見出し画像

ヒーロースレイヤーと偶発変身少女 ヒーロースレイヤー視点①

肘で相手の気道を壁の方向に圧迫しながら、俺はそのヒーローに尋問した。タイ人みたいな名前で、申し訳ないことに、覚えられなかった。
「彼女はどこだ?」
申し訳ないという気持ちを忘れ、俺は訊いた。
「しっ、知らない」
圧迫の力を強め、ゆっくり五つ数え、少し緩めた。先ほどの格闘でシルバーのマスクを落とした目立たない顔が赤くなり、白くなる。そこまでは待つ。
「お前は知っているはずだ。・・・答えたほうがいいって」
「知らないと言ったぞ!!」
 圧迫した。位置をさきほどより下にして、より長い時間。相手の顔の変化を注意深く観察し、身体からも意識を逸らさないようにしつつ、俺は言った。
「俺のことは知っているか?」
必死の形相で繰り返し頷く。どうやら、ヒーロー組織の末端にも、俺の情報は行き渡っているという噂は本当のようだ。今まで倒したと言えるのはせいぜい数人なのに、正義のヒーロー秘密組織「ゴモラの天使たち」にはまったく油断も隙もない。恐るべき組織力の賜物。なぜ、そんな相手と戦っているかというと、じつは復讐ではない。復讐でやっていた同業者の葬式には先日出た。「ゴモラの天使たち」は一切証拠を残さない。だから、彼の死因が本当に溺死だったかどうかは、警察もわからずじまいに終わった。のか?

そういうことが今まで何度か俺の周辺に起きたが、申し訳ないことに、俺にはついぞ復讐心が訪れず、いつか来る結果がとうとう来たという感じしかしなかった。解離して、自分の精神を守っていたのかもしれない。

ひとまず、ヴィランを続けている。やっているのはやめていないし、やりたいからだ


酸素を手に入れると、男は矢継ぎ早に喋り出した。
「知ってる・・・あんた、ヒーロースレイヤーだろ。そののスーツ、いいな。私のお古と交換してくれないか?デザイナーが最近解雇されてね」
強めに圧迫した。皮膚の色が紫色になるまで待ってから、少しだけ緩めた。
男はせき込み、嗚咽のような音をもらしたが、ヒーロー根性は残っていた。俺を不適な眼差しで見続けている。
「スレイって言葉の意味、わかるか?」
「わかるさ。TOEICスコアが必須な部門に私がいることくらい、さすがに調査済だろ?」
圧迫した。しばらくして、緩めた。男の唾液が飛び、前腕のプロテクターに付着した。
「無駄だぜ。今更、あんたが何しようと、あの娘はあんたの敵になる
諦め、空いた腕で男の側頭部に肘打ちを叩きこみ、ノックアウトさせた。肩と股関節がズキズキする。この男を尋問可能な状態に制圧するまで、決して、平坦ではなかった。これで末端とは、流石ヒーロー。やつらのボスであるゴッドマンは末端を全員集めて束になってもどうにもならないと聞く。そいつが、俺の最終標的。なんとも気が重いが、狂気とエゴイズムがエンジンを加速し続けている。終わるか、誰かが終わらせるまで、たぶん、止まることはない。


裏路地に気絶したヒーローを残し、表通りに出る途中で、装着していた折り畳み式マスクとコスチュームをリュックにしまった。ヴィランのヒーロースレイヤーから人間としての姿—————二十七歳の「独立を早まった」Webライターの浅沼博に戻る。ビル街の裏路地から表通りに出たとき、ナノ通信端末が耳の中で振動するのを感じた。この振動パターンは————ナーダ。俺の元締め。パターンを全部覚えるのに合計一か月ほどかかった。


簡単な挨拶を済ませると、彼女は本題に入った。
ウィンターセラーズドマンからは収穫がなかったようだね」
ようやく奴の名前が判明した。いざ聞くと、どちらかといえばタイ人というより競馬だ。命名した奴の資産状況がちょっと心配になってくる。
「俺の勘では、末端ヒーローには断片的な情報しか伝えられていない。一人一人当っていたんじゃ、とても救出は間に合わんぞ」
「そのリスクは私も君も承知しているはず。その上で、今君がやれることは脚を使うことだけなの」
「だが、俺の身体はひとつしかない。新入りを入れるって話はどうなってるんだ?教育はするから、少しは楽させてくれや。脱臼した肩がまだ痛むし」
「我慢するの。ヒーロースレイヤーは忍耐強いヴィランでしょっ!」
少しばかり考え、口を開いた。
「『金田一』の調査はどれだけ進んでいるんだ?」
『金田一』とはナーダが所有している興信所の呼び名だ。正式名称は金田一総合探偵社。人を探す部門とペットを探す部門で別れているのが表の顔の特徴。裏の顔の担当者の中には某国家の諜報員が紛れ込んでいるという噂がある。

長い溜め息が聞こえた。
「あのね、警視庁の捜査が難航しているほどの誘拐事件なの。焦る気持ちはわかるけど、それは奥のほうにしまっておくこと」
「・・・また連絡する」
通信が切れた。次のヒーローの居場所に向かうべく、新宿駅の方向に脚を向けた。私立恵蘭高校二年生の神田林リコ(17)がヒーローに誘拐されてから既に十七時間が経過している。見込みは非常に薄いが、「手術」までに間に合うことを切に祈った。もし、遅れたら、彼女は俺の敵になる。それは、否定しがたい事実だ。さすがに。

ここから先は

0字

¥ 150

よろしければサポートして頂けると嬉しいです。