いせや闇太郎(井の頭レンジャーズ)ロングインタビュー
音はすれども姿は見えず。一向に正体のわからない謎のバンド「井の頭レンジャーズ」の中心人物である、いせや闇太郎に接触するのはダライラマに会いに行くように困難であった。エージェントだと名乗る胡散臭い人物に騙されて箱根の大涌谷の噴煙を上げる崖の上で待ちぼうけを喰らったことや、ニセのレンジャーズ(修験道の行者集団だったという)と記念写真を撮って大恥掻いたりしながら、半年間われわれは足取りを追い続けた。ある日マネージャーと名乗る4歳くらいの女の子からわれわれのオフィスに電話があり「入口の電話ボックスの中を見よ」とだけ言ってその電話は切れた。電話ボックスに急行してみると「東名高速道海老名SAのメロンパン屋のカウンターの下」と書かれた紙片を発見した。それからマダガスカルの洞窟やギアナ高地の滝壺などとメッセージの指示通りに振り回されたあげく、最終的に今年の夏に吉祥寺で面会するというしらせが「不足料金受取人払」のゴム印が押された手紙で届いた。われわれは新宿からかれらのホームタウン吉祥寺へ中央線特別快速で向かったのだが、中野を出たあと電車は三鷹まで停まらなかった。乗り越し料金を払い一駅戻って、ついにわれわれは吉祥寺の地に降り立った。北口のサーティワンで代理人と会い、インタビュー現場までは目隠しをされて連行されたのである。
●「いせや闇太郎」というのは本名なのですか?
○いいえ。私の本名はフリードリッヒ・ヴァルデマール=フォン・シュリッペンバッハ三世です。日本人にしては珍しい名前ですが、筑波から土浦にかけて多い名前だそうです。父方が土浦の出身なのです。いせやというのは吉祥寺にある鶏料理が名物のパティオのあるスペインふうバルの店名です。わたしはそこの厨房の換気扇の中に4年住んでいました。それでいつのまにか、いせやと呼ばれるようになったのです。
●闇太郎というのは?
○それはちょっと…。
●答えづらいですか?
○勘弁してしてください。
●わかりました。次の質問です。他のメンバーの方はいま何をしているのですか?
○ベースの藤村明星くんはギター職人で工房で働いています。1オクターブを13に分割した、まったく新しい音階を持つギターを普及させようとしています。大変優秀なクラフトマンです。
●聴いてみたいですね、ドラムの佐藤メンチさんは?
○かれは実家がゾロアスター教の寺院なのです。鳥葬のプロフェッショナルです。
●鳥葬ですか。
○ええ、ハゲタカが食べやすいように遺体を切り刻んだり、大きな石で頭蓋骨を叩き割るのが彼の仕事です。日本野鳥の会にも入っています。
●万助橋わたるさんは?
○かれはいま行方不明です。モンゴル海軍に空母を売り込みに行く。と言ってました。もともと誇大妄想気味のところがあったのですが、今回の妄想はスケールが大きいのでみな感心しています。
●すると現在ギタリスト不在なわけですね。
○そうなのです。ライブができなくて、とても困っています。
●たいへん個性的なメンバーですが、どのようにして知り合ったのですか?
○井の頭池にボートハウスがあるでしょう。あそこの前、水生動物園の入口の前を通り通りがかったらオオサンショウウオが逃げ出したんですね、6メートルある。
●6メートルですか。
○ええステゴザウルスとかあのサイズです「エイミー・ワイントランス」いう名前で水生動物園のマスコットでした。それが通行人を次々に襲い始めたんです。
●マジですか。
○子供なんかいっぺんに3人くらいパクっとやられてました。おれも逃げ出したのですが、その時着ていた西陣織の振袖の裾がフェンスに引っかかって、逃げ遅れてオオサンショウウオにのしかかられたんです。もうダメだーと思ったその瞬間。
●ど、どうなったんですか。
〇そこでパチっと目が覚めて、夢だったんです。オオサンショウウオは。
●夢オチですか。
○いやもういちど寝たんです。そしたら次の夢に、シュノーケルをつけた伊達政宗が出てきて、おれに命令するんですよ 「レゲエバンドを結成しろ」って。
●お告げですね。
○ええ、それで夢の中で伊達政宗に「 メンバーはどうするのか」訊いたら「コピー代を用意したらメンバー募集のチラシを練習スタジオに貼ってきてやる」という ので40円渡したんです。
●夢の中の話ですよね。
○そうです。いまでも鮮明に覚えています。伊達政宗の兜は「PADI」のステッカーが貼ってありました。
●それでどうなったんですか。
○2~3日忘れていたのですが、突然電話がかかってきたんですよ、藤村明星くんから。
●ええ!?夢の中のメンバー募集でしょう?
