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マチネの終わりに/平野啓一郎 読書感想文

40歳をむかえる年に

朝の散歩中、
夏の到来を告げる音が遠くに聴こえます。
アブラゼミのジリジリジワジワの夏がやってきました。
どうやら梅雨明けのようです。
空の色が違います。

個人的な話ですが、40代を迎えようとする一年。
不思議な偶然のはからいで、2冊の「40歳」という年齢設定の本に出会うことになりました。
1冊目はホリエモンさんのゼロ。
2冊目は、亡き母の蔵書から見つけた、
平野啓一郎さんの「マチネの終わりに」。

今日は平野啓一郎さんの小説「マチネの終わりに」について書きます。

《ベニスに死す》症候群

また私的な話ですが、現在、会社でもある程度の地位につき、
比較的平穏で安定した日々を送っています。

そんな中、仕事に生かすための学びを得るために見始めたYouTube。
皮肉にも、ビジネスYouTuberたちがこぞって、
安定を手放してチャレンジするように、
と説いていました。

御多分にもれず、私もそれに感化され、
ブログを始めたり読書をしたり。
そんな折のコロナ禍で、時間が生まれ、
さらに仕事と自分のあり方、
これまでとこれからを、
より深く考えるようになりました。


物語の中で「ベニスに死す」症候群、という表現が出てきます。

この《「ベニスに死す」症候群》とは、「マチネの終わりに」のヒロインである洋子の父の造語で、その定義は洋子のセリフの中で、以下のように語られています。(そのまま引用します)

「中高年になって、突然、現実社会への適応に嫌気がさし、本来の自分に立ち返るべく、破滅的な行動に出ること」

ちなみに、「ベニスに死す」のあらすじについて。
「ベニスに死す」の主人公アッシェンバッハは、年老いた芸術家。
美少年(!)タッジオのあまりの美しさに心を奪われ、
自分自身は白化粧をするなど若作りをして、そのタッジオを追い求めます。
その頃ベニスでは、ペストが流行。
その危険を知りながら、アッシェンバッハはタッジオを追い続け、
ついにはペストで死ぬという話。
そのバックの音楽には、マーラーの最も悲劇的(私の主観ですが)な作品、
交響曲の第5番の第4楽章、アダージェットが採用されています。

そして今の自分を取り巻くモードが、
「会社に無思考にコミットする自分に疑問がわき、本当の自分とは?と考えている状態」
「読書という『美』への没入」
「コロナ禍」

さてさて、これは「気を付けろ」というメッセージでしょうか。
そんな事を考えながら、読み進めていきます。

「マチネの終わりに」を読んで感想

ストーリーの柱は2人の登場人物。
スランプに陥るクラシックギタリストの蒔野聡史。
バクダッドで命が危機にさらされる中、取材を続ける小峰洋子。

平凡な日常とは極北にいる2人にとって、
最も幸福な瞬間、それは2人で過ごす平凡な時間。

この2つのよく似た流れを持つ主題が、
結びつきそうで結びつかない
もどかしさと切なさ。

そこへ登場する人物が、
その2つの流れを結び付けたり、
あるいは決定的に引き裂いたり、

全てが無駄なく、
物語上の不意で不幸な偶然も含めて、
整然と配置され、必然性を与えられています。

なぜ2人がこうも遠回りをしないといけないのかと思いますが、
最後のシーンに至るまで、それが全てが必然だったと分かります。

ただただ、なんて美しい小説。
そしてとても音楽的。

音楽に例えるなら、シンフォニーのように、
動機(メロディの断片、登場人物)がそれぞれに意味を持ち、
その経過の中で、軸となる
「過去は変えられる」という結論が、
蒔野と洋子という2つの主題(メロディの固まり)を通じて、
時にあまりにかなしく、
はかなく、まばゆく、そしてうつくしく変容していきます。

1つのメロディが、和声を組み替える事で、
悲しい歌にもなれば、楽しい歌にもなるように。
登場人物や、起こる出来事によって、
「過去」の色合いが変容していく。

その全ての均整の取れた要素は、
図形に表したくなるほど。
完璧な構成を持っています。

そして、そこに描かれる物語の
切なくなければたどり着けない美しさ、
美しくすることでしか救われない切なさ。

そういえば「ベニスに死す」の映画で、バックに流れていたのが、
マーラーの交響曲第5番の第4楽章、アダージェットでした。
その曲も「絶対に失ってはいけないもの」を失った
たとえようのない悲しみと、その受容を描いた音楽のように感じていたのですが、
そういう意味で、この「マチネの終わりに」と通じるものを感じました。
それに続く最終楽章ではまさに「過去は変わる」ように再現されますし。

そんなことを感じながら、どこか古傷がうずくような感傷にひたりつつ、
本を読み終えました。

40を迎えようとする年、出会った1冊。
深い感傷と感動を心に残しましたが、
それが今後の自分にとって、どういう意味を持つのか、
今はまだよく分からずにいます。

今日は以上となります。
最後まで読んでいただきありがとうございます。

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