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僕の人生のエピソードゼロと夢。

「小学6年生のころ、いじめを受けていた。そして、その年の年度末、小学校の卒業式の前、僕の誕生日の二日前、に母が亡くなった。」


どうも!!passion全快の清です!!!

今、僕は人生初の海外、「世界で一番いのちの短い国」西アフリカのシエラレオネへの渡航を目の前にしている。

僕の将来の夢は、「世界でたくさんの人をお腹いっぱいにすること」。

今回の挑戦は、そのための大きな一歩になると思う。

そして、冒頭にある僕の小学生のころのエピソード。僕は今まで全ての点が線で結ばれていることを確信してる。

そして、これから僕はほんの少しだけ、世界の広さを知ってくる。

今回の挑戦で、僕の人生の新章が間違いなく始まる予感がしてる。

最近、よりいろんな人と関わるようになったし、そして今までもたくさんの人に愛されてきた。

そして、これからもっといろんな人と関わっていくんだと思う。そんな転換期の真っただ中。

だから、新章が始まる前に、僕、「神澤清」という男のことを以前より少しでも知ってほしい。これからもよろしくして欲しい。そして、この話しと僕のこれからの行動が、誰かの勇気、元気になりますようにという願いを込めて、今回は人生の出来事と、僕の夢の生い立ちをぜひ聞いてほしい。

神澤清という男

僕は、物心ついた時から、いつも夢を持っていたと思う。いっちばん最初の夢は「体操のお兄さん。」

ほら、あれだよNHKで「おかあさんといっしょ」に出てた、「ひろみちお兄さん」。同世代だったら分かるんじゃないかな。あれを見て、純粋になりたいなって思ってた。これが人生での最初の夢。

小学生のころにもたくさんの夢を持ってた。新聞記者、お笑い芸人、総理大臣、、などなど。ころころ変わってたけど、なぜか自分なら全部いけるんじゃないかと思ってた。お笑い芸人目指してた時のスピリットはやっぱりまだ残ってる(笑)

でも実はこれも僕の人生の中で一つの軸になっていると思う。

そして、たくさんの夢を持っていた中で、僕の人生にとってとても大きかったのは、「パティシエになる」というもの。

小学校のころ、確か二年生くらいのころからかな。家族の誕生日会のケーキを、僕が作ってたんだ。作っていたといっても、出来上がったスポンジにただクリーム塗って、フルーツとかを盛り付けるだけ(笑)だから味はまあだれが作っても変わんない(笑)

でも、それでも家族が「ケーキ美味しい!!すごい!!」って言ってくれたことが幼心の僕にはとても嬉しかった。

そんで、根っからの単純男は昔からそのままだったから、「よし!!パティシエになったる!!」という夢を持ち始めたってこと(笑)

そんな時、親が一冊の本を買ってきてくれたんだ。それは、「スーパーパティシエ物語」という本。

ざっくり話すと、現在もパティシエとして活躍されている「辻口博啓さん」という方が、和菓子屋を営む家庭に生まれ、そこから世界のパティシエになるまでの人生が綴ってある本。

これを見て、僕の頭には「世界」という言葉が強くインプットされたんだ。その時は、世界のパティシエになってやろうって、そう思ってた。そしてそっから何を夢見るにしても、「世界」という言葉を意識するようになったし、「世界の男になりたい」という僕の野望はそこから始まったんだ。

でもそんな小学校生活の最終学年、六年生の時の一年、とてもショッキングなことが始まった。母のガンの悪化と、いじめの始まり。

母からガンを伝えられたのは小学校三年生くらいの時。でもその時は特に危険というそぶりは見せなかったし、命には関わらないって言われてたから、まあそんな怖くなかったんだけど、それから徐々に、確実に容態は悪化していった。

