目撃 天安門事件 歴史的民主化運動の真相

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1989年、北京で民主化を求める勢力に対し中国共産党、人民解放軍が武力弾圧し、多数の死傷者が出た。
きっかけとなったのは、改革派であった胡耀邦の死(4/15)だった。主に北京の学生が主となって胡耀邦の追悼や民主化を求めるデモが発生した。それに対する政府側の声明(4/26)や五・四運動記念式典、ゴルバチョフ訪中(5/15)等の出来事が重なり、デモは拡大していった。5/20には厳戒令が発令され、これまでになく緊張は高まった。6/4に天安門広場で大規模な武力弾圧が行われた。これが天安門事件である。一連の動乱での死者数は、中国政府の公式発表で319人、実際には数千人から数万人とも言われている。

この事実を見ると、学生を中心とした民主化を求める勢力がデモを起こしたが、中国共産党、人民解放軍に制圧された…という風に映る。しかし、その裏側では、中国共産党内の勢力争い、すなわち民主化に反対し既得権益を守り続けようとする保守派(鄧小平、薄一波、李鵬等)と、社会主義を維持しつつも一定の民主化、表現の自由を認めようとする改革派(趙紫陽、万里等)の熾烈な権力争いがあった。
もしこのとき、改革派が勝っていたらどうなっていただろうか。少なくとも武力で自国民を殺害することは起こらなかっただろうし、完全な民主主義は難しかったとしても今よりは自由に発言できる社会になっていたかもしれない。…現実はというと、天安門事件と検索すれば接続が切断される。民主化を叫んだらもはや無事ではいられない。劉暁波のノーベル賞受賞時にはノルウェーに圧力をかけた。そして、この時の改革派はこれを機に失脚し、その後死ぬまで軟禁状態に置かれた。

人の声を聞かず、自分達の信念にのみ従い思い通りに進める。今既に権力を手に入れているのであればそのほうが楽だし、自分の利益も確保できる。これは、政治でもビジネスでも同じだと思う。だが、国を、会社を、組織を引っ張る者がそれでいいのだろうか。果たして守るべきものは自分達の利権なのか?今の状態に国民、社員、自組織の人間が望ましいと感じていなかったとしたら?…真のリーダーであるなら、意見を聞く必要があるだろう。もしそれを反映させるべきでないと判断するのなら、納得いくまで話さなければならないだろう。

今、中国は習近平政権下でこれまで以上に利権の確保・独裁体制の維持に躍起になっているように感じる。習近平は自らの終身独裁を可能にした。香港にも国家安全維持法を導入した。相変わらず、検索不可の言葉はたくさんある。
さらに、覇権主義はまだまだ終わらなそうだ。自らを都合良く発展途上国だと言い様々な規制を逃れながら、アジアやアフリカの発展途上国に援助という名目で莫大な債務を負わせている。アメリカとの対立もますます深まっていきそうだ。
果たして、中国に待ち受けている未来はどんなものなのだろうか。究極の独裁・管理社会へと進んでいくのか、どこかで破綻して民主化へと進んでいくのか。これだけグローバル化が進んだ現在では、現体制に綻びが出てくるのも時間の問題な気がするが…。

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