も食事も、何かをする時は必ず僕らの介助が必要な状態。傍から見ても、とてもつらい状況に見えるのに、人生をすべて受け入れているようなあの笑顔は、まるで天使のようだ。いや、マザーテレサか。
 園崎さんは”今日を楽しく生きる”ということを自然にこなしているように表向きは見えていた。けれど、実際の生活は耐え難い痛みや悲しみに満ちているのは少し考えただけでわかる。

 そんな園崎さんは、身体に不自由はあっても、頭の方は若い僕らにもとにかく負けないくらいはっきりとしている。
 僕とは波長が合うので、いつも明るく僕のことを慕ってくれる。僕は、本当のおばあちゃんのように親近感を抱いていた。おばあちゃんと言うと、上司に怒られるけど、内心は、「園崎のおばあちゃん」と呼びたい。けれど、「園崎さん」と呼ばなければならない。

 介護サービスには温もりや親しみが必要であっても、相手はお客様であり、目上の方であることを認識しておく必要がある。それは分かる。けど、分かりたくないとも思っていた。

 少し蒸し暑くなってきたのでエアコンの温度下げる。利用者一人ひとりの状態を真剣にチェックする看護師。その状況を把握しながら、介護士が利用者へ声をかけていく。
 利用者の目、顔色、言葉、雰囲気、気分、仕草、動き、喜び、怒り、悲しみ、切なさ、書き出せばキリがないほど、来所して数分の間に、職員は逐一それを見極めていく。
 それぞれに役割をこなしていくその様は、とても軽美だと思う。そして、それが生きているのだとも思った。

「はい!それじゃまずは、体操で身体を動かしましょう!」

 利用者の自立支援に向け、リハビリも兼ねたレクリエーションを担当していた僕は、いつもの明るさで大きな声を出す。
 僕の目の前には、円を描くようにしわくちゃの笑顔がたくさんある。その笑顔は、おばあちゃん子だった僕をいつも和やかな気持ちさせてくれる。
 人の役に立つ仕事をしている自分が、少しだけ誇らしく思えた。でもその一方で、やりきれない気持ちを抱いていた。

 それは僕の本心で、介護という仕事を選んだわけではないからだ。

 僕は、介護士である母の勧めで”介護の仕事”を選んだ。それはつまり、僕がやりたかったことでもなく、世間的に言う親に敷かれたレールの上というやつだ。とは言え、それに対して僕自身には自覚はなかった。
 親に敷かれたレールの上に乗るまでに、大きな人生の転落を経験した僕は、自分の未来を見失っていた。どんな風に生きればいいのか、わからなかった。いや、わからなかったというか、もう自分の未来に興味すら沸かなかったというのが正解か。だから、母の言いなりになっていたわけでもなく、母の事を信じるも信じないもなく、古着屋で店員に勧められるTシャツを買うくらいの気持ちで、僕は介護の仕事を選んだ。悲しくも嬉しくもない、それはただそこにあり、ただそれはそうなったのだ。

 僕らの頭上高くから、強い日差しが差してきた。
 レクリエーションの業務を終えた僕は、その活動で使った椅子やテーブルなどの配置を整えたり、それに使った道具を片付けようとしていた。

「イッペイふ〜ん! ほいれにいきたい!」

 園崎さんが僕を呼んだので、レクの片付けを一旦そのままにして、介助に向かった。

「あっ!イッペイくん何すると? 片付けが中途半端よ!」

 数メートル先に見える園崎さんの元へ向かう途中に、職員からそんな声がかかる。

「あっ、園崎さんのトイレ介助です! 後で片付けします」

 職員が目をパチっとさせながらうなずいたので、そのまま園崎さんのトイレ介助に入った。

「園崎さん、今から車椅子から立ち上がってトイレに座りますからね」

 園崎さんの体の状態に合わせて、ひとつひとつの動作を声をかけ、お互いの呼吸を合わせながら、園崎さんの上体を車椅子から起こす。園崎さんは足にほとんど力は入らない。園崎さんの下半身がプルプルと震えているのがわかる。
 園崎さんの体重のほとんどを、僕の腕、腰、足で支える。無事に便座に座った園崎さんの息づかいが荒くなる。

「大丈夫ですか? 痛いとこありませんでしたか?」

 園崎さんに確認する。

「ありなおう」

 便座の両脇の手すりに園崎さんの両手をかける。少しだけ力を入れて、その手すりを園崎さんが掴む。掴むというか、置いたというべきか。それほど園崎さんの腕の力は弱々しい。一息ついた僕は、ふとレクの片付けが中途半端になっていることが気になった。
 園崎さんの介護状態からして、本人がトイレ中であっても、その場から離れることはできない。便座から床に滑落するリスクがかなり高いのだ。トイレの便座は、車椅子ほど園崎さんの座位を安定させることはできない。ましてや両脇にある手すりは、掴むものではなく、手を置いているだけのものになっている。
 園崎さんのトイレが終わるまで、僕はその場から離れることはできない。朝礼で上司が言っていた「事故のないように」を僕は頭の中で繰り返していた。ただ、レクリエーションの片付けがどうしても気になった。
 このまま園崎さんのトイレ介助に、仮に10分以上かかったとして、その後でレクの片付けをするには遅すぎる。すでに施設のフロアは、昼食の準備で慌ただしい。それに加え、レクの道具はその準備を幾ばくか邪魔する存在になる。そう考えると、トイレ介助を終えた後に、僕は職員からこう言われるだろう。

「レク道具は片付けておいたけんね」

 業務の流れを遂行しただけの職員から、きっとそう言われる。それは決して恩を着せられるということでもなく、平常運転であり、もちろん悪い事じゃない。むしろ効率の良い業務の役割分担であり、チームワークと言ってもいい。
 だけど僕は、それに嫌な気分を感じた。

 今、僕がやるべきことは「園崎さんのトイレを無事に済ませること」なのは理解しているし、はっきりともしている。でも、どうだろう。まだ起こってもいない滑落のリスクよりも、進行中のレクの道具の片付けが中途半端にじゃっているということの方がすごく僕を嫌な気分にさせる。
 数秒経過するごとに「事故のないように」という上司の言葉より、「片付けが中途半端よ!」という職員の声が、僕の頭を支配していく。

 僕が想像している職員の効率の良い業務の役割分担は、僕がレクの道具さえもろくに片付けることができないというレベルの低さを笑っているような感覚にさせる。そうだとは言えないけど、そうだとも言える。日頃の流れから考えても、もちろん良い意味で、そうなるわけだら気にする必要なんてない。そして僕はそこでこう言えばいい。