いじめに関しては、僕は人に恵まれていたから、周りの人が最終的に助けてくれて六年生終了時にはほとんど無かった。

ただ、小学校卒業約一か月ごろ前くらいから、以前から入院と退院を繰り返していた母が入院し、そのまま息を引き取った。その場には居合わせなかった。前日、「ちょっと病院行ってくる」って飛び出した親父が朝帰って来たときに事を聞いて、全てが崩れたような気がした。小学校六年の一年で体験したものは、今までの人生の中で一番ハードな時間だったと思う。

この話は、実はここ2、3年でやっと人に堂々と話せるようになったんだ。そう考えると、意外と引きずっていたんだと思う。

そして、もう少し。自分はいじめをする側にもなったことがある。そして、さっき話に出てきたいじめから助けてくれた友達を、中学の時に裏切ってしまったこともある。

これが僕の一つの過去。

だけど、そんなセンチメンタルな小学校の時の出来事は、僕に強さを与えてくれた。いろんな状況の人の心理が分かるようになった。僕は感情がとても豊かで、情と深みのある人間だと思っている。それも、今までいろんなことを体験してきたから。

僕は今の自分が本当に好きだから、もし、嬉しかったことも、悲しかったことも、どれか一つでも欠けていたら今の自分になってないということを考えると、本当に全ての過去に感謝をしたいと思う。

と、ちょっぴりナルシズムが加速してきたところで、僕の夢の変遷を話していこうと思う!!やっとかい!!って感じだけどね!!

今のところ、「パティシエ」で話が止まっているね。さあ。中学校の夢を振り返ってみよう!!

中一、中二で「職業希望調査」なるものがあったんだけど、僕は二年連続で「有名人」と書いて、教頭面談の時にも「有名人になりたいです!!」と言い放った!そして!実はこの夢は今も間違いなく僕の胸に刻まれている。小学校前半の時からかな、目立ちたがりが始まったのは。なんでそうなったかは意外と覚えてない。(笑)

そして中学三年生、僕の人生を大きく変える先生に出会う。三年の担任だったその先生は理科の先生で、陸上部の顧問。そして、中学で間違いなく一番怖い先生だった。最初、担任だと分かった時は正直嫌だったけど、その人は、筋が通ってて、何事に対しても全力で、最高の熱血先生だった。

中学二年までは、勉強もいろんな行事も適当にやって笑って楽しんでたけど、その先生に会ってから、全力で、情熱をもって何かに取り組むという楽しさを知ったんだ。僕は今でこそ「熱い男」と言われるし、「passion monster」を名乗るくらいだけど、あの人に会っていなかったら間違いなく、情熱をまとう今の自分はいないと思う。

そんな先生のもと勉強をしてたら成績もよくなって、気づけば進路選択の時期。

僕は、県立の農業高校に進むと決めていた。なぜなら、高校卒業後の就職がしやすいから。パティシエはどこにいった?って感じだけど、実は中学に入ってから誕生日ケーキはケーキ屋の完成品食べるようになって、普通に薄れたんだと思う(笑)

まあでも一番の理由が、家にあんまりお金がないと思ってたから、大学や専門学校はいけないし、すぐ就職しようって。そういう感じ。

うちの農業高校には「生産科、環境科、食品科」があって、正直楽しければどこでもいいと思ってた。

最初は生産科、野菜を育てる学科に行こうと思ってた。それが、環境科の方がやっぱ楽しそう!ってなって、「環境科」で願書を出した。ただ、その願書提出後に、僕の人生を大きく変える出来事が起こる。

当時、僕は家でチャーハンを作ることにハマっていたんだ。チャーハンといっても、マヨネーズとかキムチ入れればうまいだろ!!がはは!!みたいなやつ(笑)

ある日、友達たちが僕の家に遊びに来た時に、チャーハンを作ってふるまったんだ。すると、友達がめっちゃ喜んでくれて。そこで思い出したんだ、小学校のころ、家族にケーキを作って喜んでもらってとても嬉しかったことを。

電撃が走った。「やっぱり、俺はこれだ!!!」って。この時点で、僕の人生のとても大きな軸が一本通った。「食を通して人を幸せにしたい」って。これが自分の生きがいなんじゃないかって。中学三年生が、そこで自分の使命みたいなものを感じたんだ。「調理師になろう!!」また、夢が変わった。

