noteの完成ストックが消えた
職場で掃除に使う備品のストックがいつもない。1つ買い足してその買い足した分をあける段階に来た時点で、
もう1つストックを買っておけばいいのに、会社の規定で買えないらしい。
どんな規定だよ。そんな規定いるのか?と正直思う。ストックがないと、なくなってから焦ることになる。
準備は十分にしておくべきだし何かあった時のための予備は必要だ。それが、準備をするということだと思う。
「note毎日投稿する」と
決めてから、翌日に出す分は最低でも前日までにはある程度書き終わっていた。
その、ストックがついに切れてしまった。しかも今日は雨の中、出かける予定があり帰宅は夜。明日の分がない。
明日はといえば10:00〜15:00で
勤務が入っている。
今日作らなければいけないのに、
今日は朝から晩で予定があって、両親がいないので晩御飯も外で食べてきてと言われてしまった。
noteを毎日書くと決めた場合、
最も大事なのは、どんな質でも、
余裕をもって記事を書き終わっておくことだとこれまでおよそ3ヶ月続けて分かった。
だから、今必死に考えている。
文章力は毎日書き続けなければあがらない。
毎日書き続けるためには毎日noteを書くための時間をあらかじめ割かなければならない。
もしも時間があまり取れない日や体調が悪い日で書けない日を考慮してあらかじめ、出来うる限り作っておくと心に余裕ができる。
それに、あらかじめストックをある程度つくっておければ、それを元に書き直してから公開したり、それをもとに別の記事を書いたり、もしくはそこに雑記でも書き溜めておくと、その記事自体を捨て去ったとしても、私の頭はその、捨てる記事を書く前と後では変わっている。
そんなことを考えながら、
この投稿を保存して用事が終わった後のご飯の時に頭に浮かんで出てきたのが牛バラチーズの記事だ。
毎日書き続けるというのはかなり大変だ。でも、ストックをつくっておくと、それが放置している間、熟成される。
いる要らないだとか、もうこんな気持ちじゃないだとか、選ぶ言葉のセンスだとかどれもこれもかわっていたりして、その前の記事を捨てて新しいことが生まれたりする。
そういえば、歌手のあいみょんさんは、自作の歌のストックが400曲くらいあると以前テレビで言っていた。
論文を書くときだって、文章ストックを残しておいて研究ストックをたくさんしておいて、そこから剪定して、厳選して、文章を書いては熟成させて、そういう工程を経る。
noteのストックが消えた、は
「完成させた記事のストックが
消えた」という意味だが、
最近の連勤の具合からいって
ストックをつくっておかなければ
大変なのだ。
突然の体調不良や生理、
溜まった疲労や出かける予定、
ぼーっとしていた時間など
あっという間に時は過ぎてしまうから。
SNSは息するようにできても、
やはりnote記事を書くとか
何かじっくり考えるとか
そういったことに関しては、
こと時間が必要だ。
もちろん、何かしらのゴール、
期限はあって、作らねばならない
もので、いつまでも伸ばしていれば
いいものが書けるわけでもないのは、
卒業論文や修士論文で経験した。
3週間で書いた修士論文の評価は
S〜Cがパスラインで結局
(S・A・B・Cが合格でFが不合格)
そのうちBだった。
SやAを取れないようなひどい英語の論文、よくぞ合格させてくれたというくらいひどい修士論文は、私の博士進学切符をなくさせた。
あの時、あの、卒論や修論の時、
時間を割くことができず、
そういうタイムマネジメントしかできず、結局どれだけ調べてどれだけ本を読み、どれだけ本の内容をまとめておいてもそれを自分の論文へと熟成させて反映させ、そこから論文のポイントを生み出すところまでできなかった。
それでも期限までに書き切って
期限までに提出をしてとにかくきちんと正規修業年限で卒業したし修了した。
それによって、論文を書くことにおいて最も大切なのは、決まっている期限、または決めた期限内に書き切る、書き終えることなのだと感じていた。
それから、先生に頻繁にチェックしてもらうこと。他人の目を通すこと。
それはnote記事においても同じだ。
未完成なまま、いくつもいくつと思いついたときに書き残しておき、時間が経っては読み直して書き直しながら、時には綺麗さっぱり削除して、そうしながらも毎日、定期的に、投稿し世間の人々の目をくぐらせる。
そういう過程が大事なのだと思う。
だから毎日書くと決めた2021年は、それこそ、体調が悪くても気分が悪くても眠くても疲れていても毎日、
何かしらの主張や考えや感じたことを書き残し投稿できるようにしていたはずだった。
それが、中途半端な書き残しばかりでそれもこう書いていこうなどという意見もひとつも浮かばずに、ストックが消えてしまった。
ストックが消えてしまったから、
今日は正直に、ストックが消えた話を書いた。
noteを毎日書く、ということは
血肉を燃やし、毎日意識して
書く時間を作り、何を書くのかを
考え、またはスマホに向いて徒然なるままに打ってゆく、
そういう時間を意識して
毎日欠かさず作らことがとても重要になる。
書くという行為は、
私にとってだんだんと
頭の中の垂れ流しから
流血しながら肉を削りながら
進める行為に変わってきている。
note365日チャレンジ達成まで
あと9ヶ月。まだまだ、これから。