「片付け、ありがとうございました」 

 それで済む話だ。なのに何故だろう。僕はその予想する結果に納得ができない。外は晴天。でも僕の心に小雨が降っている。

 このまま園崎さんを数分だけトイレに残し、ササッとレクの道具を片付けて、園崎さんのトイレ介助も無事に終える。それって完璧だ。閃いたように、そう思った。

 園崎さんがトイレの便座から滑落するというリスクは、トイレ介助後に、僕が中途半端に残したレクの道具を職員に片付けられているという業務よりも、遥かに低い確率なのではないか。今まで何度も園崎さんのトイレ介助をしてきたけれど、便座から滑落しそうになったことは一度もなかった。そんな浅はかな経験が、目の前のリスクを軽視させた。

「園崎さん、ちょっとだけここを離れてもいいですか?」

「だいひょうふ」

 園崎さんの大丈夫という言葉を、僕は信じた。いや、それは信じたというより、ただ交わされる「おはよう」という言葉と同じ匂いのものだった。

「しっかり座っといてくださいね」

自分に念を押すように、そう言い残しトイレを出た。

 談笑する利用者の声、昼食の準備に追われ、セカセカと動き回る職員を横目に、いつもより足早な動きでフロアを一直線に進む。
 数メートル先で散らばったままレクの道具。それを視界に捉えた瞬間に、僕は胸の中にガッツポーズをした。
 散らばったままのレクの道具が、僕の想定した完璧な未来への一矢を報いる。大丈夫、大丈夫。ドクンドくンと鳴る心臓の音が、いつもよりもよく聞こえる。

 慣れた手付きでレクの道具を一つ一つ片付けていく。その間、園崎さんのことは、無理矢理に頭の中から遠ざけていた。
 テレビから聞こえてくる笑っていいとものオープニングテーマ。それに合わせるように、タモリさんの声が聞こえてくる。その声は、たくさんの利用者の笑い声を引き出していく。それに負けじと、蝉の声も鳴っている。

 レクの道具を片付け後、園崎さんのトイレ介助に戻りながら、僕は晴れ晴れとした気持ちになっていた。
 園崎さんのトイレ介助をしながら、レクの道具も片付けた。なんとも言えない達成感が、小雨の降っていた僕の心に晴れ間を作る。ほら、完璧にできたじゃないか。なんだか自分が仕事ができる奴になったみたいで、足取りがさらに軽くなった。
 自分の思い通りに事が運ぶと誰だって自然と嬉しくなる。誰にも見られないように、口元を緩ませながら、トイレの引き戸のドアをスッと開けた。

「あっ…!!」

 僕は声にならない声をあげた。園崎さんは顔を地面の方に向ける状態になっていた。すぐに園崎さんの体を戻そうしとした瞬間に、一気に園崎さんの体が人形のように傾き ――

ドサッ……!!

 園崎さんは、僕の目の前で滑落した。

 ものすごく重くて鈍い音。骨と肉と床が重なるそれは、園崎さんの痛みをも感じさせる。
 毎秒のように繰り返していたはずなのに、まるで初めてするみたいに、息がうまくできない。

 体中の血液が、一斉に蒸発していくのが分かる。
 その鈍い音を聞きつけた職員が集まってくる。
 その足音ひとつひとつが近づいてくる度に、僕の目の前の景色を徐々に奪っていく。

 僕が確かにさきまで生きていた世界は、忽然と消えた。頭と心の中の何もかもが崩れる音がする。ゴロゴロでもなく、ザザザ―でもなく、ズーンッと崩れていく。
 そこにはもうあの輝かしい完璧な世界は存在しない。その中でも一番崩れてしまったのは、園崎さんの世界かもしれない。

 もう息ができなくなった。

 目の前に起きたことに、僕はただ震えた。

 想定していたことができるできない、起こる起こらないに関わらず、人の命を前にして、そのリスクを軽視した僕の選択は、自分の人生のそのもののクオリティを象徴しているかのようだった。そしてその本質は、僕が思っている以上にもっと深くにあるのかもしれない。

 僕らは一人で生きながら、人と生きる以外の選択肢はない。その中で満たしていく私欲など、紛れもなく悪なのだ。そして、途方も無いほどの中途半端という結果を生むことになる。

 僕が、目の前の園崎さんに触れようとするより早く、看護師が園崎さんの体に触れる。

「園崎さん!! 園崎さん!!」

 看護師が園崎さんの意識を確認するが、反応はない。

 何人かの職員の体の一部が、僕の背中や腰にあたっていく。小枝ほどの細さになった僕の足は、その衝撃に耐えることができず、腰が抜けるように崩れた。

「救急車救急車! 早く呼んで!!」

 看護師の理性を失った声が、僕の心臓を鋭く貫く。

 タモリさんが、ゲストの方と映画の話題で盛り上がっている。それを見ながら笑う利用者の声。そして蝉の声が一段と鳴っていた。

 僕が初めて生きる世界は、とてつもない恐怖の中にあった。

***

 病院の独特な匂いが、鼻の奥から入り込み、僕の心臓の鼓動を早くさせる。すごく怖い。どうしようもないほどの罪悪感がで、吐きそうなくらい気分が悪い。

「申し訳ありませんでした。二度とこのようなことがないように……」

 緊急治療室に入った園崎さんを待つ間、上司は園崎さんの長男に深々と頭を下げ続けた。僕もそれに順次て深々と頭を下げる。
 園崎さんの長男の足元は動かない。

「いえいえ……」 

 淡々とした長男の表情は変わらない。そして僕らを責めもしない。何をか言ってほしかった。何やってんだこの野郎!って、僕を責めてほしかった。
 園崎さんが倒れた瞬間の映像が、頭の中でずっと繰り返されている。
 僕は、園崎さんが死んだらどうなるのか、そればかりを考えていた。頭がパニックになるというよりも、これが僕の未来を悪い方向へと誘うものになるかもしれないという実感だけがあった。やっぱり僕は完璧じゃないから。
 不謹慎にも、自衛を考えてしまう本能が、たまらなく園崎さんに対して申し訳ないと思った。

 それから夏の間ずっと僕は、蝉の抜け殻のような時間を過ごした。

***

 蝉の声がいつの間にか消え、夏も終わりかけていた頃、仕事を終えて帰ろうとしていた僕は、上司から唐突に施設の玄関先で腕を掴まれた。
 園崎さんの一見以来、全く前を向けない僕の仕事に対する気力のない姿勢や気だるい態度に対して、上司は詰め寄ってきた。