そっから、願書を先生に出したにも関わらず、怒られながら(例の熱血先生)進路を「食品科」に変更し、入学。そして入学直後、ショックな事実を知る。「調理師になるには専門学校に行って資格を取らなければいけない」

なんと!!!さっきも書いたけど、進学するお金はないと思ってたから、かなり焦ったし、どうしようかって感じだった。でも奨学金の存在は知っていたから、借金してでも行こうって思ってた。

まあとりあえず勉強がんばっておこうって。自分が好きで選んだ分野だったから、勉強は楽しくて、成績はどんどん上がっていった。面白いと思ったのが、「食品栄養」の勉強。タンパク質とかビタミンとかの栄養成分を、実験を中心に勉強してた。そうすると、高校二年くらいから、「食品開発」も面白いなって思ってきた。

そこで頭にあったのが、母のガン。ガンっていうのは生活習慣病の一種。そして、生活習慣病は食生活から改善できるってことを知った。だから、勉強をしていくにつれ、「食の力で人の命を救いたい」って思うようになったんだ。やっぱりここでも「食」という軸は変わらなかった。

そんなこんなで勉強してて、部活動もやってたからあっという間に時間も過ぎて、気づけば三年生になろうとしていた。

進路どうしよっかなって。成績は良かったけど、農業高校だから、少しいいかなって感じの私立大学の食品系の学部しか頭になかった。その時には、奨学金をフルに借りて行くっていう覚悟はあった。理系になるから相当高いけど(笑)

大学に迷っていた時、あるニュースが耳に入った。自分は静岡に住んでるんだけど、静岡県の国立大、「静岡大学」の農学部がAO入試として、農業高校生を対象に、15人を推薦枠としてとるというもの。そして、学部が再編成されて、それまでなかった「食」をテーマとしたコースができるって。

国立大学なんて頭になかった。高校では成績良かったけど、一番ってわけではなかったし、中学のころを考えると、まさか自分が国立大学受けるなんてねって。

もともと考えていた私立大学の試験は静岡大学よりも後だったんだけど、両立するのは難しいって言われた。だから、二択だったわけだけど、僕は静岡大学に挑戦することにした。

試験内容は、理科科目基礎から一つを選択した筆記テスト、面接、小論文、そしてグループディスカッション。理科は化学を選んだけど、得意だったし、勉強も楽しかった。だけどそれ以外の試験の対策で、農業について勉強をしなければならなかった。

そして、個性も出す必要があった。僕はずっと「食」に関心を持っていたから、食の視点から農業を学んだ。

その時から初めて自分で主体的に日本や海外の食の問題について勉強した。日本だったら食料自給率の低さとか、遺伝子組み換え作物が人体に与える影響とか。そして勉強していくうちに、必然的にある一つのキーワードにたどり着いた。それが飢餓だ。

よく、みんな子供のころご飯残したりすると、「世界には食べれない子もいるんだよ」って言われたと思う。僕は勉強して、始めてその問題について現実だと受け止めることができた。

そっから、ふと考えるようになった。「あれ、なんで俺らはこんな毎日お腹っぱい食えるのに、それができない人たちがいるんだ?」って。

考えれば考えるほど、なんだか世界で理不尽なことが起こっている気がしてきて、気づいたら、「これ、なんとかしなきゃな」って思うようになった。

パティシエ、調理師、食品開発、小学生のころから「食」を軸に夢が変わっていって、最終的にその「食」すらまともに受け取ることができない人たちがいるんだって気づいた。

国立大学への受験をしていて意識が高まっているなか、今現在僕が持っている夢が出来上がった。

「世界でたくさんの人をお腹いっぱいにしたい」


最高に楽しかった高校生活が終わり、無事静岡大学に入学した。大学入学後は、高校までとは一気に環境や生活も変わって、ただただ楽しかった。そして、高校からやっていたハンドボールも、部活で続けることにした。

