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#34:誕生日ケーキとレアな連絡先

 今日は誕生日。誕生日が嬉しかったのは、いつまでだろう。エリカは考える。もう誕生日なんて嬉しくない。友人が気を利かせて、「誕生日の日に一緒に過ごせないけど、誰かと一緒に食べてね」と、人気のケーキ屋さんにケーキを予約してくれた。感謝を伝えたが、心の中ではケーキより一緒に過ごす人を用意してほしい、と思っていた。ケーキを予約してくれた優しい友人に失礼だなと、エリカは苦笑しつつ、ケーキ屋さんに向かう。

  ***
 ケーキ屋さんは大行列。予約している人は、並ぶ必要はないと言われ、行列に並ばないで良い安心と受け取らない言い訳がなくなったという残念な気持ちがエリカの中で半々。店員さんの顔を見ると、あれ?見覚えがある。
「ムロじゃん!?」
「エリカ?あ、ごめん、仕事厳しいから、私語厳禁なんだ。」
一瞬高校時代の顔を見せて、小声でムロは言い、
「ご予約名をお願いします。」
と、エリカの知らない店員の顔となる。ちょっと可笑しくなるが、
「榊で予約しているケーキを取りにきました。」
エリカも他人のフリをして答える。
「こちらですね。料金は事前に頂いておりますので、どうぞ。」
とムロは渡してくれるが、
「これ、店員さんにあげます。家族で食べて下さい。」
「え?お客様、困ります。」
と言うムロの声を背中で聞きながら、エリカは早々と店を立ち去る。

  ***
 懐かしいな。室井通称ムロは高校時代に同じクラスで、いつもみんなの笑いをとっていて、クラスみんなと仲が良かった。ムロは「俺は文明に逆らって生きる!」「携帯電話に携帯されるのはごめんだ!」などとうそぶき、携帯電話を持っていないふりをしていた。
 しかし、エリカは偶然ムロが携帯電話を持っているのを見てしまった。いつも明るく誰とも仲良く見えても、連絡先を教えたくない理由があるのだろうな、とエリカは見なかったことにした。
 ムロは、卒業後の同窓会に出席することもなく、エリカは高校卒業後のムロがどうしているのかを知らなかった。ケーキを押しつけて悪かったかな、とも思うが、ムロなら許してくれるだろう。ムロはエリカのわがままを文句を言いながらもいつも聞いてくれる、実は優しいやつだから。
 なんかムロの顔見たら、さらに虚しくなって、ケーキを食べる気分じゃなくなったんだ。美味しいケーキでも、誕生日に1人で食べたら、味がしないだろう。ごめんね。ケーキを予約してくれた友人とムロに心の中で謝る。

  ***
 エリカはその後も当てもなくフラフラ歩いていた。家に帰るのも気が進まない。すると私服姿のムロが現れた。
「仕事終わったの?偶然が2回起きるって、明日死ぬのかな?」
エリカはふざけて言う。
「エリカ、このケーキ、友人からだろう?代金の支払いがお前じゃなかった。それを人にあげるのは駄目だろう。」
「うわー、ムロが普通のこと言っている!初めて見たかも!?大人になったんだねぇ。」
「そりゃそうだろ、俺たちアラサーだろ。ほら、ふざけていないで、持って帰れよ。」
ムロはケーキを差し出す。エリカは、私は今日でアラフォーだけどね、と心の中で呟く。
「じゃぁ、30分で良いから、私にムロの時間をちょうだい。フラフラしても良いし、ムロの行きたいところでも良いし、ただ30分間私と過ごしてくれれば良い。」
「はぁ?俺早く、家に帰らないといけないんだけど。」
「じゃぁ、ケーキは受け取らない。友人にはきちんと自分で謝るから、ムロは気にしないで大丈夫。家族と食べてよ。」
「あー、もうエリカは相変わらずだな。自己中すぎ。いや、さらに磨きがかかったんじゃないか?分かったよ、でも本当に家に早く帰らないといけないんだ。汚い家でも良ければ、ついてきても良いよ。」
「ムロが良いなら行く。」
「勝手にしろ。」
ムロがエリカを気にせず歩き出すため、エリカはその背中を追いかける。