 上司は、僕の失敗のことを怒っているのではなく、その失敗から何も学ばず、いつまでも引きずったままでいる僕のその態度に怒っているのだ。もちろん、それは自分でも分かっている。だから僕だってどうにか自分の気持ちを復旧させようと必死だった。
 二度とあんなことがないようにしないといけない。でも、そんな風に思えば思うほど、僕の心の声が「中途半端だからだよ。そもそも完璧に仕事なんてこなせないんだから。」と、すぐに復旧作業を中断させ、またガタガタと崩していく。
 その繰り返しに、僕はほとほと自分が不憫になり、悲劇のヒロインでもきどっているしかなかったのだ。

 どうあがいても自分を正当化できない立場であることが、ひどく僕の気持ちを悪くさせる。もちろん正当化するつもりはないのだけれど、どこに自分自身を置き、前を向かせればいいのかわからなかった。というか、前を向くことが園崎さんに対して、逆に申し訳ないとも思っていた。

 「すみませんでした」

 ただそんな風に謝るしかなかった。けれど、なんで僕は上司に謝っているんだと不思議にも思った。

「みんなお前のこと心配しとっとぞ! しっかりせろ!」

 上司は呆れたように僕にそう言い残し、事務所の部屋へ戻って行った。

 責められてもおかしくないし、もっともっと責めてほしかった。もっと僕を落ちるとこまで落としてほしかった。そうなれれば、もっと楽な逃げ道はいくらでもあった。
 だめだ。やっぱり続けられない、こんな仕事。いや、こんな仕事というか、こんな自分を続けるわけにはいかない。

 会社を足早に出た僕の目に飛びこんできた夏の夕暮れは、ふるさとのそれとは全く違う表情を見せている。物思いに耽るまでもなく、ずっと気分は最悪なままなのに、ずっとそれを見ていられるようだった。

 汐里に「今から行くね」とメッセージを送りながら、奈々美からのメッセージが視界に入ってきた。

「最近会ってくれないし、メールの返事も遅いし。私のことってもう好きじゃなかやろ?」

 少しだけ罪悪感を忍ばせながら、僕はそっとケータイをそのままポケットに入れ、翌朝になってから「わからない」とだけ返事をした。

第四章
「どんな苦境に立たされようとも 明けない夜はない」

 ワンルームの部屋と明るく煌めくような外の世界とをつなぐ朝の光。紺色の淡く薄汚れたカーテンのかかる窓に、ひんやりと霜が降りている。
 ダンボール箱の上に荷物のように積み上げられた14型のフラットテレビの目の前に、片手で円を描けるくらいのテーブルがポツリとあり、その間を縫うようにして、フローリングの床にそのまま敷かれた布団と僕。

 携帯電話のバイブレーターが数日洗髪していないべっとりとした髪のかかる左耳のあたりでブーブーッと揺れ、奈々美からのメッセージをレインボーカラーのイルミネーションで知らせる。
 その振動と光を少しだけ感じながら、顔に当たるヒヤッとした冷気に、肩をブルブルッと激しく震わせ、目を覚ました。
 折りたたみ式の携帯を左手で取り、仰向けになっている顔の前でパカッと開き、「会いたいとけど」というメッセージを棒のように読む。「わからない」とだけ返信して以来の彼女からのメールだったが、もう何も感じなかった。

 そんなことよりも何よりも重い。ひたすらに体が重い。
 天井には、黄土色のスプレー缶で奇想天外に描かれたような乱雑な模様をしたタバコのヤニ。そして、もはや人類が必要とする酸素と呼べる空気はなく、鼻の先きから入り込んでくるのは 、しつこいタバコの匂いと3日連続で僕の胃袋を満たした空っぽのカップラーメンの残り香。

「イエーイ!ワッツストーリー モーニンググローリー!」

 ブツッ!!

 寝起きから気合いを入れるために、社会人1日目から、目覚まし代わりにAM7:00に設定されたoasissの「Morning Glory」。 ホコリのついた小さなCDプレイヤーのリモコンで、何かの番組のイントロクイズに回答するくらいの早さで停止ボタンを押した。
 それは、僕の不快な朝の空気を活気づけることもなく、ただ消え失せた。

 起きたばかりで口の中が粘っこい。無理矢理に嫌いな奴からその口に手を突っ込まれ、心臓をガツンと引っ張りだされているような胸糞の悪さもある。
 やはり今日も、順調に最悪の朝だ。
 社会人になってから迎える「朝」というものが、学生時代のそれよりも辛いなんて知らなかった。学校行くのマジでめんどくさい、だから早く大人になりたい……そんなタバコの煙を吐くのと同じように吐き捨てられていた言葉は、実際に社会人になるとただのゴミと化し、スタバの甘いフラペチーノのとの相性だけが良かった。
 仕事に行くのマジで嫌だなぁの心をえぐるような嫌な気分は、学生の「学校に行きたくない」というそれとは、天と地ほどの差があるように思う。いや、あるように思うではなかった。実際にそうなのだ。ましてや自分で選んだ未来でもなんでもないのだから、当たり前と言えばそうだとしか言いようがない。

 学生時代に、自分とは?人生とは?という答えのない答えを探すようによく読んでいたシェイクスピア。その言葉の中に「明けない夜はない」とある。
 それは「悪夢にはいつか終わりが来る」という意味が隠されているという。「必ず光が射す」と言いたいのだろう。 そんなことをふと思い出しては、どうもでいいとも思った。
 シェイクスピアは、実際に僕を助けてはくれないのだ。というか、シェイクスピアの助けを待っていられるほど、僕は自分の人生を他人任せにはできないのだ。
 なんとかしなくちゃならない時、どんな苦境に立たされようとも、自分でなんとかするしかいないことは、分かりきった人生の答えでもあった。

 もう落ちるとこまで落ちたじゃないか。後は上がるだけだ。いや、待て。それは違う。落ちるとこまで落ちたんじゃなくて、落ちる時はどこまででも落ちる。だから、そろそろ上がらなければ、人生の挫折を経験したあの時のように、このまま底なしに落ちていくだけだ。ちくしょう。
 そんな風に考えられるということは、自分の気持ちが前を向こうとしている知らせでもあった。

 眠たい目をこすりながら、顔を洗い、仕事へ行く準備をする。
 天井から差している光の中心部から垂れ下がる紐を引いて、部屋の電気を消した。
 少しだけ軽くなったような足の感覚がある。かかとが磨り減ってきたスニーカーにグッと足を入れる。居心地が悪かったそれは、いつの間にか僕の足に吸い付くようにピタッと収まっている。