大学の勉強は、実は少しイメージと違って、「農から食までの経済的なつながりとコミュニティ」って感じの勉強だった。そして、自分の夢に対して主体的に勉強は特にしてなかったし、どうすればいいかもよく分かんなかった。

進路として考えていたのは、青年海外協力隊。国際協力をする上で一番有名なところだと思う。

毎日毎日、楽しくて充実した大学生活を送っていたけど、気づけば三年生になろうとしていた。(気づけばいつも三年生になってる(笑))

どうしようかなって。青年海外協力隊行きたいけど、特に受かるような経験やスキルはなかったし。海外にボランティアに行ってみたいって思ってたけど、携帯代と家にお金入れてたってのと、部活の関係で思うようにお金はたまらなかった(今考えればいいわけにすぎないけど)。

なんかしときたい!!どっか行きたい!!今と離れた環境に行きたい、なるべくお金かからないところで。って、思って頭に受かんだのが「日本の離島」。

学部で「地域活性」系の勉強をしていたから、島でボランティア、いわゆる「島おこし」をしてみたいって思ったんだ。そんで探してみたら、夏にボランティアを募集している「ECOFF」というNPOを知った。

そして、10日間滞在の「ボランティア生」の他に、一か月住み込んで島おこしに関わる「インターン生」があることを知った。そしてインターン生はボランティア生と違って参加費はかからず、格安で参加できるとのこと。

お!安くたくさんいれるインターンいいじゃん!!とは思ったけど、夏は自分の大学部活動最後のシーズン前。それに、副部長も務めていたから、一か月いるってなると、「副部長としての責任はどうなるのか」「せっかく続けた部活が中途半端な終わり方になるんじゃないか」そんな迷いがあった。

でもいろんな人と話すうちに、一か月インターンとしてやりたいって思いが強くなったし、行けば絶対なんか変わると思って、一か月行くことを決めた。部活や研究室の先生に許可をもらって。

そしてこの決断がなかったら、今の自分とは全く違う自分だったと思う。

島での生活は、独特の時間の流れや、地域の人の暖かさなど、とても過ごしやすかったし、島は「宝島」という島で、鹿児島港からフェリーで13時間かかり、人口は130人ほどのとても小さな島。だけど、人の心と自然がとにかくキレイなところだった。

コンビニもなければ、信号だって一つもない。そんな島で僕は一か月活動をしながら、自分の今後についても考えた。島おこしというものについてもたくさんのことを学んだ。そして、その考える時間もあって、やっぱり僕は「世界でたくさんの人をお腹いっぱいに」という夢を目指したいと思った。

宝島で、ボランティア生として来ていた一人の男との出会いが僕を大きく変えた。彼は、DREAMという旅の大会で優勝をつかみ取り、来年その賞金で世界一周に行く男だ。彼は島に来る前にも日本一周をしていたりと、めちゃくちゃアクティブなやつだった。

島での生活を終え、部活動に復帰し、10月後半までやっていたが、島生活が終わったあとも、彼と連絡をとったりしてて。そして部活を引退し、島での熱も冷めてきて、どうしよかな~と再びぼやけていたころ、彼から連絡がきて、「夢を語りにいこう!!」って、名古屋で開かれる学生交流会なるものに行くことに。

学生イベントの類には行ったことがなかったけど、まあいくか!って思ったし、「俺島行ってたし、ギャグもできるし、人気者になっちゃお!!」って思って参加した。

でも、そのイベントはいろんな意味でとてもショッキングだった。ゲストの話しを聞いたりしてると、今の世の中が、自分の知らない部分でとても動いているということを知ったり、なにより食らったのが、参加者の学生たちが恐ろしいほどにアクティブな人たちの集まりだったってこと。

世界一周に行ってたやつ、世界一周に行くってやつ、海外でインターンしてたってやつ、行動力ある人たちばかりだった。

そこで、僕は自分の目標に対する行動力の無さに焦りを感じた。島行ったのももちろん良かったけど、これからもガンガン動かないとって。そこで、イベントで初めて会った人たちと今度は自分たちがイベントやろうって、すぐに企画に入った。

