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#95 辻村深月「この夏の星を見る」

「鏡の孤城」に次いで二冊目の辻村深月さん。2024年度の高校入試でも出題が相次いだ人気作品は「この夏の星を見る」

「いいよ。悪いのはコロナだし、別に誰も悪くない」
誰も悪くない。
コロナのあれこれが始まってから、よく聞く言葉だ。誰も悪くない。だからこそ、コロナさえなければ、という理不尽に対する怒りや悲しみが止まらなくなる。

辻村深月「この夏の星を見る」404頁

コロナ渦の学生生活を、僕は経験していない。緊急事態宣言と同時に社会人になったので、いまだかつてない混乱の中、学校での学びが止まった中学生に対して塾講師としてオンライン授業などの形でかかわった。

「今だけは我慢しよう」そんな風に言われて、一体いつまで「今だけ」が続くのかもわからないまま、当時の中高生の青春は奪われた。

いや、奪われたと思っているのは僕たち大人だけなのかもしれない。

「コロナの年じゃなかったら、私たちはこんなふうにきっと会えなかったから。どっちがいいとか悪いとか、わからないね。悪いことばかりじゃなかったと思う」

これくらいの特別は― お願い、私たちにください。

辻村深月「この夏の星を見る」429頁

日本中の人がそれまでとは全く違う生活様式に戸惑いながらも、その中で楽しみ方を見つけて、本来できたであろうことの代わりに新しいことをはめこんでいった。

もちろん、その年代でしか楽しめないこともあったに違いない。まだまだ消化しきれていない人もいる。

それでも、コロナが5類になって、いつの間にか出来上がった新しい「ふつう」を受け入れて今の世の中が動いているのは、あの時にみんなが我慢したおかげだ。

2022年夏、高校野球の選手権大会で優勝した宮城県の仙台育英高校須江航監督は、優勝インタビューでこんな風に話していた。

(コロナ禍の)高校生活っていうのは、僕たち大人が過ごしてきた高校生活とは全く違うんです。青春って、すごく密なので。でもそういうことは全部ダメだ、ダメだと言われて。活動してても、どこかでストップがかかって、どこかでいつも止まってしまうような苦しい中で。でも本当にあきらめないでやってくれたこと、でもそれをさせてくれたのは僕たちだけじゃなくて、全国の高校生のみんなが本当にやってくれて。

この言葉の通り、優勝のような目に見える成果を上げた人たちだけでなく、全国のみんながいろいろな場面で我慢し、その中でできることを頑張り続けたことの積み重ねが今につながっている。

そんなコロナ禍の中で中高生がどのように過ごしていたのか。「この夏の星を見る」は小説なのでもちろんフィクションだが、とてもリアルに描かれている。

小学校最後の年が不完全燃焼で終わってしまい、中学校生活もそのほとんどをマスクと一緒に過ごした2023年度の中学3年生が受ける高校入試問題に採用されたのも納得の傑作だった。


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