 玄関を出ると、そこには見慣れた景色が広がり、変わらぬ道がある。溜め息を吐きながら、サビのひどくなった鍵穴にバイクのキーを差し込む。
 数秒前にいた場所に、ひどくうるさいマフラーの音をいつものように残していく。その音は、もう僕の気持ちを鼓舞したりはしない。当たり前の音に成り代わっていた。
 ハンドルを握りながら、アクセルをふかすが、風は感じない。感じるのは少しだけ腫れのひいてきた心の痛み。
 
 園崎さんの滑落後の状態は、奇跡的に外傷は少なく、念の為の検査入院を終え、自宅療養となっていた。
 入院中に何度かお見舞いに行こうとしたけど、行くことができなかった。どんな顔で会えばいいのか分からず、ただただ無事を祈るだけだった。
 そして今日から、僕の施設にまた通いだすことになっていた。

 園崎さんに会いたい。けれど、会いたくない。仕事を休めたらどんなに楽だろうか。でも、きっとこのままではダメだ。

 このタイミングを逃したら、僕はずっと変われない。

***

 いつものように利用者の声が玄関先で賑わい出す。
 園崎さんの姿がチラッと見えた。少し足に力が入っているせいか、僕が一瞬だけ不安な顔を見せたのを上司は見逃さなかった。

「頭の中にある言葉を、そのまま言えばよか」

 上司はそう言いながら僕の肩をポンッと叩いた。

 園崎さんのところまでの数メートルが近くて遠かった。園崎さんの目の前で、僕は腰を下ろし、ありったけの涙を目の中に溜め込みながら、園崎さんの暖かい膝に手をついた。そして、すぐに泣き崩れた。

「園崎さん……本当にごめんなさい」

 僕の頭に弱々しい園崎さんの手が乗る。そして少しぎこちなく僕の頭を、上から下へと撫でながら、何の躊躇もなく ー

「ありなおう」

 園崎さんは、いつもと変わらない暖かい笑顔で、僕にそう言ってくれた。
 介護という仕事をしていると、「おはよう」の次によく交わされる「ありがとう」の言葉。そんなありふれた言葉は、今まで聞いたものよりも、ずっと優しかった。
 この仕事を始めて、心の底から本当の人の暖かさに触れたような気がした。

 僕は、自分が人殺しになるんじゃないかとずっと不安だった。恐怖だった。嫌だった。人の道から外れた事をしてしまった感覚に襲われていた。
 その重圧に、夏の間中ずっと僕は、知らぬ間に押しつぶされていた。苦しくかった。けど、園崎さんとまた会えた。そして、ちゃんと謝ることができた。

 夏休みの休暇でも取っていたかのような僕の時間が、哀愁漂う秋の風と共に、ようやく動き出した。

第五章
「世界が終わったような顔」

「今日、日曜だから休みよね?ちゃんと話したかけん、今から家に行くけん」

 奈々美からのメールに気づいたのは、昼を少し過ぎた頃だった。そのメールを受信してから、すでに1時間が経とうとしていた。電話やメールを今更しても、もう遅い。やばい、奈々美がもう来てしまう。

 「会いたい」と連絡が来た時、「会いたくない」とだけ返信をしていたのだが、もういい加減、僕の素っ気ない態度に腸(はらわた)が煮えくり返っているに違いない。「家に行ってもいい?」と聞くのではなく、「家に行くから」というのだから、僕の返事の有無は存在していないようだ。

 飛び起きるということはこういうことを言うのか。ほんの1秒前まで寝ていたとは思えない、今までに経験したことがない目覚めの良さ。いや、目覚めは良いのだが、目覚めの悪いことでもある。
 とにかく迫りくる事態に、少しでも抵抗するために、やるべきことがある。

 僕は勢いよく真上に掛け布団を蹴り上げて、隣で寝ていた汐里の体を激しく揺らす。汐里は手グシで髪をとかしながら、目をこすり、少し驚いているような表情で僕を睨んでいる。ザザーっという雨の音が、僕の耳を少しかすめる。
 道端に落ちている大金でも拾うかのように、脱ぎ捨てられた汐里の下着を掻き集め、介護の仕事で鍛え上げられた介護技術で、靴下、下着、ジーンズ、Tシャツを上手に着せていく。

 汐里は僕をずっと睨みつけたような表情のまま、何かをブツブツと言っている。けれど僕は、「マジでごめん」という言葉でそれを何度もかき消す。
 汐里は少し不服そうにしながらも、なんとなく状況がつかめたのか、割とあっさり僕のアパートを出ていった。それは、僕らの関係を象徴するかのようで、なんとなく寂しくもなった。

 それから数分も立たないうちにピンポーンという玄関のチャイムが鳴った。

 壁にかかっているホコリだらけの時計に視線をうつし、食べかけのコンビニ弁当が乗ったテーブル、そしてほとんど使われていないキレイな台所、無造作に散らばる布団に目を向け、何かしらの問題がないかを慌てて確認していく。自分の部屋にいながら、自分の目のやり場に困った。明らかにおかしい。僕は明らかに普通がわからなくなっていた。

 僕はいつもどんな顔で、どんな声で、どんな態度で、どんな笑顔で、どんな雰囲気で、奈々美と会っていたのだろうか。とても遠い昔のように思う。そして、否応なしに彼女との思い出が頭の中をぐるぐると周りだし、鶏の生肉を丸飲みしたような気分にさせる。

 こちらの反応や留守などはお構いなしに、ガチャッとドアノブを持つ音がした瞬間に玄関が開けれられた。
 もちろん来てほしくなんてなかった。けれど、もうそこ奈々美はいる。
 唐突に来た彼女のことを、一方的に悪者にしたてあげたくもなった。でもそれは、数ヶ月も冷たい態度を取ってきた自分の立場からして、微塵にも感じてはいけないことなのかもしれない。そんな小さな自分に、同情すら覚えてしまいそうになる。同情しなければならないのは、奈々美に対してのはずだ。いや待て、そもそもそれは彼女のせいでもあるのだ。

 足取りはもちろん軽いとは言えない。僕はトボトボと彼女が立っている玄関に足を向ける。床の冷たさが、いつもよりも体に染みてくる。ギシギシと音を立てるような歩き方になっている自分が、なんだか情けない。

 普通を装った僕は、数ヶ月ぶりの奈々美の姿を見た瞬間、首筋に力が入る。しっかりと化粧をした奈々美が、僕に視線を一度合わせた後、すぐに僕の足元に目をやった。
 僕は言葉を探した。けれど、もちろん見つからない。見つかるのは「久しぶり」くらいだ。しかし、ここでそんな軽はずみなことが言えるほど、和やかな雰囲気はない。だから無言でいるしかない。それは彼女も同じであるようだ。

 たった数秒のことが、何時間もそうしているように感じられる沈黙。その沈黙は、ニヤッとしてしまった僕の悪い癖を誘発した。その瞬間、奈々美の口が一段とムッと閉まるのがわかった。
 そして、僕の部屋の中を、玄関に立ったままグイッと覗き込みながら、ハッと何かを発見した表情を見せた瞬間 ―

バチンッ!!

