見出し画像

光害対策ガイドラインを読む

不適切な明かりで周囲や空が照らされる。これによって起きる害を「光害(ひかりがい)」と呼びます。光害があると星が見えなくなるのはもちろんですが、動植物を含む生態系に影響が出たり、人の健康に影響が出たり、交通の妨げになったりと、星好きだけに限らず広く影響があります。

光害をどうやって抑えるか。そのためのガイドラインを環境省が作っています。光害対策ガイドラインです。初版が作られた1998年から何度か改訂され、最新版は2022年3月版。LED照明の普及を反映したものが公表されました。

光害対策ガイドライン(令和3年3月改訂版) 

私の個人的な勉強記録も兼ねてここではその概略を記してみます(概略と言っても長くなってしまいましたが)。光害に関心のある方は、ぜひガイドライン本体(参考資料を含めて59ページ)に目を通してみてください。

光害対策ガイドラインの構成

  • 第1章:光害と光環境の定義

  • 第2章:LED照明の普及と光環境の現状

  • 第3章:屋外照明による環境影響と、光環境類型、良好な光環境の形成のための要件

  • 第4章:星空保護の取り組みの実例や条例等の事例、海外の関連法制度

第1章 ガイドラインの概要

この章では、「光害」と「良好な光環境」の定義、対象者の他、光害の防止に関連する各種の規定・指針が列挙されています。国際照明委員会 (CIE)によるガイド、JIS規格、防犯、省エネ、自然公園法、屋外広告物法など、関連分野が多岐にわたることがわかります。

  • 光環境のイメージ
    下の図が、ガイドラインを理解する出発点と言っていいでしょう。現状の何が問題で、どんな状況を目指すのかがわかりやすく表現されています。

光害対策ガイドラインより引用。

「光害」と「良好な光環境」については、以下のように定義されています。

  • 光害:光害とは、「良好な光環境」の形成が、人工光の不適切あるいは配慮に欠けた使用や運用、漏れ光によって阻害されている状況、又はそれらによる悪影響のことである。

  • 良好な光環境:良好な光環境とは、地域の社会的状況や生態系・夜空を含む自然環境特性を踏まえ、適切な照明により社会の安全性・効率性・快適性や良好な景観を確保しながら、省エネルギーの実現や自然環境への影響を最小化する十分な配慮がなされた光環境のことである。

第2章 LED照明の普及と光環境の現状

第2章では、普及著しいLED照明によって光環境がどう変わってきているかが紹介されています。

  • LEDの特性:省電力(高効率)、長寿命、紫外線や赤外線が少ない、調光・調色が容易。

  • 日本は2030年度までに照明器具の100%を高効率照明(LED, 有機EL)にする目標を立てている。

  • LEDの普及と光環境

    • 費用削減や明るくなったことによる住民の安心感の向上(日本防犯設備協会 防犯照明ガイド)。しかし明るくなりすぎてまぶしさを引き起こしていないか?という指摘も。

    • 期待したほど省エネにならない割に、明るさが増加している例もある(Kyba et al. 2017)。

    • lightpollutionmapによる解析では、山手線エリアの上空への放射光強度は平均2~3%/年の増加傾向

    • 自治体や民間企業による景観照明も増加・多様化している。その場合も、必要な対策や周辺環境の調査・住民との協議を行って光害を抑える取り組みが重要である。

第3章 屋外照明による環境影響と対策

光害を起こしうるのは屋外照明ですが、環境に対して具体的にどんな影響が起きうるのか、どう対策するかが述べられます。本ガイドラインの一番の肝。

  • 屋外照明の目的:通行の安全性と円滑性の確保、防犯、人々の活動・作業の安全性と確実性の向上、雰囲気の演出と多岐にわたる。しかし不適切な屋外照明は、周辺環境に悪影響を及ぼす可能性がある→光害。

人への影響

  • 同じ人工光でも、人の特性(年齢、性別、趣味、心理的状態等)や環境(季節・場所・時間等)によって受ける影響は異なる。

  • 快適性への影響

    • 例:屋外照明が住居に侵入することで安眠やプライバシーが阻害される。漏れ光がグレア等による不快感を与える。サーチライトが周辺住民への不快感や景観への影響を与える。