テーマは「国際協力と平和」。具体的に行動を起こしたいと思ったこと、そしてテーマをそれにすることによって、自分と似た考えの人たちがたくさん集まるんじゃないって思った。

それを機に、僕は自分の夢を口にするようになったし、より考えを深めようと知識を深めようと意識した。すると、周りから自分がどういうことを目指しているのかということを知ってもらえるようになったし、イベントを通してたくさんの人と繋がった。

イベントは今年の2月に開催したんだけど、そのころ僕は同時にあることについて悩んでいた。それが「休学」。出会う人の中で、休学をする人がたくさんいて、僕も、思ったことと、国際協力や、自分の目標に対する知識が深まるほど、あと2、3か月で進路を選択するには早すぎると感じた。

文献や、人との会話の中でインプットとアウトプットはたくさんしていたけど、やはり現場経験が欲しいって思った。「途上国の人たちは~」って話してはいるけど、途上国、なんなら海外すら行ったことない。これじゃいつまでたっても目標に近づけない。

やっぱりまずは現場に行こう。そう思って、海外のボランティアをたくさん探してみたけど、本当に高い。交通費は自分持ちで、一週間の滞在で10万くらいかかるようなものばっかりだった。

なんかいい方法ないか。いろいろと人に相談していた時に浮かんだアイデアが、「WWOOF」という、ファームステイをしたい人向けに、農家さんを紹介する仲介機関の利用だ。

WWOOFは主にニュージーランドやオーストラリアを中心に、日本でも行われていて、最大の利点は、「安く滞在できること」。農作業などの仕事を手伝う代わりに、宿と飯を提供してもらえるというものだ。

「アフリカでWWOOFってやってるのかな!?」そう思って探してみたら、あったんだ!!8か国ほど開催してる国が!「よし!これでアフリカに行けばより安く滞在できるし、勉強してた農業もできるし、向こうの人の生活を肌で感じることができる!!」

さっそく、その中から国を探してみた。すると、なにやら見たことのない国が、「SierraLeone、、?なんて読むんだこれ、どっかの国の別名かな」なんて思って検索してみたら、西アフリカのシエラレオネという国だと分かった。そして、「世界で一番いのちの短い国」と呼ばれていることも知った。

どうせ行くなら、より貧しいと言われている国に行きたいと思っていた僕にとって、この出会いは衝撃的だった。

行きたい。知りたい。好奇心は高まるばかりだった。

そしてこれもちょうど同時期ごろ、1月ごろに、授業で講師として来てくれた先生とご飯をすることになり、そこで、「8月に開催されるドイツのワークショップに行かないか?」と誘っていただいたんだ。その内容は、「世界での農村地域のリーダー育成」というもので、二年に一度開催され、国際的機関のもと勉強ができるというものだった。

これも、とても行きたい、行ったら絶対なんか変わる、そう思ったんだ。

シエラレオネでのWWOOF農業生活、ドイツでのインターナショナルワークショップ、この二つに参加して、自分の夢に一歩近づくため、僕は休学を決意した。


そして、ついに、人生初の海外、シエラレオネへの渡航を直前にしている。僕が人生の深いところから語ったのは、小学校の時に持っていた夢、起こった出来事、その後の友達との楽しかった生活、全てが今の自分のピースになっていて、今の自分がいると思っているから。

これから、僕、「神澤清」の新章がまもなくスタートしようとしている。一体アフリカってどんな場所なんだろう。「世界一いのちの短い国」の人たちはどんな顔で生活してる?どんな気温なんだろう。どんな風が吹いているんだろう。病気とか大丈夫かな、何か盗まれたりしないかな。ワクワクと不安が胸を満たす。これは間違いなく新しい世界の扉を開く前のドキドキだ。