 奈々美の冷えきった手が、タバコの匂いに支配された部屋の空気を切り裂きながら、勢いよく僕の頬を叩いた。痛みは感じない、けれど奈々美の心の痛みを少しだけ感じた。

 僕はすぐに後ろを振り返り、奈々美が発見したものが何なのかを探す。もう一度、壁にかかっているホコリだらけの時計、食べかけのコンビニ弁当が乗ったテーブル、そしてほとんど使われていないキレイな台所を確認していく。そして無造作に散らばる布団に目をやると……その布団の横には、使い捨てられたコンドームの袋が、物音ひとつ建てずにそこにあった。

 胸の奥の心臓の音がドッと鳴り、僕の体の自由を奪っていくのがわかる。動かそうにも、動かない。何かしらの動作の司令を脳に送ることすらできないくらい、僕の動きは停止した。

 奈々美は、下唇を噛みながら必死で涙をこらえている様に見える。そして、僕の口から出てくる言葉を、彼女は自分の求めている方向へギュッと手繰り寄せようとしているみたいだ。でも、僕は何も言わず黙り込んだ。真実、言い訳、嘘。いくつもの言葉が浮かんだけど、それらは喉の奥で交錯している感情の渋滞にハマっている。

 立ちすくんでいる奈々美の体をスルリと抜け、目の前にある現実を無視するように、ドアの向こう側のその先のずっと遠くを見る。そうするしか、僕の答えはなかった。逃げたいと思った。そして、めんどくさいとも思った。

 空の上から自分の姿を見下ろしたり、足の裏側から自分を見上げたり、そこにいるようでいないような自分。それは呆気ないほどに小さくて、どこまでもクソ野郎に見える。
 奈々美を抱きしめながら、前みたいに「ごめん」と言うことくらいはできるかもしれない。でも、それをしてしまうと、本当のクソ野郎になってしまう。それは絶対にしてはいけない、奈々美にはもう二度とそんな優しさは見せてはいけないと分かっている。そして、そんな胡散臭い自分よがりな正義感を奮い立たせられる自分が、どうしようもない人間なことも分かっている。

 白い頬を駆け降りるように、奈々美の目から涙が足早に流れ出す。奈々美が、僕に望んでいる答えは知っている。
 あの時、母とスーツ姿のお兄さんが望んだように、その答えは「1+1=2」という答えよりも簡単だ。少し傲慢にも聞こえるかもしれないけれど、「ごめん、またやり直そう」という言葉が、その場所で光輝く未来に繋がるという目を、奈々美は僕に確かに向けているように感じていた。

 始まりがあるなら、終わりはいつか来る。終わりというのは、決して中途半端なことではない。自分の気持ちに反して、終わりを終わりにしないままずっと終わらせないという選択が、中途半端という小雨を降らせる恰好の的なのだと僕は思う。

 もともと奈々美のことが好きでもなかったのかもしれない。飽き性というよりも、誰かを思う気持ちにすら、中途半端な感情を抱くことが多かった。
 「付き合って」と言われれば、好きかどうかもわからない相手とすぐに付き合い。また「付き合って」と言われれば、今カノと比較して決める。それは人を愛せない人間というのではなく、遊んでいるのでもなく、自分に好意を抱く相手にすぐに好感を抱く、ただそれだけの事だった。

 恋とは「一緒にいたいと思う気持ち」だそうだ。でも、その気持ちがずっとはっきりしない。誰かに恋をするということが、どんな感情のものを言うのか、どんな感覚になるのか、僕は「一緒にいたいと思う気持ち」がわからないから、「その意味以外にも恋という感情は存在する」と、無意識に探していたのかもしれない。
 これでもない、あれでもないとか言いながら、好き勝手に人の好意に漬け込んでるだけなのかもしれない。自分でも探し方がわからないまま、「恋」と言える感覚は、誰かからの愛を取っ替え引っ替えしていくうちにわかるものだと勘違いをしていたのだろう。
 でも、20歳を過ぎ、社会人にもなり、見えない自覚というものが芽生え、このまま奈々美とのことを中途半端にしてしまうことだけは避けなければと思っていた。

 ただ、目の前で涙を流す奈々美に同情してしまいそうになる。でも、ここで同情するわけにはいかない。その涙に負けてしまうと、これで三度も同じことを繰り返してしまうことになるからだ。

 一度目は、長崎市の繁華街である浜の町のアーケードを学校帰りに友達と歩いている時、ホスト系の若い人と楽しげに手をつないでいる奈々美を見た時。

 二度目は、奈々美のバイト先のある飲み屋街で、お客を見送りながら、特定の男性と「別れのキス」をしている時。

 その時も奈々美は、僕に「涙」を流した。僕はその涙をTシャツの裾で拭いた後、溜息をこぼしながら抱きしめた。抱きしめるしかなかった。いや、抱きしめているのではなく、なだめていたのかもしれない。
 奈々美の涙は、否応なしに僕を悪者だと言っていた。だから僕は、彼女をなだめながら、自分自身をなだめていたのかもしれない。

 その後も、僕は奈々美と一緒にいることを選んだ。でもそれは、自分でも気づかないうちに、好意というものが同情に変わり、そして「どうでもいい」に変わっていった。

 奈々美が先に僕を裏切ったからとか、奈々美だって浮気したじゃないかとか、そんなことを考えられるほど、もう奈々美に対しての気持ちはなかった。ただ、終わりたい。すぐにでも。それが僕の本心だった。

 そんな僕の空気を察してか、奈々美は水道の蛇口をキュッと止めるように、流していた涙を止めた。
 外の雨が、奈々美が流した涙の続き引き受けたように、少しだけひどくなってきた。雨は、人の涙のように簡単には止まらない。さっき叩かれた頬が、少しだけジンジンとしている。

「今まで、私もひどかことしたかもしれんけど、本当にずっと一緒にいたいと思っとると」

 うつむく奈々美は、とても力強くそう言った。それが本気なのはわかっている。それが嘘でもないことはわかっている。その気持ちは、僕にも痛いほどわかる。でもそれが、嘘でも本当でも、もう関係なかった。いや、関係ないという言葉よりも、どうでもよかった。

「それはもう過ぎたことやけん。俺の方こそごめん……」

 僕らは久しぶりに会話をした。
 僕のその言葉から、小さな小さな光を発見したような表情を奈々美はしていたようだ。
 だから僕は、彼女の表情が軽くなったことを確認してから、ハッキリと言った。