  • 安全性への影響

    • 例:照明が届くべき場所に十分光が届かない、届くべきでない方向に光が漏れてグレアを生じ、まぶしさを感じて安全性が損なわれる。

  • 概日リズム(サーカディアンリズム、いわゆる体内時計)への影響

    • 青色光は特に概日リズムに影響が大きいため、青色光を含む強い光は朝から昼過ぎまでに浴び、夕方以降は避けるのが望ましい。

    • 概日リズムはメラトニンというホルモンが夜間に分泌されることで調整されている。一定以上の強さの光が目に入るとメラトニンの分泌が抑制されるが、中でも青色光は抑制効果が強い。

動植物への影響

  • ある環境に生息する動植物の間には極めて複雑な関係がある。このため、特定種に対して照明が及ぼす直接の影響が大きくない場合でも、巡り巡ってその影響が予想外に大きくなる可能性がある。

  • 動物への影響:月や星の明かりを頼りに行動する動物がいる(例:ウミガメ、渡り鳥)。ウミガメは明るい場所での産卵を避けたり、ふ化した稚ガメが海の方向を間違えたりする報告もある。

    • 昆虫類

      • 光に誘引される(走光性)のガ、光を避ける(背光性)のホタルなど。屋外照明によって繁殖活動や生息数に影響を与える可能性がある。ガは夜間送粉者としての役割もあり、ガへの影響が広範囲に及ぶ可能性がある。

    • 哺乳類・両生類・爬虫類・鳥類

      • 夜行性の動物は屋外照明によって影響を受ける可能性がある。昆虫を餌とする生物は、その昆虫の行動が照明によって影響を受けることで、間接的に影響を受ける可能性がある。

    • 魚類

      • 走光性と背光性を持つものがある。光放射の変動(日長変動)は繁殖や生理作用に影響があるが、野生の魚類への影響は未解明。

  • 植物への影響:光合成や花芽形成において、屋外照明により促進・抑制の影響がある。また、波長によっても影響に差がある。

    • 野生植物

      • 光合成や成長への影響、短日植物・長日植物の花芽形成への影響、受粉を助ける昆虫への影響。

      • 短日植物:日長が短くなると花芽を形成する。一定時間以上の暗期を持つ光周期を与える必要があり、暗期中に光を与えると暗期がリセットされる。

    • 農作物

      • イネ(短日植物)やホウレンソウ(長日植物)への影響が知られている。イネは屋外照明で出穂遅延が生じる可能性があり、コシヒカリは、5ルクス超の夜間照明で影響が顕著(13日の出穂遅延:原田他2012、照明学会誌 96(11), 733)。

      • 一部の樹木では、落葉が遅れて休眠誘導が阻害される。

  • 夜空の明るさへの影響

    • 上方へ洩れる光(上方光束)が大気中に散乱して夜空が明るくなる:スカイグロー (skyglow)。都市の光は100km以上離れた場所の夜空をも明るくする。

    • 高色温度の照明に含まれる青色光(短波長の光、LEDにも多く含まれる)は散乱しやすく、スカイグローは大きくなる。

    • スカイグローは暗く淡い天体(例:天の川)を見えなくする。日本では約7割、北米では約8割、世界全体でも人口の1/3は天の川の見えない環境で生活している (Falchi et al. 2016)。

目指すべき光環境

  • 光環境類型:国際照明学会ガイドラインCIE150:2017に基づき、地域の状況に応じた「光環境類型」を設定する。市町村は各地域の実情に合わせて類型を選択し、適切な対応を推進することが望まれる。
    → 下表で見る通り、一つの自治体に複数の類型の地域が含まれることも珍しくないと思われます。自治体一括ではなく、よりきめ細かい対応が求められるということですね。

光害対策ガイドラインより引用
  • 環境区域E0:CIE150:2017で追加された。UNESCOスターライト保護区、国際ダークスカイ連盟ダークスカイプレイス、研究上で重要な光学天文台が含まれる。

