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ヒーロースレイヤーと偶発変身少女 少女視点①

新宿駅は、迷うに易く、座るに困らない

ウーンイマイチ。私は改めて記事の見出しのアイデアのリストアップを再開した。まだせいぜい20個。仕事にするなら、100個くらい普通と聞くクウガのグロンギみたいな呻きが心の中で漏れる。

「新宿駅の魅力を広報する」———なんだってそんなことを新宿にあるわけでもない高校の学園新聞部が手掛けるのか。正直、納得はいまだにいかないけど、ひとまずやってみよう、と自分の腕を物理的に叩いて奮い立たせた。

あっ、そうそう。現在座っているのはスター●ックスの座席。頼んだホットコーヒーがカウンターに置かれている。セブンイレブンを使わなかったのは、見栄え以外の理由があるのか。味とバラエティー。あっ、思いついたぞ。

新宿駅は迷うに易く、座るに困らないが、最低でもトイレは探しとけ。マジで

ダメだ。十七歳の娘が考えに考え抜いて出したキャッチコピーとしてはあんまりといえばあんまりだ。そもそも、今はキャッチコピーじゃなく記事の見出しを考えている。ひとまず、ツイッターにでも流しとこう。私の友達、誰もやってないし。

改めて、文章を書こうとしたが、指が止まる。珈琲をもう一口飲み、頭を切り替えることにした。机の下に置いていた鞄から、石ノ森章太郎の漫画を取り出す。
十ページくらい読んだとき、

「へぇー仮面ライダー、好きなんだ」

低い声を掛けられ、振り向いた。ベージュのジャケットを着た青年が立っている。私より五歳ほど上。日本人にしては彫りの深い顔立ちで日に良く焼けた皮膚の色。私の友達の麻綾なら好みのタイプと言うかも。
「ええまあ」
麻綾は彼氏交代サイクルが我がグループで一番早い。あまりに命を燃やし過ぎて、相手が保たないからでは?
青年は私の漫画に目を落とした。
「ヒーロー、好きなの」
「はい」
「どんなのが好きなの?ライダー以外だと」
「そうですね。スーパーマン、仮面ライダー・・・デアデビルあたり」
「めちゃくちゃ強い人か、凡人が滅茶苦茶頑張って戦う話が好きなんだねー」
「はあ」
要約すんな!
「じゃあ、ヒーローやってみたいなーとか本気で思ったことある?」
「そりゃまあ、誰だって一度はあるんじゃないですか?」
私は最後まで答えてあげることに決めた。多分、東京名物の「女子高生の話し相手が欲しい男性」のうちの一人だ。そう考えると、男性ってショッカーみたい。たくさんいて、だいたい、上司の命令に逆らえないところが特に似ている。結構怒ってるな私。
「じゃあ、はい♪」
そのお兄さんは私の手に何かを押し付けてきた。これは・・・時計?格好良いデザインで、随分高そうなんだけど!


「ここ数か月で僕はわかった。僕は徹底的に向いてない。だから、君に譲る。・・・いや、それは格好つけてるかな。君に押し付ける!!」


「いやっ、あの・・・・・そういうの、ホント困るんですけど」
「そりゃ、最初は誰でも困るとも。それがヒーローになるということだよ!ではアデュー!英雄少女よ!!!励みたまえ」
 彼は私の呼びかけにも応えず、あっという間に店を出て行った。

・・・・・仕方がない。

残念なお兄さんから「押し付け」られた時計を検分することに決めた。アップルウォッチと少し似ている。黒と白のラインで構成された意匠は正直格好良くて、言われてみれば、ヒーローっぽい。いや、どちらかといえばこれまたショッカーか。黒と黄色ならゼットンで強そうなんだけどな。最新(※)の彼?とDCのドゥームズデイが戦う動画が観たいんだよね。

人に声を掛けられるのに慣れてない女子高生がスターバックスにて、見知らぬ変てこお兄さんから謎の時計を押し付けられた。その時計が実はヒーロー変身のアクセスキーで・・・」 

物語の夢想が前触れもなく始まる。ひとまず、手書きでメモに出力。
「連載小説も私がやります!!それならいいですよね!?」
そんなことを何も考えずに言ってしまった過去の自分が呪わしい。あのとき「いいよ」と言った顧問の先生はサディズムな笑みを浮かべていたなあ。

生理は論理を超える

また、新しい見出し案・・・新宿要素が完全に迷子。トイレ行きたくなったらそうなるよね。ちょっとセルフ笑いが起きてしまう。

スター●ックスの窓側で雑談していたグループ客のうちの一人が突然立ち上がったのは、そのときだ。

最初に感じたのは熱。暖房の設定間違えたんじゃないと思うほど、急激に店内の温度が熱くなった。まずノートPCを閉じてから、熱源を探してしばらく視線を左右に動かし、それが見えた。蒸気が、さきほど立ち上がった女の人の身体全体から噴出し、長い紫のスカートがひらひらと揺れている。スチームおばさん。唐突な案に変な笑いが起きそうで起きず、私の周囲も白いスチームに包まれ、スター●ックス店内はホワイトアウトに近い状態に変わる。

そのとき、ようやく私は首に伝う汗を感じた。

鳩尾にとても嫌な予感を覚え、声を出そうとしたが、出なかった。舌が喉奥に貼りついたように動かない。膝が笑い、心臓のリズムが物凄く早くなっているのがわかる。動かなきゃ。そう思った。なんだかわからないけど、すぐに動かなきゃ

蒸気が消失した。さきほどまで女の人がいた位置にいるのは、黒い甲冑を着た西洋騎士。ベルセルクの彼に似ていなくもない。全力で距離を取るべき相手ということしかわからない。
女、貴様の魂をもらうぞ
中世的な声。店の入り口までの距離を計算。この距離なら全力ダッシュで逃げられる可能性もある。幸い、短距離は得意なほうだ。
おやおやあ。なかなか見込みがありそうで、うれしい限り」
別の男の声と共に後ろに立つ気配。20センチも離れていないのがわかり、絶望が起きた。
太く脈打つ何かで首が締め付つけられ、呼吸が苦しい。もがけばもがくほど、意識が黒く塗りつぶされる。もがくのを諦め、なんとか身体を緩めようとし視界に吸盤のようなものが見えたとき—————暗転。すべてが消えた(続)

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