いまさら真面目に読む『美味しんぼ』各話感想 第29話「旅先の知恵」
「初期の『美味しんぼ』からしか得られない栄養素がある…そんなSNSの噂を検証するべく、特派員(私)はジャングルへ向かった…
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■ あらすじ
ネットのない時代、じゃらんも楽天もない時代、日本人はどうやって旅行をしていたのか
東西新聞社文化部の慰安旅行で白川温泉(おそらく架空の温泉地)へ向かう一行。列車もほぼ貸し切り、とはいえ混乗(*団体乗車だけど貸し切りではなく一般乗客と一緒の車両を使うこと)だが…そんなことはお構いなしに呑んではしゃぐ文化部。混乗なもので当然一般客もいる、そしてなぜか一般客と仲良く酒を飲み交わす山岡。
この車両には絶対に乗り合わせたくないね!酒で騒いでいるグループとの混乗なんて御免被りたい!なんて思っていたら東西新聞社の商売敵、帝都新聞社も同じ列車に乗っているという。しかも帝都は2両貸切だ。列車の貸切運賃というのは往々にして高くつくので格差を見せつけられた気分だ。(増結でもしたのかな?)
帝都新聞も、東西新聞が社員旅行で同じ列車に乗っているということを耳にしたのか、イヤミを言いにくるし車内の雰囲気はお世辞にもいいとは言えない。酔っ払い、泥酔、ボックス占有、ちくちく言葉…公共交通機関を利用する際のマナーを守れ。
ただし、幹事の富井副部長はそんな陰鬱な空気を吹き飛ばさんと陽気に振る舞う。
と思っていたら、帝都新聞も同じく白川温泉に泊まるようで、しかも帝都は富井副部長の知らぬ間に建っていた大型ホテル。富井副部長が惚れ込み、みんなを連れてきたかった鄙びた白川温泉の姿は一変していた。そこに大人数で泊まるものだから、地元の食材は全部買い占められてしまい、伊勢海老・アワビ・トコブシ・サザエ・ウニ…といった富井副部長がみんなに食べさせてやりたかったものはすべて帝都側に流れてしまった。東西新聞社が泊まる民宿には何があるのかと聞いたら…
「ど…どうしてこんなところに来てトンカツを食べなきゃなんないんだっ!!」と慟哭する富井副部長。いやほんとその通り。あんまりだ。そこへ山岡と列車内で泥酔していた男が現れ
一発逆転ホームランのアイデアを出す。小魚をぶつ切り、ごった煮にして鍋に味噌を溶かして完成!のちゃちゃっと料理ではあるが、砂浜で火を囲みながら一つの鍋を囲むなんてとても素敵な体験だと思う。絶対に忘れられない旅になる。
具体的な魚の種類はわからないが、たとえばカサゴなども浅瀬に住み着いている小魚だし、鍋にしたらそりゃあ美味しいだろう。
そしていきなりの急展開だが、帝都新聞社の宿泊先のホテルが火事になっているのを発見する。そんな時に商売敵も何も無い、と現場へ急行する東西新聞社。119番はしたのか!?しておけよ!こうなるからな!
焼け出されたもののなんとか助かった帝都新聞社の一行を慰みにと一緒に竹林へ筍掘りに誘う。そこには現地でしか味わえない、掘りたて筍の刺し身という珍味があった。
帝都新聞社が連れてきた販売店の店主たちにも喜んでもらえ、火事に遭ったホテルとその他の宿泊客以外は別として、なんとかみんな旅行を楽しんで終えることが出来た。とはいえ、往路での威張りくさった態度が祟ったか、帝都新聞の幹事はまだバツの悪そうな面持ちであったので、谷村部長が気を利かせて
やはり谷村部長は『美味しんぼ』唯一の人格者… 帝都新聞も「負けませんよ!」と応え白川温泉での一日は和やかに、爽やかに過ぎていくのであった。火事に遭ったホテルとその他の宿泊客以外は別として。
◆ 富井副部長の責任感
みんなが浜鍋の支度をしている最中もひとりしょげて拗ねていた富井副部長。あろうことか浜鍋を「残飯同然」とまで放言する。こういうのが後々の舌禍事件などにつながっていくんだぞ…とはいえ、こういう態度も富井副部長なりの責任感のあらわれなんだろうなと思う。読み返している今も昔も、彼はハッキリ言ってクズだと認識しているが、それでもなにか憎みきれないところがある。彼が拗ねている理由は自分の愛した白川温泉の風情、美味を味わう機会が失われてしまったからではなく、それらを連れてきたみんなに味わわせてやれなかったからだ。そのことが富井副部長としてはいたたまれず、そして辛いのだ。いや、みんなそれなりに楽しんでるぜ?と慰めても、このテの人間は自分を責めてしまうものだ。それがわかるから、憎みきれないなあと思ってしまう。
◆ ネットがない時代の旅行、それはもはや冒険
私が就職し旅行関係の仕事をしていた頃は、既にネットが前提の環境になっていたが、先輩社員たちはネットがない時代の旅行をしてきた人ばかりで、酒の席などで「昔は~」などと愚痴だか自慢話だかを聞かされたものだ。なんで大人は「昔はつらかった、事故った、えらい目にあった」っていうことを楽しそうに話すのか、当時は理解できなかったが齢を取った今はわかるな…
ガイドブックは分厚くて、そして間違いが大量にあったり情報が古かったり、旅行者にとっては完全に信頼がおけるものではなかったし、そのくせ旅館や施設は個人客に冷たくて適当で…とにかくふつうの旅行者にとってはロクな時代ではなかったのは確かだ。どこに何があって、何が良いものか等々というのは旅行代理店の貴重なノウハウで、しかもセールスマン個人と宿や施設との関係性によって現地での扱いも違うのだから、客もそれを頼って旅行を組み立てた。旅行代理店に頼まない場合、今回の話のように「現地を知っている人が連れて行く」がメインの手段だったようだ。
移動手段を手配して宿を手配して何々が食べたいというリクエストを通して余った時間のレクリエーションもどうするか考えて予算を管理して(たぶん現金と紙帳簿)…富井副部長が担った責任はとても大きかっただろうと想像できる。電話するのに電話番号調べるのも全部電話帳などで調べるわけで、ネットで検索すれば出てくる時代、メールやシステムで予約・決済できる時代の労苦とは比較にならない。富井副部長、みんなを楽しませてやろうと頑張ったんだよね、ほんと。
◆ ガイドブックはいま…
紙メディアのガイドブックはだいたい1980年代中盤から刊行されてくるのだが、ちょうど今回の話の初出と同じ時代だ。個人旅行というものの始まりの時代と言ってもよいかも知れない。旅行会社がつくる団体旅行ではなく、型にはめられない自由な旅を求めたムーブメントが起こったのだ。その10年ほど前から自家用車が爆発的に普及したのと無関係ではないだろう。その需要に応えるように、じゃらん(1984年創刊)、まっぷる(1989年創刊)などのガイドブックが発刊され、個人客はそれを片手に日本中を飛び歩いた。しかし、WEBサービスへのシフトがすすみ、じゃらんは2024年度で休刊(北海道版のみ継続)、まっぷるを発行していた昭文社は吸収合併されるなど業界再編が進んでいる。
まとまりをかいた構成になってしまった、今回はここまで!
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・私の本業は…
私の本業は観光促進、移動交通におけるバリアフリーを目的とする組織のイチ職員で、食い物のことに関しては偉そうに話せる立場にないんです。
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