飛行機に乗り遅れた話

私はとあるアーティストのライブを観るために大阪に行くことになった。極力交通費を安く抑えたいと思い、交通手段は格安航空、いわゆるLCCを選択した。
本当は新幹線で行くのが一番効率がよく、飛行機なら羽田→伊丹で行くのが最も楽なルートである。一方LCCだと成田→関空という遠回りで不便なルートを余儀なく選択することになる。正直空港までの電車賃も高いが、それでもお釣りが来るくらいLCCは安い。
また、LCCの中でも朝早い便はひときわ値段が安い。その上午前中のうちに大阪に着いておけば滞在時間も長く取れるので一石二鳥だ。私は8時40分に成田空港を出る便を予約し、大阪に着いたら行きたいところを考えてはウキウキしてその日を待っていた。

そして来たる当日。朝4時半に家を出てまずは日暮里駅へ。京成スカイライナーと南海ラピートのセット割チケットを購入し、ウキウキな気持ちで日暮里駅6時5分発のスカイライナー3号に乗り込んだ。スカイライナーは160km/hの猛スピードで駆け抜けあっという間に成田空港に到着した。
時刻は6時40分を過ぎたところ。空港第2ビル駅から10分ほど歩いて第3ターミナルに到着。LCCのために造られた随分と簡素なターミナルだ。
ひとまず先に搭乗券を発券し、時計に目をやるとまだ1時間以上も時間があったので、ここで朝食を摂ろうと考えた。しかし簡素なターミナルな上に新型コロナの影響で臨時休業している店も多く選択肢は非常に限られていた。
そこで私は一旦第2ターミナルに移動し、そこで朝食を摂ることにした。

しかしこの選択が後に大きな悲劇を生むことをこの時は思いもしなかった。

先程と同様に徒歩で移動しようと第3ターミナルを出ると、第2ターミナルへの連絡バスという看板を見かけた。たくさん歩いて疲れていたこともあり私はこれを利用することにした。
するとバスは乗り込んでからわずか2分ほどで第2ターミナルに到着した。徒歩では10分かかっていたところを5分の1の時間で済むのは非常にありがたい。私は帰りもこのバスに乗ることを決めて第2ターミナルの中へ入った。

第2ターミナルは先程の簡素な第3ターミナルとは異なり、いかにも空港らしい立派な景色が広がっていた。思わずテンションが上がり写真を撮りながら、朝食探しを続けた。しかしまだ朝早いこともあってこちらも営業している店は片手で数える程しかなかった。
結局私は空港第2ビル駅の目の前にあるドトールへ行き着いた。明らかな二度手間であり、自分の計画性の無さに呆れ返ったが、まだ時間には余裕があるのでいつもより奮発して少し高いミラノサンドを頼んで優雅な朝のひとときを送った。

時刻は8時5分。少しのんびりしすぎたかなと思いつつ、先程のバスに乗れば少なくとも保安検査場の壁は余裕で突破できるだろうと考えていた。
しかし、バスが第3ターミナルに到着したのは乗り込んでから10分後のことだった。なんと往路と復路では経路が異なり、復路の方が大回りだったのだ。
時計を見ると8時20分を回っていた。あと5分で出発15分前である8時25分となる。私は大急ぎで保安検査場へと向かった。
なんとかギリギリで検査場内に入ることができ、手荷物検査を進んだ。かなり慌てていたが、ここまで来ればもう安心と安堵の気持ちでいっぱいだった。
そしてこれから乗る飛行機に期待を膨らませながらサテライト内を進み、いよいよ搭乗口にたどり着いた。

しかし私が乗るはずの搭乗口はすでに締め切られていた。

この瞬間私の背筋は一気に凍りつき、顔から血の気が引いていった。私は保安検査場にさえ入れば大丈夫だと思っていたが、実際はこの搭乗口に15分前までに来る必要があり、1秒でも過ぎると容赦なく締め切られてしまうのだ。
私は子犬のような目で搭乗口の前に立つ係員を見つめたが、そこには情けなど存在しない。係員の女性は感情の欠けらも感じられない表情で便の変更を促してきた。

私は5000円を支払い4時間後の便へと変更した。目的地に着くのは15時48分。今から東京駅まで戻り新幹線を使えば2時間早く着くが、その経路だと1万7000円もかかる上、ここまで来て飛行機に乗ることを諦めるのは私にとって完全敗北を意味するものだと感じていた(既にボロ負けではあるのだが)。
しかも関西空港駅の時刻表を確認すると変更後の飛行機と南海ラピートの接続が恐ろしく悪く、私は泣く泣くラピートの乗車を諦めることにした。

この時点で私の早起きも、日暮里で購入した切符も、そしてわざわざ不便なルートを選んでまで買った格安の航空券も全てが無駄になった。
第2ターミナルからの帰りにバスではなく徒歩を選択していれば全速力で走ってなんとか間に合ったかもしれない、いや、その前に朝食はもっと短く済ませられた、いやいや、そもそもドトールに行かなければよかった、いやいやいや、それ以前に第3ターミナルから出るべきではなかった、いやいやいやいや、チェックインの後すぐに保安検査場に入っていればよかった。。。
私の脳内にはここまでの行動が走馬灯のように駆け巡った。私は全ての選択を間違えていたのだ。
どうか夢であってくれと何度思ったことか。どうにかしてタイムマシンに乗ってやり直せないかとも思った。しかしこれは現実であり、やり直しも効かない。

私はしばらくの間呆然とし、その後フラフラとターミナル内を彷徨った。先程まではあんなに早く時が流れていたのに、待てども暮らせど時間は経たない。変更便の出発時刻である12時30分まではまだ3時間もある。しかし私はもう何をする気も起きなくなっていた。

そして時刻は9時30分。搭乗口で無表情の係員に止められてから1時間が経った。私はこの出来事をただの失敗で終わらせないために、そしてこのような過ちを二度と繰り返さないために、さらには自分と同じ思いをする人を一人でも減らすために、ここまでの出来事を記録として残すことにした。
不思議と文を書き始めてからは時間の流れが早くなった。ここまで書いたところで時刻は午前10時。あと30分で変更便のチェックインが始まる。私はすぐにチェックインカウンターへ向かい、その足で保安検査場、そして搭乗口へと進むことを固く決意した。
正直最初から新幹線にしておけばよかったという気持ちもある。しかしここまで来ると飛行機に乗ることは私の最後の意地でもある。これを諦めたら本当に何も残らなくなってしまう。

この文を書いているうちにぐちゃぐちゃにかき混ぜられた私の脳内も整理がつき、覚悟を決めることができた。今さら落ち込んでいても何も変わらない。だったらここからは気持ちを切り替えてこのハプニングも含めて全力で楽しんでいくしかない。
そもそも今回の目的はライブに行くことだ。観光はあくまでもおまけでしかない。観光はいつだってまたできるが、同じライブは今日1日しかない。そんな貴重な時間が自分のひとつの失敗によって苦い思い出になってもいいのか。いや、そんなはずはない。
これから乗る12時30分の便でもライブの時間には間に合う。それだけでも不幸中の幸いだったではないか。出費も5000円のプラスで抑えることができた。もちろん安くはないが、この事態においてはこれが一番の最適解だったのだ。無理矢理でもいいから自分を正当化していくしかない。

と、ここまで長々と書いてきたわけだが、結局言いたいことはただひとつ。

皆さんも飛行機に乗る時は時間に余裕を持って行動しましょう。

私もよくわかっていたつもりだが、随分とこの言葉を軽く受け取っていた。当たり前のように思える台詞だが、この体験談と共に皆様にもこの言葉の重みを感じてもらいたい。

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