○ふしぎなことに藤村君も同じ夢を見たといってました。
●シュノーケルをつけた伊達政宗が…。
○いや、そこはちがっていて、藤村君の夢の中では綾波レイのコスプレをした秦の始皇帝だったと言ってました。
●じゃ、まずいせやさんと藤村さんが出会ったと。
○それで二人で合おうと待ち合わせしたんですね、ハモニカ横丁の「巨パンダ」って屋台で、そしたらその店先で『ワン・ラブ』を唄いながら通行人を無差別に鞭打ってる奴が居たんです。それが万助橋わたる君でした。面白い奴がいるなと話しかけたら、突然号泣しだし「おれは超古代にプレアデス星団からやってきた宇宙戦士だ~」って叫んでいました。まあドラムが叩けるんならサディストでも宇宙戦士でも公認会計士でもなんでもいいやということになって。
●これで3人揃いましたね、佐藤メンチさんはどういういきさつで?
○それはちょっと…。
●秘密なのですか?
○勘弁してください!だ、誰にだって思い出したくないことあるでしょう!
●わ、わかりました。次の質問です。最初からレゲエバンドとして出発したのですか?
○いいえ最初はキング・クリムゾンのコピーバンドでした。
●プログレバンドだったのですか。
○いや、クリムゾンの曲をスカアレンジでやってました『太陽と戦慄』あたりを。
●そのころの音源は残っていますか?
○ロバート・フリップに送りました。
●反応ありましたか?
○ロバート・フリップの主治医から連絡がありました。
●え?主治医?
○日本から送られてきたCD-Rを聴いたフリップ氏が突然痙攣を起して集中治療室に送られて危険な状態だと。うわごとで「INOKASIRA…INOKASIRA…」と言ってるのでロバートの自宅の暖炉の上にあった封筒の住所をしらべて国際電話してると。わたしの患者にいったいなにを聴かせたのだと。
●大丈夫だったのですか?
○すこし障害が残ったようですが、一命はとりとめました。ロバートはあれ以来、スカは厳重にドクターストップがかかってるようです。不注意でトロージャンズとか耳にしないか心配です。
●そのあとですか『徹子の部屋のテーマ』を録音したのは。
○みんなでテレビを観てたら「徹子の部屋」の再放送やってて、過去の特番、過去の特番みたいなの、それにピーター・トッシュがゲストで出ていたんですね。
●ありましたねえ、その回。トッシュがスプリフ焚きすぎてスタジオ内に煙が充満してマンチになった黒柳徹子が「シュークリーム食べたい!」って叫ぶ奴。
○「エクレア食べたい!」だったと思います。その回が印象に残って、その晩さっそくテーマ曲。演ってみたんですよ。そしたらナイスなサウンドになって、MySpaceで発表しようって、もうその日のうちに。
●MySpaceですか。
○そしたらMySpace重すぎて、もうブラウザクラッシャーかというくらい重くてアップロードできなくて、困っていたらmixiというのがあると、教えてもらって。
●mixiですか。
○そうです。マンチ佐藤君が、いやメンチ佐藤くんが「三角縁神獣鏡コミュ」というのを運営してて、 そこにアップしたんです。
●邪馬台国ファンに向けて。
○ええ、そしたらすごい反響で。
●古代史ファンに受けたのですね。
○そうなんです「これこそおれたちスキンヘッズの音楽だ」つって絶賛の嵐でした。
●わからないものですねえ。
○あのコミュはスキンヘッズとかモッズの連中多かったですから、みんなスクーターを銅鐸や土偶で飾り付けてたでしょ、古代史ファン多いんですよ、あのへん。
●それで次が『ひこうき雲』ですね。
○いろいろ試行錯誤してた時期で、一時は黒人の権利を主張する 戦闘的なフリージャズに傾倒していたこともあります。ストラタ・イーストとかアートアンサンブル・オブ・シカゴとか。
●井の頭レンジャーズでですか!?