    • 指定された方向の最大光度値は減灯時間前でも0という厳しさ。

    • 研究上重要な光学天文台の周囲100kmはE0またはE1の推奨に従う必要があるという規定。

    • しかし国内ではこれは現実的でないので、本ガイドラインにはE0は含めていない。例えば西はりま天文台周囲100kmには神戸市、岡山市、高松市、鳥取市などが含まれ、現実的にE0/E1になり得ない。

目標とする指針値

光害対策ガイドラインより引用(表4)

屋外照明による環境影響への対策

  • 良好な光環境の要件:1) 配光、2) 上方光束比、3) 輝度(輝度分布)、4) 光色(相関色温度)

    • 配光:照明器具から出る光の光度分布

      • 要点:照らすべき場所を、適切な強さと適切な時間に照らす。

    • 上方光束比

      • 上方光束は人間生活の利便性の向上に寄与しない。

    • 輝度(輝度分布)

      • グレアによる視認性の低下や不快感を低減する必要がある。

      • グレアの程度は、光源の輝度、周辺の(目が順応している)輝度、グレア源の大きさ、視野内の位置によって変わる。発光部の輝度分布が一様か、多数のLED電球が見える構造かなどによっても不快度は変わる。

      • 照明学会JIEG-001(2018) 屋外歩行者空間におけるLED照明の不快グレアに関する指針、など参照。

    • 光色(相関色温度)

      • 青色光は人や動植物への影響が報告されており、夜間の屋外照明は電球色程度の色温度のものが望ましい。一方で色温度が高い方がエネルギー効率は高いため、道路照明などでは5000K程度のものが使われる傾向にある。目的に合わせて適切な色温度の照明を使うことが重要。

    • 検討すべき対策

      • 以下の原則の下で、光環境類型に基づいて照明器具を選定する。

        • 全ての照明の目的を明確にすること

        • 必要な範囲のみ照射すること

          • 上方光束を含む漏れ光を抑制するため、フードやルーバーをつける、光軸を水平より下に向けるなどの対策が考えられる。

        • 必要なときにのみ点灯すること

          • 店舗営業時間後や人通りが少ない時間帯の広告物照明の消灯など。人感センサや照度センサなどで制御する「スマート照明」も有効。

        • 必要以上の明るさにしないこと

        • なるべく低い相関色温度の照明器具を使うこと

第4章 先進的な事例

星空保護区

  • 国際ダークスカイ協会による認証制度。夜空の暗さだけでなく、屋外照明に対する基準や地域における光害啓発活動などが求められる。

  • 西表石垣国立公園(沖縄県石垣市・竹富町):国内初の認定。ただし改修が必要な照明が多数あったため、暫定認定。→2023年度までに公園の屋外照明を光害対策型に改修する計画。

  • 東京都神津島村:村全域を指定。IDA認証済みの照明器具を設置し、上方光束や漏れ光が大幅に改善。

  • 光害対策ガイドライン改訂後の2021年11月、岡山県井原市美星町がアジア初のダークスカイコミュニティに認定。

条例等

海外では、法律で光害の防止を規定している国もあります。

  • フランス:光害防止に関する法律を2018年12月に制定。上方光束比1%未満、相関色温度3000K以下などの制限がほとんどの屋外照明に課されている他、減灯時間の設定グレア抑制、住居への侵入光の禁止、サーチライト・レーザーの原則禁止など。

  • クロアチア:光害の防止に関する法律が2019年1月に改正。サーチライト等に対する制限や相関色温度3000K以下、上方光束比0.0%などの制限。

都市計画

巻末資料

  • 照明設計、設置、運用のためのチェックリスト

    • 光環境類型の確認、周辺環境への配慮課題、設計段階における適切な光環境形成のための確認項目、など。

長くなりましたが、以上です。星の見え方だけでなく、影響範囲が非常に多岐にわたることがわかりますね。このガイドラインに登場した参考文献なども、おいおいこのnoteで紹介記事を書いていきたいと思います。

ヘッダ画像は、AIお絵描きのMidjourneyに"light pollution prevention guideline"と入れて出てきた画像のひとつです。全く傘の無さそうな街灯とサーチライトのような光の筋が描かれていて、状況をなかなかよく理解しているといえそうです。


この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?