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世界史漫才41:ルイ16世&マリ・アントワネット編

 苦:今回はマリー・アントワネットとルイ16世夫妻です。
 微:イタリア語に直すとマリオとルイジ、『スーパーマリオ』です。
 苦:余計な翻訳はいいよ、もう! それに性別一部変わってるし。
 微:細かいことは気にすんな!
 苦:マリオは男でマリーは女だから。ルイ16世は1754年8月23日に父ルイ・フェルディナン王太子の子、国王ルイ15世の孫ルイ・オーギュストとして生まれます。1761年に兄ブルゴーニュ公ルイ・ジョゼフが結核で死亡し、1765年に父も死んだため、フランス王太子となりました。
 微:これを映画化したのが『第三の男』だな。
 苦:全然違います! 地下水道も関係ありません。ブルボン家とハプスブルク家間の長年の対立を解消するため、マリア・テレジアにより娘マリア・アントーニアとの政略結婚が画策されました。1763年5月、ルイ・オーギュストとの結婚のためメルシー伯爵が大使としてフランスに派遣されますが、話は進みません。
 微:ヴァレンヌで足止めを食らっていたそうです。
 苦:それは30年後の話で方向も逆! 1769年6月、ようやく祖父ルイ15世からマリア・テレジアへ婚約文書が送られ、1770年5月16日、ヴェルサイユ宮殿にて王太子ルイ・オーギュストとマリア・アントーニアの結婚式が挙行され、王太子妃はマリー・アントワネットと呼ばれることになりました。
 微:山崎方正が月亭方正になったようなもんか。売れないから弟子入りして。
 苦:ドイツ語でマリア・アントーニア、フランス語ならマリー・アントワネットなだけです!
 微:じゃ、小川さんがドイツ人と結婚したらバッハさんに、サッチャー元首相が日本の老人ホームに入ったら茅葺屋さんになるんか?
 苦:余計な翻訳はもういいよ! 1774年、ルイ15世が死去し、5月10日にルイはフランス国王となり、翌年ランスのノートルダム大聖堂で戴冠式を行いました。
 微:京都の北山通りの女子大のチャペルとは、えらい質素だな。
 苦:超ローカルなボケはいりません。国民の関心は世継ぎ誕生に向かうんですが、1770年結婚直後の外交的床入りの際、ルイ16世はできなかったんです。
 微:そりゃ、みんなが見てる前では普通の人は無理だろうな。
 苦:1777年4月、ルイ16世はようやく先天的性不能の治療を受けました。
 微:何を治療したんだ?
 苦:セーターから顔を半分出している広告写真の手術です。エカチェリーナ2世の夫ピョートルも同じでした。その甲斐あって、1778年に長女マリー・テレーズ、1781年に念願の長男ルイ・ジョゼフが誕生します。1785年次男ルイ・シャルル(後のルイ17世)、1786年には次女マリー・ソフィー・ベアトリスが生まれました。
 微:それでもマリア=テレジアの4分の1だな。やはり若いうちに遊び呆けるとダメなわけだ。
 苦:しかしもっと大きな課題が国王ルイを待っていました。太陽王ルイ14世、放置王ルイ15世の積極財政というか浪費の結果、フランスは慢性的な財政赤字を続けていました。即位直後からルイ16世は慢性的な財政難に悩んでいたにも関わらず、イギリスに対抗してアメリカ独立を支援するなどしたため、財政はさらに困窮を極めました。妻の浪費など10万円給付レベルです。
 微:それで”フランスの中村うさぎ”と呼ばれたんだ。多重債務でもう感覚がなくなってしまって。
 苦:誰も言ってねえよ! 一方でテュルゴーやネッケルなど、経済の専門家を登用して改革を推進しようとしましたが、保守派貴族は彼の改革案をことごとく潰し、結局改革は挫折します。
 微:ここで郵政民営化を掲げていたら、展開も違ったんだろうけどな。
 苦:古い話を挟むな! 1780年には拷問の廃止を王令で布告するなど、人権思想にも一定の理解を示しています。そして皮肉にも処刑用ギロチンの技術改良(斜め刃への変更)を裁可しています。
 微:もっと皮肉なのは革命前までロベスピエールは熱心な死刑廃止論者だったんだよな。
 苦:時間軸がずれているだろ! 貴族への対抗策として招集した三部会は思わぬ展開を見せ、ブルジョワとサンキュロットを大きく政治参加へ駆り立て、結果的に1789年7月14日のバスティーユ襲撃に始まるフランス革命を呼び起こしました。
 微:家電製品をめぐる事故も多いよな、このパターン。あの電子レンジで洗った犬を乾かそうとしたというアメリカの伝説も本人は「思わぬ展開」って思っていたんだろうな。
 苦:『ベルばら』の影響もあって、ルイ16世は中村主水的なボンクラ国王のイメージが日本では強いですが、当時のパリ市民にもヴァレンヌ事件までは絶大な人気を得ており、王の処刑の時も嘆く声が少なくありませんでした。
 微:ええ、みんな口々に『俺が殺そうと思っていたのに!』と残念がってました。
 苦:そっちかい! ウソはほっといて、ルイ16世は国民の境遇に心を悩ませる心優しい王としても描かれ、その実像は時代に翻弄された悲劇の善良王であったといえそうです。
 微:まあ悪人ほど生き残るよな、キミとか。
 苦:それはこっちのセリフだよ! 1793年1月21日のギロチン斬首刑の直前、王は群集の方に振り向き、「人民よ、私は無実のうちに死ぬ。私は私の死をつくり出した連中を許す。私の血が二度とフランスに落ちることのないように神に祈りたい」と叫んだそうです。