○そのときは「12弦ギターウルフ」と名乗ってて、何回かライブもやりました。
●あまり受けなかった?
○自主企画で横浜アリーナ借りてイベント打ったんですけど、客は4人でした。
●大赤字ですね。
○いやチケット3500万円だったのでトントンでした。
●で、またレゲエバンドに戻ると。
○ええ、みんなその頃は卍lineに傾倒していて。
●空を飛びたいと。
○ええ、どうやったら9階から飛び降りて生還できるのか。毎日毎日そのことで頭が一杯でした。試してみても7階が限界だったですから。ある日ラジオから『ひこうき雲』が流れてきて、あの歌詞って飛び降り自殺したひとの歌じゃないですか。
●♪空にあこがれて~ですもんね。
○そう。これだー!ってなって、その日のうちに録音して、MySpaceに。
●まだMySpaceやってたんですか。
○いや退会の仕方がわからなかったんですよ、パスワードとか忘れちゃって「パスワードのヒント」をクリックしたら「スヌープ・ドッグの視力はいくつ?」なんて出てきて「知るかー!」てなって。
●サウンドクラウドにアップしたんですよね。
○そうです。最初は「サウンド蔵人」だと思ってました。「 勘定 奉行 」みたいなソフトなのかなと思ってました。
●そしたら大ヒットしたと。
○ええ、すごかったです。
●アクセスが殺到してサウンドクラウドのサーバが火を噴いて、ビルが全焼したそうですね。
○ええ、延焼して山火事になって、ヘリコプターから消化剤まいたり、鹿の親子が焼きだされる映像をCNNで呆然と眺めていました「これ、おれたちのせい?」って。
●リリースの話はなかったんですか?
○「ひこうき雲」の前からいくつかありました。リベラーチェみたいなキンキラキンのスーツ着たビジネスマンが札束を荒縄でしばった塊を担いで「これで契約しろ」とか、パルプフィクションのユマ・サーマンみたいな謎の女がおれたちの飲み物にLSDを入れて契約書にサインさせようとしたり、まあいろいろありました。
●失礼ですが、なんでPARK TONE RECORDINGSみたいな超弱小レーベルと契約したんですか?
〇ある日あそこの高木さんという社長が、地元のひとなんですけど、佐藤君の寺院に「自殺するから鳥葬してくれ」と言ってきて。
●ほお
○「ハゲタカは怖いから小鳥に食べられたい。かわいい十姉妹に」と言って、それは無理だと断ると。
●十姉妹じゃ無理ですか。
○小鳥が食べられるように、ものすごく細かく遺体を斬り刻まないといけないでしょう。手間が掛かるからオプション料金で高くなると説明したんです。
●そりゃそうですよね。
○そしたらレーベルやってるからそこでレコード売って鳥葬代を捻出する。って言ってきたんです。
●わがままですね。
○そのとき偶然4人揃ってて、高木さんが、なんか水晶玉みたいなのを紐でぶら下げて俺たちの目の前で揺らすんですよ「これをみろ」つって。見てるうちに眠くなってきて。
●催眠術!
○気がついたら15曲レコーディングしてマスタリングまで終わってました。
●お金は貰ったんですか?
○C&Cカレーの割引券でした。2枚づつ貰いました。2枚でトッピングがサービス、10枚集めるとカレーがタダになるんですよね。やったぜ!と思いました。
●それ騙されてませんか?荒縄の札束のほうがいいじゃないですか。
○水晶玉で狂わされたまま金銭感覚が戻らないんですよ。こないだもトムヤムヌードルに65万円払っちゃいました。
●重症ですね。
○それでも「音楽さえよくなりゃなんだっていいや」って想いは残ってますからね、おれたち基本それさえあれば楽しくやっていけるんです。あとは万助橋くんがモンゴルに海は無いこと、だから海軍も無いこと、空母は売れないということに気付いて戻ってくるのを待つだけですね
●きょうはどうもありがとうございました。
○いえいえ。ハンディレコーダー途中で電池切れてましたよ、おれイジワルだから黙ってましたけど。クスクス。
2015年6月武蔵野市民プールポンプ室にてインタビュー・テキスト by 宮家傭兵