  ***
 ムロの家は古いアパートだった。1DKかな。中に入ると、キッチン、リビングであったが、ものが散乱していて、鍋などの汚れも目立つ。ムロが言っていた通り、汚いの表現が近いかもしれない。ただ生ゴミなどはないため、虫が湧いていることはない。エリカは仕事で訪問看護をしているため、仕事先で伺う家に比べれば、マシな方だ。エリカはわずかな異臭を感じたが、気にせずお邪魔する。
「智紀、帰ったぞ。」
キッチンの奥の部屋に声をかけ、その部屋に入っていくムロ。エリカも付いていく。その部屋には、部屋の片隅に布団がひかれており、その布団の中で人が丸まっているように見えた。
「俺の弟。智紀はひきこもりで、目を離すと自殺未遂をするから、長く家から離れられないんだ。昼夜逆転しているから、智紀が寝ている間に俺は仕事をしているわけ。」
ムロは智紀に聞こえないように、小声でエリカに言う。口調がやや投げやりだ。エリカはムロのこころに土足で踏みこんでしまったようだ。触れて欲しくないことは誰でもある。これ以上詮索することは相手を傷つけるだけ。ムロが話したいなら話は別だが、エリカに出来ることはないのに、エリカから聞くのは、無責任すぎる。
「そう。わがまま言ってごめんね。でも約束の30分までまだ時間があるから、もう少しお邪魔していても良い?」
「俺は、家にいれば、他にやることないし、好きなだけいて構わないよ。なんなら夕ご飯作ってくれても良いけど、エリカ不器用そうだから、やっぱりいいや。」
「炒めることなら出来るよ。」
「炒めることが出来ない人の方が少ないだろう。エリカは料理が出来ない確定だな。」
「冗談が通じないなぁ。ねぇ、喉が渇いた。お茶かなんか飲み物もらえない?自分でやるから。」
エリカがそう言うと、ムロがカバンからペットボトルを取り出して、1人で飲もうとしている。
「おい!」
エリカはムロの頭をはたく。

  ***
 雑談をしていると、布団から智紀の手が出てきた。その手の先にケトルがある。危ない!エリカは慌てて、智紀の手のひらを驚かさないように、ゆっくり優しく包み込み、布団の中に戻す。顔は布団に潜っているため、起きているのか、寝ぼけて手を伸ばしたのか、エリカには判断がつかない。何かを取ろうとしたのかもしれないが、声はかけない方が良いな。エリカはケトルを移動させる。
「配置を考えなよ。危ないな。お湯が入ってないケトルだったから、良かったけど。」
エリカはムロに文句をいう。ムロは驚いた顔をしている。
「どうしたの?」
「いや、別に。あ、どうせなら、ここでケーキ食べていく?」
「本当?良かった。1人で食べるのはちょっとね。智紀くんは甘いもの好き?」
「好きだな。後で食べるかもしれないから、一切れもらっても良いか?」
「もちろん。一切れと言わず、もっとたくさん食べてもらってよ。急にお邪魔したお詫び。」
ムロがケーキの箱を開ける。そこには、ハッピーバースデーの文字。
「おい、えりか、今日誕生日なのか?」
「そう。一足先にアラフォーだよ。」
エリカは重くならないように笑って言う。
「じゃぁ、歌って、ろうそくとか消すか?」
「マジ、勘弁。智紀くんの分だけ、半分きれいに取り分けて、それ以外はこのまま突いて食べようよ。」
「そうだな、贅沢食いするか。」
「チョコのプレートは私食べるからね。そのかわりその飾りあげる。美味しいね。さすがムロのケーキ。」
「そうだろ?って、俺が作っているわけじゃないし。しかも飾り食べられないし!なぁ、なにか欲しいものない?誕生日プレゼント。」
気を使われたくないから、誕生日のこと黙っていたかったのに、エリカはケーキのプレートを恨む。
「うーん、じゃぁ、ムロの家に遊びに来て良いチケットちょうだい。10回が駄目なら、5回までならまけてあげる。」
「子供の肩叩き券かよ。そんなの回数無制限で良いよ。じゃぁ、プレゼントは、俺の連絡先。俺の連絡先はレアだから、人に教えるなよ。」
「レアな連絡先ってムロは何者だよ!」
ボケとツッコミ、漫才のような会話。お互い自分のことも相手のことも触れない。でも寂しい誕生日が、楽しく過ごせている。一緒にいてくれたことが、1番のプレゼントだよ。ありがとう、ムロ。エリカは心の中で感謝する。
 ムロが話したくなったら、いつでも話を聞くよ。1人は辛いよね。だからムロが拒否するまで、私はここに来るよ。無制限って言ったこと後悔するくらい。ムロのためじゃない。自分のためにね。フフ、エリカの自己中をまだ甘く見ているな。

