エマックス事件をわかりやすく|無効理由のある商標登録でも5年を経過したら本当に安心していいの?
見出し画像

エマックス事件をわかりやすく|無効理由のある商標登録でも5年を経過したら本当に安心していいの?

フィラー特許事務所|弁理士・中川真人

 大阪・梅田でフィラー特許事務所を経営している弁理士の中川真人です。今回は、平成29年度の弁理士試験論文本試験でも問われて物議を醸したエマックス事件についての解説です(...問題はこちら)。

本来登録されてはいけない商標が登録されたら

 商標登録は、自他商品識別力がなかったり(≒名前として認識できない)、公益的見地・私益的見地から一私人に独占権を与えるのに相応しくない商標では受けることができません。しかし、そんな商標登録出願でも審査官のうっかりで審査に通ってしまい、商標登録がされる場合があります。

 このような商標登録は後から無効にすることができる制度があり、それを商標登録無効の審判などと言います。商標登録無効の審判は特許庁の審判官という審査官よりも上級の組織で行われます。

 ところが、商標登録無効の審判も商標登録から何事もなく5年間平穏に使われ続けたのであれば、今更無効にする必要はないと考えて、もはや商標登録無効の審判は請求することができないという制度になっています。これを、既存の法律状態を保護するなどと言います。

エマックス事件とは?

 一方、商標権の侵害事件などがあり、被告が「この商標登録は無効理由がある」という主張をすると、裁判所が本当に商標登録は無効理由があるのかを裁判所だけで判断することができる制度があり、これを無効の抗弁などと言います(特許法104条の3の抗弁とも言います)。
 本来、権利の有効・無効は特許庁審判官による商標登録無効の審判によって審理されるものなのですが、侵害事件などでは事件を早く解決するために被告は「商標登録無効の審判を請求してくるからちょっと待って!」と言って裁判所にその結果を待ってもらうか、裁判所に直接無効の抗弁を主張して裁判所に無効理由があるかないかを判断してもらう、2択制が設けられたのです。

 この無効の抗弁は、もともとキルビー事件という特許権にまつわる争いがきっかけで制定されたのですが、商標登録無効の審判でこの無効の抗弁を利用するとなると、ある問題が生じます。先ほど、被告には(1)商標登録無効の審判を請求するルートと、(2)裁判所に直接無効の抗弁を主張するルートの2つがあると説明しましたが、もし商標登録から5年が経過していたら(1)の商標登録無効の審判は請求できません。しかし(2)の裁判所に直接無効の抗弁を主張することは法律上制限はされていないのです。この場合、被告は裁判所に直接無効の抗弁を主張することを許してもよいのか、ここを許してもよい、許してはいけないの両方の立場からその妥当性を論ぜよというのが平成29年度の弁理士試験論文本試験の問題であり、エマックス事件です。

正解は?

 ちなみに、この問題の結論は明確な決着がついていません。一般的には「できない」でよいのですが、特許庁が商標登録無効の審判が請求できないと言っているだけで裁判所も無効の抗弁を聞く必要はないというのは理由にならないというのも一理あります。

 そもそも、無効の抗弁(特許法104条の3)の立案時に商標登録無効の審判の場合を特に規定しなかったのは、裁判所に判断を任せるべきで特許庁が口を出すことではないという思惑もあったでしょうから、裁判所では無効理由の有無を判断できるとしても別に問題はありません。

 というのも、商標登録無効の審判は対世的効力と言って商標登録の無効が確定すると登録時に遡って権利が根こそぎ消滅するという恐ろしく強力な効果を発揮します。しかし、無効の抗弁はあくまで侵害の成否を判断しているだけでその効果も被告にしか及ばないので、商標登録無効の審判と無効の抗弁は制定趣旨とその効果が必ずしも同じではないからです。

無効の抗弁「も」認めるべき?

 以上が私なりの論点ですが、では認めるべきか認めないべきかというと、私は認めても良いのではないかという少数意見派です。元も子もない言い方にはなりますが、私は5年を経過したら商標登録無効の審判は請求することができないという制度自体に懐疑的だからです。せめて、対世的無効が無理であっても、侵害事件の抗弁としては残しておいてあげてほしいからです。

 というのも、5年は商標登録無効の審判は請求できるのだからその間にやっておけばよいというのが制度上の建前なのですが、起業・創業がかつてより一般化した今日では必ずしも「5年も請求できる期間があったのだから」というのは無理があります。

 法制度的な正解は、やはり「無効の抗弁の制定趣旨はどうせ特許庁に無効の審判をさせたところで絶対に無効という結果になるのは明らかなのだから、形式的に無効の審判なんかするだけ無駄だろうという配慮によるものなので、無効の審判が請求できない以上は絶対に無効という結果になるわけがないのだから、無効の抗弁なんか認めるだけ無駄だろう」ということで、無効の抗弁もできないが妥当でしょう。

 この問題は突き詰めると登録主義の妥当性にまで話が発展していくので、簡単に答えが出るものではないのですが、問題の根底には特許法が創作法であり、商標法が標識法であるという保護対象の違いと需要者の利益の保護といった目的の違いにまで問題が波及していきます。

今後無効の抗弁は増加する?

 今回この問題を取り上げたのは、昨今どう見ても記述的商標として3条1項3号違反の商標登録が増えたというか、このような無効理由のある商標登録出願をすることがブームのようになっている風潮があるからです。

 3条1項3号違反というのは、「ブドウパン」や「美味しさイチゴ」と言った「ぶどう入りのパン」、「美味しさのあるイチゴ」といった指定商品の特徴を説明しただけの商標を言います。このような商標も、登録から5年を経過すれば商標権者が更新を繰り返す限り永久に商標権として残り続けます。

 26条で回避できるとはいえ、登録商標の抑止力としての効果は強いので、フィラー特許事務所としては「3条1項3号違反登録商標濫立時代の知財戦略」を秘密裏に提供するほかありません(興味のある方はご連絡ください)。

まとめると...そう簡単に白黒つけられません

 と、いうことで結論ですが、エマックス事件というのはこういう結論の出ていない非常に大きな問題で「簡単に結論できない問題を孕んでいる」ことを理解できていれば弁理士試験としては合格、無効理由のある商標登録でも5年を経過したら本当に安心していいかと言われれば、まあ大丈夫ですというのが答えです。

 現に論文本試験の問題では結論を求めていませんでしたので、迂闊に論点検証もなくあーだ、こーだ!と断定してしまった受験生は、点数が低かったのかもしれません。ちなみにこの年、私は短答試験にすら合格できなかったのでここで白状しておきますm(_ _)m。

画像1

弁理士・中川真人

この記事が気に入ったら、サポートをしてみませんか?
気軽にクリエイターの支援と、記事のオススメができます!
知財の分野にもっと興味を持ってもらえると嬉しいです。
フィラー特許事務所|弁理士・中川真人
2021年に誕生した大阪梅田の新しい特許事務所「フィラー特許事務所」を経営している弁理士です。 弁理士は、知的財産権に関する業務を行うための国家資格者で、一般には特許、実用新案、意匠、商標に関する特許庁との手続きの代理を行う専門家です。