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瓦とプリン


昨日、プリンを見つけた。

3歳のときに食べたあのプリン。


あなたにも忘れられない味って、ないでしょうか。

夏に友達とつかまえて食べた鮎。スペインのホームステイ先で食べた夏野菜たっぷりのオムレツ。母親が作ったたこ飯。祖母が風邪の時に作ってくれたチキンスープ。10人いれば、10個の忘れられない味についての話を聴くことができると思う。

僕の忘れられない味のひとつがプリンだった。

いままでのプリンは、だいたいゼラチンで固められているものがほとんど。僕があの頃食べたプリンとはまったく存在感が違う。種族が違う。キリンとエルフぐらい違う。ケーキ屋で買ったプリンも、とてもおいしいけれど、あのプリンには遠く及ばない。

保育園の給食のおばあちゃんが作っていたプリン。蒸しすぎて、固くなりすぎているのだけど、そのハードさがそのほかの世に出回っているプリンとは全然違う。

給食室からプリンの香りがしてくると、廊下を歩いて給食室を覗き、きちんとプリンが出来ているのか確認をしていた。ぼくが確認しようがしまいが、プリンはきちんと完成するのだけれど。

ところで、廊下を歩くときは、「あの家の瓦」が気になっていた。靴をどれだけ遠くに飛ばせるかで競い合っていた頃、僕はなぜかその家にいつも靴を飛ばしてしまっていた。先生が謝りにいき、僕は怒られる。

あの家に靴が入らないように、あの家に靴が入らないように。と念じながら靴を飛ばす。いつも見事にその家の瓦めがけて飛んでいく。

靴を飛ばさなければいいだけなんだけど、靴を飛ばすのはとてもおもしろい。自分の分身が空高く飛んでいるような気持になるから、とってもおもしろい。だから、飛ばしたい、でも怒られたくない。瓦を見つめる。飛ばしたい。でも怒られたくない。

僕はいつしか、遊んでいる時も、トイレに行くときも、プリンを確認しに給食室に一人歩いている時も、その家の瓦を確認するようになった。あっちには靴を飛ばしてはだめなんだと自分に言い聞かせながら。

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昨日、とあるカフェに行った。

オムライスの後にコーヒーとプリンを注文した。

プリンをひとくちたべる。

給食室の空気や、おばあちゃんたちの顔、降っていた雨の匂いまで、頭の奥から記憶が湧き上がってきた。ぶわぶわぶわぶわって音がしたかと思った。

まさしく、あの時のプリンだ。

いや、あのプリンだと思った。

しっとりと固くてどっしりしていて、甘すぎず少し苦い。

とてつもなくおいしく、懐かしいプリンをゆっくりと味わった。

そして、記憶の中の、あの家の瓦を探していた。





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