何もわからず、たくさんの人に教えてもらってきた。たくさんの応援、愛をもらった。「生きて帰ってきて」、こんなことを言われたのは初めてだ。でも今自分がしようとしてるのはそういう挑戦。支えがなければスタートラインにすら立てていない。

こっから、僕はこれからも成長を続ける。多分自分の想像を超えて。

世界でたくさんの人をお腹いっぱいにするために。そして、僕のPASSIONで世界を照らして、誰かに熱と勇気を与える、誰かにとっての「二つ目の太陽」になるために。

いろんな出来事があって、人に恵まれてきたから、自分が学んだことで今大事だと思う事を書こうと思う。

まず一つは、「自分を好きになって、周りの環境、人、過去に感謝するように努力すること」。自分のことは好きですか?自分が生まれてから死ぬまで、一番自分の近くにいるのは誰だと思いますか?それは「自分」です。

人間は自分を客観視して、反省したり、改善したりする能力がある。だから、自分の中には自分が二人いるって感覚。だから、自分のことを好きになるっていうことは僕はとても大切だと思う。いつも一緒にいるのが、「好きな自分」なのか「嫌いな自分」なのかって言ったら、もちろん好きな方を選びますよね!

そして自分を好きになると、周りに感謝することができる。それは、「自分」という人間はいろんな周りの環境と過去からできているものだから。自分が好きなら、「好きな自分でいれるのは周りのおかげ」って思うことができると僕は思う。

二つ目は、「誰かの愚痴や悪口を言っている時間がどれだけ無駄か」ということ。正直、僕も一年前くらいは人の愚痴とか言ったり、棚に上げて笑ってるのが好きでした。でもそれは、他者を否定して自分を肯定するっていうやりかた。人のことばっかり言ってても自分の価値は上がらない。

人間は一日に6万回思考してるんだって。それが、例えばネガティブな人ならその七割、4万回くらい愚痴や不満を思ってるとしよう。それが、めっちゃポジティブになれれば、逆に4万回、5万回って、いいことを考えれるようになれるんだ!誰かの不満ばかり思っていることと、周りに感謝して、自分の目標のことなどを考える。この両者にはすごい差があるし、僕はポジティブでいたい。

若い今、いろんなことにチャレンジできるからこそ、人のことばっか考えている暇なんかなくて、なるべくプラスに、自分のことを考えることがとても大事だと思う。

そして3つ目、「若いうちはもれなく大体なんとかなる」。若いっていいね!って大人は言うけど、本当に間違いない。若いうちにリスクを冒して、たとえ失敗しても、「若いからね」とか「若いのにすごいね」っていって何とかなる。

自分が良かれと思って決断した時には、絶対に、やらなければ得れなかったことが得れた。行動しないとゼロ。でも決断し、行動すれば間違いなく+1以上のものが返ってくる。

そして、思いっきり誰かに頼ったっていい。大体の人も、最初は頼ってきたと思う。誰だって最初一人ってのは難しい。感謝を忘れず、還元するって決めれば、一人で悩む必要はない。

最後、「夢は人を救う」。夢って言葉は意外とハードルが高い。でも、「毎日友達と遊んでたい!」ってのも夢だし、「綺麗なお嫁さんになる!」ってのも夢。小さいも大きいもない。ちなみに僕は今現に1つ夢が叶ってる。「周りに愛すべき人がたくさんいる」ってこと。
小さいころから夢を持ってたから、先の人生にポジティブになることができた。

僕らは夢に生きることができる。そして生きよう。何があったって人生いつだって「これから」さ!!

そろそろ締めくくろうと思う。渡航前の感情を、これまでの経験、夢、学んだこと、でまとめた備忘録でした。

最後まで読んでくれてありがとうございました!!ちょっくら世界行ってきます!!愛と情熱を携えて!!!

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コメント (1)
いってらっしゃい!!
最近大学の課題やら試験に追われて自分のやりたいことに言い訳してたな…清の重思いを聴いて、よし、次に進もう!って思えた!ありがとう!!
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