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鉄の白衣とMONSTER

今、誰もいない病院の休憩室で
これを書いている。

タバコの臭いも、
眠気を覚ますようなコーヒーの香りもしない、
病院の一室。

それは今だからではなく、普段からそうだ。

みんなタバコなんて吸っている時間もなく、
コーヒーをゆっくり淹れている時間もなく、
ゴミ箱の中やテーブルの上に散乱しているのは、エナジードリンクの空き缶や、
カップラーメンや惣菜パンを食い散らかした跡である。

今、自分の目の前にあるのは、
かつ丼と、おなじみMONSTERだ。

スタッフ皆、病棟やICU・救命救急センターに出払っている。


今日もまた、COVID-19いわゆる新型コロナウイルス感染症患者が増え続けている。

今、世界がキラーウイルスによる巨大感染症によって、多くの人の命が失われ、そして心を痛めている。

毎日毎日、自分たちも死ぬ覚悟で診療している。それが使命なんだと思うから。
そして国を守っていかないといけないから。

でも、正直きつい。

症状が軽いコロナウイルス罹患患者であれば自宅療養でいいけど、
問題なのは、体内の酸素化維持が困難になり、
人工呼吸器やECMO(エクモ:対外式膜型人工肺)を装着するまでの重症者の場合、
その全身管理は想像を絶するものだ。

24時間、個室隔離された部屋で、
コロナウイルス罹患患者と同じ空間で、
同じ空気を吸って観察しなければならない。

自分たちも感染する恐れがある。

そしてそれは一人の患者だけではなく、
一つの医療機関に複数名存在するということ。

そして高度救命救急センターや外来に
次から次へとCOVID-19に対するPCR陽性患者が押し寄せていること。

24時間365日、これでは我々の身がもたない。


N95というマスクを装着し、
防護服を着てその空間にいる。
このN95というマスクは空気を通さないから
長時間装着することは本来難しい。
とても苦しくなってくる。
でもそうも言っていられない、本当に、今。

スタッフ皆、正直ほとんど寝ていない。

こうして交代で休憩しているけど、
ほとんど家に帰れていない。

生まれたばかりの我が子に、
一度も会えていない同僚。

皆帰ることを配慮するが、圧倒的に人が足りていない状況で「ここを離れるわけにはいかない」と戦場で闘っている。


白衣は鉄の鎧よりも重い。


現場は常に緊迫している。
自分たちも必要以上に体温を測り、
定期的に検査をしている。

患者は、感染症患者だけでない。
外来に来られる人たちにも、自分たちが媒介して感染させるわけにはいかない。


政治も医療も、世界中みんな、
今とても苦しい思いをしている。

不戦勝なんてありえない。
闘い続けなければみんなダメになってしまう。
だから立っていられないくらい辛くても眠くても、自分たちが死ぬ覚悟で闘い続けなければ、
人類皆、全滅する。

人が死ぬことに慣れたくないと
ずっと思ってきた。


どうか自分を大切にして下さい。

どうか命を大切にして下さい。


くっつきそうな目蓋から見えるMONSTERは、
再び見えない病原体と闘う本能を呼び起こしてくれる。



負けない、負けない、負けない。



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