「だけん、別れよう」

 聞こえていないフリをしてすぐに聞き返そうとした奈々美は ―

 世界が終わったような顔していた。

第六章
「いつか東京に行く君」

 仕事を終え、アパートに帰宅した僕は、部屋のテレビと暖房をすぐにつけた。リモコンの設定温度が30度以上上がらないことが少々気に食わなかったが、足を入れたコタツが、それよりも少し早く下半身をじんわりと暖めてくれた。

 今夜の長崎の天気が雪になると、テレビから天気予報士の話す声が聞こえる。それを聞いた瞬間、体がブルッと震える。
 テーブルを触るとまだ冷たかったが、部屋全体がなんとなく暖まってきたので、服を脱ぎ、ユニットバスのシャワーをサッと浴びる。髪と体をタオルで無造作に拭きながら、携帯のメールに残っている待ち合わせの場所と時間を確認する。
 出かける準備をするために、服を取り出そうとタンスを開くと、その中からひんやりとした冷気が、暖まった部屋の中に吸い込まれ、すぐに溶けた。

「ギターを習いたいっていう先輩がおるとけど、教えてもらえん?」

 幼稚園の頃からの幼なじみである聡太からそんな相談を受けたのは、12月初旬頃だった。
 僕は、2年付き合った奈々美と別れた後、汐里とも疎遠になっていた。クリスマス間近だからとか、寂しいからとかそんな気持ちはなく、特に予定もなかったので、二つ返事でそれを引き受けることにした。

「梨花さん、なんか将来はaikoになるとが夢って言いよるとさね」

 聡太は少し笑ったように、森田 梨花(もりた りんか)という先輩の話を僕にしてくれた。
 僕よりも1つ年上の22歳。彼女は、聡太の恋人の昔からの友人で、聡太自身も何度か会ったことがあるという。アーティストのaikoの大ファンで、aikoのようになるために「早くギターを覚えたいから、ギター教えてくれる人ば紹介して!」と聡太の恋人に相談があり、その相談を受け、僕に拍車の矢がたったのだ。

***

 僕の夢は、ミュージシャンになることだった。それは初めて僕が心の底から「やりたい」と思った夢だった。
 ずっと自分の”中途半端な人生”が気に入らなかった。それは、自分が本気で向き合えるものに出会っていないからでもあった。だから、それに終止符を打つつもりで、真剣に夢を追いかけた。自分を変えたかった。世間をあっと驚かせたかった。そして、特別になりたかった。就活とか、安定とか、そこへは行きたくなかった。

 当時は、今で言う”個の時代”と言われるような社会ではなかった。
 社会といえば、どこまでも”安定”という場所を探すことが僕らの時代の生き方だった。でも僕は、自分が自分であることの意味を、自分に自分で分からせたかった。
 就活ではなく、自分自身の変活を目指した。しかし僕は、見事なまでにそれに挫折したのだ。

 大阪で毎日のように”音楽”に時間を費やした4年間は、僕の人生の中で一番もがいた時期でもあり、汗が光っていた時期であるのかもしれない。しかし、なりたいものにはなれないまま、無意識ながら僕は敷かれたレールに乗っている。無意識という言葉が出てくる時点で、それは意識していることでもあったのかもしれない。
 それは「努力が報われなかった」ということではなく、”才能”という言葉が、すごく残酷に僕の夢を踏み潰すかのような感覚だった。
 どんなにバイトしたって、どんなバカにされたって、どんなにギターを練習しても、どんなに人前で歌っても、どんなに毎日のように24時間ずっと音楽のことばかりを考え、四苦八苦していても、それは叶わなかったのだ。

 人生というものが、いかに不平等なものかを切実に肌で感じた時期でもあった。

 「でもやっぱり努力が足りないからだ」と言われれば、そうだったかもしれない。でも、才能が努力で補えるなら、僕は努力し続けることができたかもしれない。それが自分の好きなことだったのだから。でも、違った。
 結局、「歌が上手い」は、周りから秀でることはなかった。それは、足のサイズが25cmの僕が、28cmのスニーカーを履きこなせないというものと同じだった。声の性質や歌声までは、どんなに努力を重ねようと変えることができないのだ。

「叶わない夢を、いつまで追いかけるつもりなんだ」という自分の声が、社会の声であるかのように、次第に大きくなるにつれ、「いつか」が「まだ?」に変わっていった。
 社会は、夢を追いかける僕をいつまでも待ってはくれない。それは自分自身もそう感じていた。誰かに評価されるまでには時間がかかる。それはわかっていた。けれど、それが日の目を見ない限り、中途半端というものは”成功”というものにはなり得ない。誰かに自分の歩む人生を評価してもらわない限り、自分の人生を「成功」と語ることはできないのだ。いや、許されないのだ。自分自身でさえ、それを許してはくれないのだ。 

 「簡単に成功者になんかなれるものじゃない」と人は言う。そして思っている。実際に肌で感じた僕も、その苦しさと難しさは知っているつもりだ。それは、億万長者になるとか言うものではなく、自分の夢を叶えるというスタンスでの話。
 音楽というものが、才能というものでしか成功できないという現実にすり替わった瞬間に、僕は人生の希望の光を失った。そしてそのまま、とても深い人生の挫折を経験した。あの時、僕にはもう何もなかった。

 懐中電灯さえ持たないまま、暗いトンネルの中を、光が指す方へひたむきに足を向けた結果、そこに出口ではなかった。
 こんなにも人生って、上手くいかないものなんだ。そう思うしか、僕が納得できる答えはなかった。

僕の《プロフィール》にそれについて書いているので、時間の許す方は読んでください。

***

 途切れないヘッドライトの光。一台の車がその光の中から抜け出すように、テールランプを真っ赤にさせ、長崎駅前に駐車していた僕の車の前方に止まる。
 両手に抱えきれないほどの買い物袋を持った女性が、うさぎのように飛び跳ね、その車に乗り込む。そして、無数のヘッドライトの中にもう一度消えていった。
 世界中の人々が、あらゆる悲しみや苦しみに短期休暇を取らせるように、イルミネーションの光に幸せを象っていく。
 家族や恋人たち、友人たちは賑わい、誰でもない誰かは孤独を噛みしめる。そんな温かさと冷たさは、雪が降り積もる様を、天国にも地獄にもする。