  ***
 エリカのわがままは昔からだ。高校時代の俺なら文句を言いながらも受け止められだが、今の俺にはそんな余裕がない。
 高級ケーキを友人からもらい、それを他人にあげようとするエリカ、俺の都合も聞かずに30分時間をくれと言うエリカに苛ついた。だから、ちょっとやけになって、家に連れてきた。家を見たら、すぐに出ていくと思ったのに、エリカは動じるどころか、居座ったな。

  ***
 エリカは今日、誕生日だったのか。俺は勝手に自分が不幸で、エリカは幸せだと決めつけていた。エリカに対する態度を申し訳なく思う。
 エリカ、お前さっきからふざけているけど、きちんと笑えていないぞ。エリカはエリカでなにかを抱えているのかもしれない。せめて昔のように笑わせたいが、こういうときに限って、なにもネタが思いつかない。情けないな、俺。せっかくの誕生日なのに、俺と智紀と汚い家で過ごして良いのか?だが、ケーキを食べているエリカの表情は穏やかだ。エリカは自己中だ。嫌なら出て行くはず。詮索無用。ムロは思考を止める。
 エリカはレアを良い方に捉えたけど、プライベートまで明るい自分を演じるのが苦痛だから、同級生や知人に連絡先を教えていないだけ。そういう意味でレアであることは間違いではないから、嘘はついていない。

  ***
 だが、まさかエリカが智紀の手を掴むとは。智紀はお風呂にも入っていない。俺は慣れてしまって分からないが、エリカは匂いを感じているはずだ。しかも智紀が拒絶しなかった。俺が掴んでいたら、智紀は暴れていただろう。エリカは看護師をしていると風の噂で聞いたことがある。こういう対応に慣れているせいなのか?しかし、それだけで智紀が拒絶しないことがありえるのか?
 智紀が拒絶しなかったエリカなら、そして今の俺の状況を知った上で、同情したりせず、昔と変わらず話すエリカなら、連絡先を教えても良い。いや、出来ればまた来て欲しい。1人でいることに限界を感じていたんだ。他愛のない話だけでも良い。明るい俺という仮面をつけず、気を使わずに話せる相手が欲しかった。本当にまた来てくれるなら、今度はきちんとした誕生日プレゼントを用意して待っていよう。
 いつかお互い本音の話が出来るようになりたいが、多くは求めてはいけない。期待した分辛くなるからな。

【あとがきという名の言い訳】
 言い訳の方が最近書くのが楽しくて、毎回書くようになりつつある(笑)
今までたくさん小説を読んできたけど、あとがきで内容に触れている作者って少ないなって思ってたけど、自分が書いて分かった。本当はここはこういう思いを込めている、とかそういうのは作者が書くことじゃないんだなーって。upした時点で、もう私は口に出しちゃいけない気持ちになった。ただ1つだけ言いたいのは、この話はすごく書いていて辛かったし、書きたいことが多くて短編〜中編の長さにしたかった。でもこれで一度あげたくなった。もう少し勉強していつか書きなおせば良いかな、と思っています。
2日連続で重いな。そんなに心は弱っていないんだけど、体が限界感じているからかなー。そろそろ「可愛い死神?」のようなライトな話が書きたい。とりあえず明日行けば、明後日は休み!あと1日!といっても休みは死んだように寝るかも知れないけど(笑)人生なにが起こるか分からない。先のことを考えるより、今日はもう何もしない、寝る!

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