「テスカトリポカ」

佐藤究さんの「テスカトリポカ」を読みました。

読了に二週間以上かかりましたが、とても面白かったです。

この小説には大きく分けて、二つの側面があると感じました。



①リアルな犯罪シミュレーション小説


この作品はノワール小説としては、「現実に起きたら困る犯罪をリアルにシミュレートし、展開している」という点である意味SF的な面白さがあります。
「もし、現代日本に麻薬カルテルの凶暴ギャングが乗り込んで、天才悪徳医師と組んで臓器売買ビジネスを始めたら?」
そういう本当にあったらかなりまずい状況が取材力と描写の積み重ねでリアルに迫ってくる為、ハラハラした読書体験が得られました。とはいえ、リアルといってもあくまでフィクションなので、手下の描写が「バキ地下闘技場編」みたいな漫画的な要素が強かったり、娯楽としてのバランス感覚も巧みで、普段小説を読まない方にも手に取りやすい作品だと思います。


②人間の暴力を独自の視点で考察する作品


佐藤究さんの本は他に「Ank : a mirroring ape」を読みました。

エンターテイメントとしての壮大なスケールと共に人類の起源や文化に対する他にないような新鮮な視点からの鋭い考察が印象的な作品で、「テスカトリポカ」がハマった人にはこちらも是非読んで頂きたいのですが、こちらの作品はテーマとして「人間の暴力」を扱っています。
「なぜ、人は人に対し、凶悪な振舞をしてしまうのか」
「Ank」ではその命題を他で見ないような斬新な視点で考察していたのが印象的でしたが、「テスカトリポカ」でも佐藤さんは同じテーマをまた違う視点から切り込んでいるように感じました。
その視点とは「アステカ神話」です。白人に征服される前に中央メキシコで継承されてきた神話体系。いけにえの儀式など、白人達のキリスト教的価値観から見れば理解しがたいものが、どのように人に影響を与え、どのような力を与えるのか。作者がそういった難しいテーマに真摯に向き合っている為、結果的に、理解しがたい凶暴性を発揮する登場人物達の背後に存在するものが、我々読者に確かな説得力を持って伝わってきます。

 とはいえ、そのようなテーマは宗教慣れしていない日本人にとってはとっつきづらい部分もあるかもしれません。しかし、現代の問題を解像度を上げて分析する上で、宗教を勉強していくことはとても役に立つので、こういった作品を契機に関心を持つ人が増えれば、素晴らしいことだと思います。


というわけで、とても面白い作品でした。グロテスクな描写に耐性がある人には自信を持って勧められる内容です。最後まで記事をお読みいただき、誠にありがとうございました。

 



※第165回直木三十五賞および第34回山本周五郎賞を同時に受賞した

#読書の秋2022

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