 微:最後は王として死んだんだな。中島さんが「いい仕事してますねえ」って感心してたぞ。
 苦:それは骨董品の鑑定! マリー・アントワネットですが、1755年11月2日にマリア・テレジアの十一女として生まれ、外交革命の証としてルイ16世と結婚、フランス革命の混乱の中で革命政府から死刑判決を受け、1793年10月16日ギロチンで斬首刑にされました。
 微:めでたし、めでたし。
 苦:終わってないよ! 自由奔放に成長したマリア・アントーニアは芸術的才能があったようです。
 微:野田聖子は、蒟蒻畑追及に才能があったようです。そう言えば、『アマデウス』でチェンバロ弾いて英語をしゃべっていたオジサンが兄のヨーゼフ2世だよな。
 苦:結婚式の時、『マリー・アントワネットの讃歌』が作られ、幸福の絶頂でしたが、二人の夫婦仲は、趣味・気質などの不一致や、ルイの性的不能もあって、良くなかったと言われています。
 微:その時に「夫がダメなら愛人を使えばいいのに」って開き直ったんだよな。
 苦:「パンがなければお菓子を食べればいいのに」だろ! このエピソードはルソー『告白』の1760年版に登場するトスカーナ大公夫人の発言だそうで、彼女オリジナルではありません。彼女はその寂しさを紛らわすたにめ奢侈に走ったり、仮面舞踏会で踊り明かしたり、賭博にも熱中したようです。
 微:ジャイアント馬場とKONISHIKIが仮面舞踏会に参加したけど、すぐにバレたって怒ってたぞ。
 苦:当然です! マリア・テレジアは娘の身を案じ、度々手紙で諌めましたが、効果はありませんでした。
 微:みるみる痩せる! という雑誌裏表紙の通販より効果がなかったそうです。
 苦:こうした中で、マリー・アントワネットとスウェーデン貴族ハンス・アクセル・フォン・フェルセン伯爵との浮き名が、宮廷では専らの噂となりました。『ベルばら』では革命中にフェルセンが国外亡命を持ちかけた夜の一度だけ関係をもったことになっていますが、真相は分かりません。
 微:こういう時こそ黒岩涙香は『万朝報』記者を張り付けろよな。
 苦:『万朝報』は日本の新聞です! 浪費家エピソードは革命裁判で誇張された部分もあります。宮廷内で貧者のためのカンパを募ったり、子供らにおもちゃを我慢させるなど良い母親だったようです。
 微:自分が我慢できないくせに、よく言うよ。
 苦:1789年7月14日、フランス革命が勃発します。ポリニャック伯夫人ら、それまでマリー・アントワネットから多大な恩恵を受けていた貴族たちは、彼女を見捨てて亡命してしまいました。
 微:これをヒントにクリスティが『そして誰もいなくなった』を書いたわけだ。
 苦:ヴェルサイユ行進の後、国王一家はヴェルサイユ宮殿からパリのテュイルリー宮殿に身柄を移されます。そこで彼女はフェルセンの力を借り、フランスを脱走してオーストリアにいる兄レオポルト2世に助けを求めようと計画します。あのヴァレンヌ逃亡事件です。
 微:バレんはずなのにバレた事件だな。
 苦:しょうもないダシャレはいいよ! 1791年6月20日、一家は国境近くのヴァレンヌで身元が発覚し、25日にパリへ連れ戻されます。この事件により、国王一家は親国王派らも見離されてしまいます。
 微:まさに船場吉兆と同じ展開。歴史に学べよな。
 苦:1792年、革命戦争が勃発すると、マリーが敵にフランス軍の作戦を漏らしているとの噂が立ち、8月10日、パリ市民と義勇兵はテュイルリー宮殿を襲撃し、国王一家はタンプル塔に幽閉されます。でも、幽閉生活とはいえ家族でチェスを楽しんだり、束の間の家族団らんの時があったそうです。
 微:ルイ16世が「明日はみんなでユーロ・ディズニーでも行こうか?」ってボケた提案したりして。
 苦:しねえよ! 既述の通り、1793年1月にルイ16世は斬首刑となり、マリーは8月2日にコンシェルジュリー牢獄に移され、裁判を受けます。10月15日、彼女は革命裁判で死刑判決を受け、翌日、特別な囚人として肥桶の荷車でギロチンへと引き立てられ、コンコルド広場で斬首されました。
 微:しかし、あれだな、これだけ夫婦で天然ボケの才能があるなら、夫婦で宮川一門とか横山一門に弟子入りしたらよかったんだよな、惜しいなあ。
 苦:宮川ルイ&マリーで夫婦漫才するのか? 嫁がケバケバしい衣裳着て、「このエロ河童!」って夫をどついて。夫も「お前の借金、誰が返してやってんだ!」ってキレて、最後はドツキ漫才。
 微:そう。変にこの素材を芸術方面や映画に使うと、『ベルサイユのばら』『マリー・アントワネット』というB級もC級も超越した秘宝館的なZ級映画にしかならない。
 苦:二本とも思わず映画館の中心で『金返せ!』って叫んでしまうレベルでした、試写会なのに。
 微:二本合わせて『ベルサイユのばか』として名画座で上映する。小泉元首相が条件反射で「感動した!」ってコメントし、広末が正直に「もう、感動で欠伸が止まりませんでした」ってコメントする。二人を後ろでピーコが冷たい視線で睨んでいる・・・
 苦:リアルすぎるだろ! もうええわ。(チャンチャン)

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