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あのアパートでの金縛りの話。

25歳くらいの時、福岡から大阪に引っ越しをした。住んでいた場所は大阪市の端っこの方だが、大阪市の中心の梅田や難波には一回の乗り継ぎで行けた。スーパーも駅の前にあって、コンビニも帰り道にある。家賃は4万円。10帖の1K。立地、利便性、家賃、広さ、どれをとってもお得感が満載の家賃だった。

僕は一人暮らしも初めてで、友達も一人もいない状態で、仕事もまだ見つかっていなかった。とてつもなく不安で仕方なかったけれども、それでも意気揚々と大阪での生活を開始した。その部屋も、街も、大好きだった。

当時、大阪で知り合った人たちにこの家賃を言うと、「やすいなー!」という答えが返ってきた。たまに、「幽霊でもでるんちゃうの?」と冗談めかして聞かれることもあった。僕はその質問にいつも真顔でこう答えていた。

「はい」と。



とある夜、部屋でパソコンをいじっていると、風呂場から、

バンッ‼ 

という大きな音が聞こえた。お風呂の中で誰かが壁を叩いたような音だ。風呂桶でも落ちたのかなと思って見に行ったのだけれど、見に行く途中で気づいた。


風呂桶はない。


おそるおそる風呂のドアをあけるが、もちろん誰もいない。そして何も落ちていない。そもそも落ちるものはない。

たぶん、気おんのへんかでプラスチックがゆがんだりして音がでたんだろうな、やきそばUFOのゆ切りの時の音、けっこうびっくりするときあるもんな。ベコンッ!!って。あれこわいよな。これもたぶんそれだわ。うんそれだわ。

ドアを閉めて部屋に戻ろうとした。

ふと風呂の天井を見ると、天井の蓋が半分ほど開いて天井の上の暗闇が見えていた。

うん風だわ。風だわ。そうだわさ。なんか気圧のへんかでそれで開いたんだわ。そうだわさ。UFOの湯切りのおとはほんと、夜中にきくとびくっとしちゃうしな、それだわあれだわ。

そっと蓋をもとに戻してしっかりと留め具で固定した。引っ越してきた当初も、ゴキブリとか入るといやだから、この留め具はしっかりと閉じた記憶がある。だから、もう一度しっかりと指が白くなるくらいまで留め具を締めた。

隣人は夜の仕事をしていて、いつも朝六時ごろに帰宅する。僕が目覚める頃に、隣人が部屋に入っていく音がいつもする。

ある日の明け方、起きようとしたけれど、起きられなかった。体がまったく動かない。金縛りだ。でももう朝だし、部屋も明るいし、あまり怖くはなかった。しばらく金縛りの感覚を味わっていた。

そこへ隣人が帰ってきた。アパートの階段を上ってくる足音がする。話し声もする。だれか友人を連れてきたらしい。二人の話し声が僕の部屋に近づいてくる。そして僕の部屋の前を通り過ぎるとき、その隣人が友人に言った。

「この部屋な、幽霊でるねんて。怖ない?」
「うそ!?まじで!そんな部屋の隣によう住めるな、お前」

僕は現在その部屋に住んでいてそして生活していますそして絶賛金縛りの真っただ中にいます。

その金縛りをきっかけとして、何度か僕は金縛りにあうようになった。ベットやソファーで寝ているとどれだけ力を入れても腕も足もあがらない。ガリバー旅行記の小人の国でとらえられたガリバーはこんな感じだったのだろうか。などと考える余裕も少しあったけれど、

「この部屋幽霊でるねんて。」

という一言が、金縛りを「ただの疲れ」だと軽視させてくれなかった。そしてその後も何度か金縛りがくるうちに、だんだん怖くなってきた。

そしてある晩。

対面することになった。


夏。

夜。

ベットの上で寝ていると遠くの方で声が聞こえてきた。目が覚める。何か文章を読んでいるような、そんな声が聞こえる。その声がだんだん大きくなってきて、ねこねこねこねこねこねこねこねこと言っているのが聞こえた。さらに声が近づいてくると、ねこではなく、にく、と言っているのだとわかった。にくにくにくにくにくにくにくにくという感じに。

徐々にその声が近づいてくる。玄関の外だ。

部屋の中でその声がする。おかしい。

にくにくにくにくにくと女性の声で言っていた。近づいてくるにつれて声に力が入っている。そしてなんと言っているのかやっと分かった。

その女性は「にくい」と言っていた。

女性の姿は見えなかったけれど、声だけ部屋を移動して僕の真上に来た。そして声は近くなり、ちょうど喉の上の15センチくらいの場所で、

にくいにくいにくいにくいにくいにくいにくいにくい

と、彼女は言い続けた。

怖いながらも、何が憎いのだろうかと考えた。

僕が勝手に引っ越してきて、自分の部屋をとられたことが憎いのか、

生前に起きたことが憎いのか。

なんなのかはわからなかった。


そして不思議なことが起きた。

ふと気づくと僕は、the beatles の all you need is love を歌っていたのだ。


憎いと言ってくる相手に対して、なぜだかBeatlesの歌を歌っていたわけだ。ちょっとよく分からない精神状態だった。

でも、とてつもなく恐ろしくて怖いという感情の中で、その彼女の事を考えた。死んでまでそういうことを思わざるをえない彼女に、辛いだろうなということを一瞬感じてしまった。すると歌を口ずさんでいたのである。

僕はその町や部屋の事もとても気に入っていたし、目的や夢があって大阪に出てきたので、何かのご縁でこの部屋に僕が来たのであれば、その彼女ともなにかご縁があったはずだ。

すると、

この部屋もこの街も好きです。あなたに何があったのかは分からないけれど、僕はあなたを否定しません。でも、僕は慣れない仕事を一生懸命しながら家賃を支払っているので、僕にはここに住む権利があります。僕も、今、ひとりで頑張っています。

そんな想いが沸き上がってきた。そしてそれの想いを彼女に向けた。

簡単に言えば、彼女のことを理解しようとする想いと、僕がここに住んでいる想いを心の中で伝えたのである。


その瞬間、一気に金縛りが解けた。重いと思っていた荷物が案外軽かったみたいに、ふわっと体が動くようになった。

すぐに起きて周りを見回したけれど、もちろん誰もいなかった。


その日を境に、金縛りはピタリと止まった。

思い出の曲を聴くと、思い出される場面が皆さんにもあると思う。それは彼氏の漕ぐ自転車の荷台で見た景色かもしれないし、おばあちゃんの揚げる唐揚げの匂いかもしれない。あかちゃんの夜泣きがすごくて辛かった時期かもしれないし、オーストラリアに留学していた時のスターバックスかもしれない。

僕はBeatlesのあの歌を聴くと、あの彼女の事を思い出す。

憎しみが終わって、笑ってくれていたらいいなと思う。

ご縁があった人だと思うから。

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