 コンコンッ と車の助手席側の窓を叩く音に、一瞬ビクッとして、読んでいたケータイ小説を慌てて閉じる。少しドキドキしながら、助手席側の窓に目を向ける。

 森田 梨花は、耳に少しかかる茶色の髪とクリっとした目をこちらに向け、雪のように白い肌に、赤い口紅を際立たせながらニコッと僕に笑いかけてきた。

「イッペイくん?」

 「はい、そうです」

「あっ、良かった。寒くてのさんやったと」

 彼女は、とてもフランクに口から白い息を吐きながら寒そうな手付きを交え微笑んでいた。
 助手席のドアを手袋をつけた左手で開け、暖かかった車の中に冷たい風を吹き込ませた。
 暖まっていた車内が急に冷えたのに、僕の体温は上がった。

「今日、雪やね」

「そうですね」

 ありきたりな言葉は、男女の出会いの場では、ありきたりの空気を温めてくれる言葉になる。
 寒さなのか、恥ずかしさなのか、彼女の白い頬は、赤くなっている。それを見ている自分の頬も赤くなっていたと思う。

 ものすごく胸がキューッとなった。

 その日を境に、僕らは毎日会うようになった。あてもなくドライブをしたり、くだらない話をしたり、ただ過ぎていく時間が無限にあるように、ただ一緒にいる時間を重ねていった。
 ギターの練習は、初めて会った日に一度だけ。それでも彼女は時々、「aikoになりたい」と、口癖のように言っていた。

 僕が彼女に告白した12月16日の夜も、そんなことを言っていた。

 目の前に広がるのは、暗くて何も見えない夜の海。聞こえてくるのは、車のエアコンのゴーッという音と、波のかすかな音、それに彼女の楽しげな声。
 カーオーディオの青っぽい液晶画面とほんのり光る月に照らされながら、彼女はいつも通り、何かの話をしていた。
 僕は「うんうん」と、彼女の話に頷いていたけれど、その話の内容は全く頭には入ってこない。僕は「いつ言おうか」そればかりを考えていた。

 「付き合って」と言われることはあったが、「付き合って」とは言ったことがなかった。だから僕は「付き合って」という言葉が、今までのそれと同じに聞こえてしまうのが嫌だった。だから、もっと違う言い方をしようと考えた。

「友達、やめない?」

 何かのテレビドラマか、はたまた雑誌か、それとも漫画か。何故その言葉を「愛の告白」に使ったのかはわからい。ただ、「付き合って」よりは、当たり前すぎないと思った。海の色は青だけど、青で塗りたくないと思う感覚と似ている。

 彼女は一瞬戸惑った様子だったが、僕の恥ずかしそうな雰囲気と、落ち着かない様子からその言葉が何を意味するのかを察した。

「よかよ。けど、前も言ったけど、私はaikoになりたかけん、いつか東京に行くとよ? それでもよかと?」

「それでもよか」

 始まりがあるなら、終わりはいつか来る。終わりというのは、決して中途半端なことではない。自分の気持ちに反して、終わりを終わりにしないままずっと終わらせないという選択が、中途半端という小雨を降らせる恰好の的なのだ。

 僕は確かに、「彼女と一緒にいたい」という気持ちを抱いた。その気持ちが本当のものなのか、確かめる必要があった。
 もしこの気持ちが本当ならば、長崎でも、東京でも、それこそ海外でも、離れはしないはずだから。

最終章
「15年後」

 二階の窓にさすふんわりとした朝の暖かさと、ほんのりとまだ残っている冬の肌寒さ。
 AM6:00に設定されたiPhoneのアラームが鳴る前に、スクッと目を覚ました。半分眠ったままの体をセミダブルサイズの布団から、右の腕を使って体を起こす。少しふらつく足元を意識しながら、階段をタンッ…タンッ…タンッ…と降りていく。

 健やかな朝の光に包まれたリビングルームに入ると、昨夜子供たちと一緒に遊んだニンテンドースイッチのコントローラーが、革製の黒いソファーの上に仲良く転がっている。
 アンティークなテーブルの上には、「仕事で嫌なことがあった」と、妻が悲しそうに話しながら飲みかけていた4本足の不思議な獣が 、その涙を引きずったまま、まだそこにある。

 最後までaikoのようにギターを弾けるようになることはなかった妻。

「私よりもギターが上手な人が近くにおるとに、その人がミュージシャンになれんとやけん、私がなれるわけなか」

 ギターを弾くのをやめた妻は、付き合って2年目の時に、そんな言い訳をしていた。

 少しくたびれたオーブントースターに4人分の食パンをセットしながら、キリンとnoteがコラボした「社会人1年目の私へ」の投稿コンテストに、何か応募できるネタはあるかな? と考えていた。他の応募作品も見てみようと思ったけれど、見ることができなかった。
 それは、長身の男を見てしまうと、低身長な自分の小ささが惨めに思え、気分が悪くなるのと同じ感覚に近い。良い作品を見てしまうと、そもそも書く意欲さえ失ってしまいそうで怖かった。とにかく、みんなの投稿を参考にするよりも、自分のありのままを書こうと思った。

 寝起き直後よりも少し軽くなってきた体で、再び階段をタンタンターン!っと駆け上がり、悲しみをまだ少し覗かせたように眠る妻と、小学校で九九の段に迷走中の長女、化粧の変わりに鼻くそをつけた次女を起こしていく。

 まだ眠そうな長女に、もう一度学校の時間割りができているかを確認する。次女はおきてすぐ、保育園が嫌だと妻に泣きわめいている。

「もう! そんなに泣かんで! ママハゲるって!」
「だって保育園、嫌とやもん!」
「みんな嫌やけど行きよるとよ!」
「明日は行くけん、今日はばあばんちが良か!」
「どうせばあばんちでゲームとかYouTubeば観るとやろ!」
「うえ〜ん」

 そんな次女の声に反応するように、どちら側の味方につくでもなく、愛犬がワンワンと吠えている。長女は、学校の時間割りが終わった後に、まだ5月というのにも関わらず、夏休みに僕の実家である五島の母と父の家に行く時に持っていくものを、おもちゃのキャリーケースに準備している。何とも気が早い。そして楽しみなのだろう。

 そんな朝。とてもとても、大好きな朝。そして、二度と来ない今日。

 社会人1年目に、毎日のように鳴らしていた50ccのモンキーバイクのうるさいマフラーの音は、いつの間にかハイブリットに変わり、近所迷惑とは全く正反対の音を「行ってきます」の声と共に残していく。
 時間(とき)はすべての動きを変え、ずっと同じでいることを許さない。昨日と全く同じ日なんてない。何かが少しずつ変わっていく。

 15年前に母の薦めで始めた介護が、もちろん嫌いなわけでもない。かといって一生続けたい仕事でもなかった。しかし、色々なことが積み重なり、永年勤続15年賞をもらうなど、今もこうして社会人として初めて就職した会社で働いている。

 そして、今が好きだ。

あなたの時間が許すなら、社会人1年目から同じ会社に勤める僕が、勤続15年になって思う事《僕が辿り着いた人生の本質》を書いています。

 僕は、たくさんの中途半端を繰り返してきたけれど、社会人1年目に、人生の中で誰よりも多くの時間を過ごす大切な人と出会い、大切な会社と環境に恵まれたのだ。

 あの時があったから、僕は人生の中で最も大切な2つのことを手に入れた。そしてそれらはガラスのように壊れやすい。だから、このまま「まっすぐに」それと向き合っていかなければならい。

 母から受け継いだ「まっすぐに」という言葉。

 僕はそれを、愛と呼べるような人になりたい。

あとがき
「社会人1年目の君へ」

 不安と期待でいっぱいだった社会人としての一歩を踏み出してから、15年。介護士として働き始めた僕は、あの失敗(まっすぐに 第三章)を糧にしながら、主任、管理者となり、とりあえずキャリアアップしていった。
 そして、図工や美術、それに音楽のように「自分で作り出すモノゴト」が好きだったことで、会社の運営の企画やチラシや物販の広報、Web制作などを手がけるようになり、最近では社内外のデザイナーとしてのワークをこなしながら、個人で運営している「俺的デザインログ」で自分の好きなモノゴトをブロガーとして発信もしている。

 好きではなかった介護という職業を経験はとても僕の人生を充実させた。今は会社の中での役割(職業)は変わったけれど、好きとか嫌いとか、そういう感情というか、情緒は、人生に欠かすことのできないモノゴトなのは確かだ。

 世界から見れば、僕の持ち味は、普通というカテゴリの中から出られないかもしれない。けれど、僕の周りの世界からは、抜きん出ることができるものもあるのだ。それは、小学校の時に書いたつまらない絵が象徴しているように、努力では補えばい”才能”というものが、誰にでもあるのだと思う。
 傲慢に聞こえるかもしれないが、謙遜していては何も始まらないということを、この15年で知った。
 自分が当たり前と思っていた能力は、他者にとっては当たり前ではない能力であるかもしれない。他者にとって当たり前ではない能力は、その世界から抜きん出る可能性を秘めている。
 自分の持っている能力を、他者と比較するには ―

 とにかく何事も自分から発信(出す)していく必要がある。

 自分の中だけに存在するモノゴトは、何にもなれない。自分の外に出さないと、何かにはなれないのだ。

 そして、過去は絶対に二度と変えられない、変えることができない、劣化することもできない、変えられない現実として記憶に残る。

 でも「今」からは変えられる。未来ならいつでも変えられる。何かを「今」始めれば、何かが変わるきっかけになる。

 あの時にこうしていれば、あの時の奈々美(元カノ)の気持ちを察して、もっと温かく受け入れることもできただろう。そうすることで、僕のとなりにいる大切な人は、変わっていたかもしれない。そんなことを考えていると、自分が今どこにいるのかわからなくもなる。
 すべてが中途半端に思えて、本当に自分は「完璧に何かを成し遂げることができない中途半端な人間だ」なんて思いが、錯綜する。

でも ―

 それでいいのだとも思う。それではダメだとも思う。それを繰り返していくのだと思う。だから、それを繰り返せば良いのだと思う。やがてそれは、中途半端ではなくなり、まっすぐな何かにつながっていくのだ。

 何をやっても中途半端で続かないのではなく、続けられるものに出会っていないだけなのだと思う。だから、たくさん中途半端なことをすればいい。

「なんでもかんでも中途半端にせんで、まっすぐせんばとよ。」

 その言葉の先には、母の「まっすぐに」という答えが見えてくるのだと思う。母が言う「まっすぐせんばとよ」には、「いつかきっとそうならないといけない」という意味が隠されているんだと思う。

 「今は中途半端でもいい。けれど、いずれは何かをまっすぐにしなさい」それを母は僕に言っていたのだと思う。

※上記の写真の手紙は、15年以上前に、僕が大阪で音楽活動している時に母から届いた小包の中に入れられていた「人生まっすぐに」と書かれた実際の手紙です。新聞の折込チラシの裏にザクッと書かれているので、母がとっさに思い立ち、書いて小包に入れたのだと思います。

 そんな母の思いに僕は向き合ってきたので、99個の中途半端と、たった1つの継続性を大事にする人間になった。それは、99個の人の短所でその人を決めつけるのではなく、たった1つの長所でその人の価値を見出すことが大事だと思う僕の価値観を形成している。

 中途半端がダメじゃない。中途半端が良くもない。でもそれは、誰にでも開かれる通過点に過ぎないだけ。
 いつも透き通るように聡明でまっすぐな母と、実の父以上にいつも僕を愛してくれる偉大な父から教わった人生の教訓だ。

「イエーイ!ワッツストーリー モーニンググローリー!」

 oasisの「Morning Glory」という歌のように、どんな選択をしようと、どんなに中途半端なことをしようと、たくさん何かを始めていけば、いつかきっと新たな栄光の夜明けとともに、目の前にまっすぐに登っていく、大切なものとなる。

 このあとがきを書きながら、川崎殺傷事件や公園の砂場に車が突っ込んでなくなった保育園児、埼玉で起こった夫殺害事件、アイドルの大麻、朝から子供の学校の準備が遅くて怒鳴っている僕、そんな風に世界は動いている。悲しくなる。けど、悲しんでばかりはいられないとなる。そして気づけば、止まっているのは自分だけだと気づく。

 すべてを同じで考えることはできないけれど、こんなにも世界のモノゴトは、昔も今も混沌としているのだ。それだけは変えられないのだ。

 そんな中、これから「個の力」という大きなビッグウェーブが起こる。「好きなことで生きていく」なんて言葉は、すでに当たり前なのかもしれない。好きなことをしていない人が、さも人生の敗者であるかのうように言われる時代がきている。

「協調性」が高く評価された時代から、「個性」が評価される時代になる。

 でも、論破するとか言いくるめるとか議論するとか正義や悪とかいう問題ではなく、誰しもが「調和」という目的を持って、何事にも前向きに生きてほしいと思う。

人生をどう生きるのかを決めるのは、社会ではなく、自分だ。

 拙い文章で3万字にもなった僕の社会人1年目の自伝をここまで読んで下さり本当にありがとうございました。あなたの貴重な人生の時間を、僕のnoteに費やして頂いたことに、深く深く感謝申し上げます。並びに、「社会人1年目」というテーマのnoteを、隅々まで読んでいる担当スタッフの方々も本当にお疲れ様です。
 ありがとうございました。

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